第五話 本質と絆 ③
目的の店が存在している商店街に入った一行は、即座に二手に分かれた。人に紛れ、移動する彼女達の動きは、まさに忍びのようなものだった。
水月は斬龍姉妹の動きについていくのに必死で、かつ、人間に目立たないようにするため、なるべく自然な動きをするよう心がけていた。
だが、まだ魂が体に定着していないからか、それとも、度々向けられる冷たい視線から受ける重圧感からか、動きがもたつくことがあった。それが、さらに人間の視線を集め、より目立ってしまう。
すると、それを見かねたのか、憖龍が水月の隣につき、その手を引き姉達の行く方へ誘導を始めた。
「ごめんなさい。私のせいで……」
監視役のためにここに立つ水月は、対象の補助を受け、申し訳ないと感じ、謝罪の言葉を口にした。
だが、憖龍はそんなことは一切思っておらず、首を横に振った。
「気にしないでください。それよりも、ここまで人間に絡まれないことが奇跡ですよ。いつもなら……」
憖龍はそこまで言いかけ、直前で言葉を飲み込んだ。
水月は、斬龍姉妹と人間の間に、何か負の過去があると察し、追求しようとはしなかった。それよりも、先ほどよりも纏う空気を重くした憖龍を心配し、同時に、申し訳ないとも思った。
走行している内に、斬龍姉妹と水月は、目的地であった鮮魚店へと到着した。その前に立つ中年男性は、斬龍姉妹を見るなり、笑顔で近づいてきた。
「やっと来たか。暁翠さんから連絡を貰ってね、既に準備はしてあるよ」
「店主、お気遣い感謝します。こちら、代金です」
斬龍が店主と呼んだ男は、差し出された封筒を受け取り、中からお金を取り出し、代金を確認する。紙と鉛筆、電卓を使い、何度も、何度も計算を繰り返していた。
そして、確認を終えた店主は鉛筆を机に置き、斬龍へ向かってグッドサインを出した。
それを見た斬龍は、下げていた手を軽く上げ、用意されていた八箱の段ボール箱を持ち上げさせる。そして、嶄龍の肩に手を置き、真剣な表情で話し始めた。
「嶄龍、水月さんを連れて、先に戻っていて。少しだけ、店主と話さなければならないことがある」
「了解しました。ですが、人間に絡まれないよう、最短で帰ってきてくださいね」
嶄龍は姉の指揮を引き継ぎ、妹達を連れ、帰路についた。斬龍の話を聞いていた水月も、これに納得し、嶄龍達と共に、先に帰路についた。
それを見送った斬龍は、再び、鮮魚店の店主と向き合った。鮮魚店の店主は苦笑しており、斬龍に悲しい目を向けていた。
「何をいまさら。私達にとっては、ほぼ当たり前のことですよ」
「だけども、こんなできた娘が、俺達人間の我欲のために傷つくなんて、俺は見てられねえよ」
鮮魚店の店主の言葉は、斬龍達の境遇を憐れんでのものだった。それは、ただただ単純なもので、それ以外の理由は存在していなかった。
だが、斬龍やその姉妹にとって、差別や暴力は日常茶飯事なのだ。本来、これが日常茶飯事であってはならないのだが、これが現状と分かっているところ、考えるだけ時間の無駄のように感じられる。
「……そうですか、心配してくれる人がいるだけ、私は嬉しいと感じますよ」
斬龍の苦笑しながらの言葉。それに、店主は悲しみを覚える。返す言葉も見つからず、ただただ、苦笑する斬龍を見ることしかできない。
斬龍は、その視線に隠れた想いに気づいている。しかしながら、斬龍はあえてその想いに応えようとはしない。応えれば応えようとするだけ、それは水泡に帰すと、分かっているからだ―――
この世とは、常に無常なものだ。いつ、何が起こるのか分からないからこそ、そう感じるものなのかよしれない。
岩月と慙月は、人間に絡まれていた。腹の立つことに、その人間は、二人のことを見下していた。
しかし、二人は黙ってそれを無視し、食材の詰められた箱を運んでいた。
だが、その行動は、男の気に触った。
「お前ら、こっちが下手に出ていれば黙りやがって! 何とか言ったらどうだ!」
男は怒声を上げ、二人の前に立ち塞がった。怒声の内容は、言動と行動が、全く逆のもので、聞いただけで耳が腐りそうに思えた。
だが、周囲に数多くの人間がいる中で、逃げ道はどこにもない。貨物自動車の元に帰るためには、男をどうにかする必要があった。
「そこをどいてくれませんか? あなた方に構っている暇はありません」
「こんなことをしている間に、別のことができると思いますよ。賢い判断をなさってください」
二人は、男に時間を有効に使うように言った。事実、このようなことをしている間に、他のことに時間を使うことが有効だろう。
だが、男はこれを侮辱と受け取ったのか、さらに声を荒らげ、怒声を浴びせてきた。
「人間様に逆らうな!! その気になれば、いつだってお前達のことを殺せる!! お前らはただ、奴隷のようにお俺達を守る肉壁になればいいんだよ!!」
男が放った言葉は、反吐が出るほど酷いものだった。感じる側は、反吐が出ると言う言葉のみでは抑えきれないものだろう。
しかし、この言葉は、二人が切れないようにしていた、大切な何かを切ってしまった。
「その言葉、見逃せませんね。どう育ったら、そんな言葉が出てくるんですか?」
「戦争犯罪だの何だの言って、結局は戦勝国が敗戦国を差別し、迫害し、搾取するんですね」
「大体、あなた方が、私達に指図する立場はありますか? 本当の理由も知らないくせに」
二人の口からは、内に秘めていた、怒りの感情が流れ出した。それは、崩壊したダムから、溜められた大量の水が溢れ出るように、一時的ながら、継続的なものだった。
それは、男を後退りさせるほどだった。詰め寄る二人の無表情な顔と、威圧感に押されていた。
そうこうしている内に、男の前にいた二人の女は、いつの間にか視界から消えていた。そこに残るのは、男にとって変わらない、商店街の光景。
あの女達が何を語りかけていたのか、男には分からない。だが、あの表情は、嘘をついているようには思えない。
女達の行方は、簡単に予想がつく。しかし、女達が放った言葉が、事実なのか、それとも虚構なのか、その真偽を知ることは、決して無いだろう。
国際社会が、旧大龍帝国の真相を発信しない限り―――




