第五話 本質と絆 ②
時刻は正午を過ぎ、少し経過した頃のこと。鎮守府門前では、水月を含めた七人の女が待機していた。その内の四人は、斬龍の妹達だった。残りの二人は、陸軍所属の軽戦車であり、水月とは一度関わりがある者達だった。
だが、水月は二人の名前を思い出せないようで、数ある記憶の断片から、二人の名前を探し出そうとしていた。
しかし、ついに二人の名前を思い出すことは無く、水月は諦めて名前を聞くことにした。
「やっぱり思い出せませんか。私は岩月ですよ」
「私は慙月です。まあ、思い出せなくても当然ですね。私達、存在感が薄いので」
「決してそんなことはないわよ。あなた達の汎用性が高すぎて、記憶が混乱しているだけだから」
岩月、慙月と名乗った二人の軽戦車に、水月は謝罪した。
しかし、これは仕方のないことなのかもしれない。彼女達は兵器時代、車体の汎用性の高さに目をつけられ、自走砲や自走対空砲、挙句の果てには兵員輸送車にまで改造され、製造されていたのだ。
水月も、輸送任務に従事していた時は、何度か陸軍所属の戦車を別の大陸まで運んだことがあった。その中に含まれていたのが、二人だったのだ。様々改造車を輸送している内に、水月自身も、彼女達の元を忘れてしまっていた。
だからこそ、今、再会できたにも関わらず、名前を覚えていなかったことを、心から反省していた。
「お気になさらずに。何かと作戦を共にした寄月ですら覚えていなかったので」
「あれは刺さりましたね。全三万二千六回の作戦の内、一万八千七十の作戦で会ったのに覚えられていないとは」
「それは……災難だったわね……」
二人の言葉に、水月は申し訳なさそうにしながら、視線を足元に落とした。触れてはいけないところに触れてしまったと思い、罪悪感が這い上がってきたからだ。
もっとも、二人はこれと言っていいほど何も気にしていなかったが、その事実を水月が知る由はない。
三人が会話をしている間、斬龍の四人の妹は周囲を見渡していた。未だに姉の姿が見えず、時刻は予定の五分前に迫ってきていたからだ。
しかし、しばらくもしない内に、四人の内の一人が、鎮守府本部から姿を現す姉の確認した。
斬龍は七人の元まで歩くと、海軍の敬礼を取った。七人も同じように敬礼を返し、斬龍と共に手を下ろした。
手を下ろしたところで、水月は斬龍と目が合った。初めて見る斬龍の瞳は、絶対零度の視線だった。気を抜いてしまえば、本当に凍りついてしまいそうなほどだ。
そして、斬龍がその口を開いた。
「姉妹一同、水月さんの今後の活躍と身の安全を願い、敬礼!!」
斬龍の言葉によって、斬龍姉妹は揃って海軍の敬礼をした。その瞳の先には、水月が立っていた。
その光景に、水月は困惑した。まさか、初対面で敬礼をされるなど、思ってもいなかった。
しかし、一方で、これが斬龍姉妹の本質なのだと理解した。上下関係を重んじており、一切の偽り無く、心に決めたことを貫き通す、誠実な者達なのだと。
だからこそ、水月はその意志に応えるべく、ふさわしい行動をとった。
「あなた達の意志、しっかりと受け取りました。その意志に恥じないよう努めます」
水月は海軍の敬礼を取り、斬龍姉妹に言葉を返した。
それを見た斬龍は、一瞬、驚いた表情をするも、すぐに厳格な表情に戻し、姉妹と共に手を下ろした。
それを見た水月も手を下ろし、改めて斬龍達と向き合った。その時、斬龍の表情は穏やかなものだった。
「では、出発する前に、私達姉妹の紹介をさせてください」
斬龍の言葉に、水月は黙って頷いた。
そして、斬龍は話し始めた。
「では、改めまして、私が長女の斬龍です」
「次女の嶄龍です」
「三女の慚龍です」
「四女の蔽龍です」
「五女の憖龍です」
斬龍姉妹は、打ち合わせでもしていたかのように、流れるように名前を口にした。その口調は、厳格でありながら、どこか穏やかなものだった。
「改めまして、水月です。今後ともよろしくお願いね」
水月の言葉に、斬龍姉妹は微笑んだ。双方、これまで一度も、任務を共にしたことのなかったため、完全に寛解性が打ち解けたわけではない。だが、最初の一歩は、大きく前進した。
しかし、和やかな空気が流れていたそこに、水を差すかのように声が聞こえてきた。
「ごめんなさい。もう、予定時刻を一分ほど過ぎているのだけれど……そろそろ出発して大丈夫かしら?」
六人は慌てて、声のする方向を見た。すると、そこには、軍用貨物自動車の窓から顔を覗かせる、紀龍の姿があった。そして、本来の目的であった買い出しを思い出し、呆れ顔の岩月と慙月と共に、貨物自動車の荷台へ乗り込んだ。
貨物自動車は鈍いエンジン音を上げ、鎮守府の敷地内から出た。そして、目的地である街へと向かった―――
やがて、一行は街に着いた。街には高層建造物が立ち並び、人通りが多くなった。鎮守府から車で五分以内に到着するこの街は、この周辺では経済の中心になっているのかもしれない。
だが、やはり感じるのが、街ゆく人間からの冷たい視線だ。貨物自動車には、旧大龍帝国の所属を示す龍の紋様が刻まれているため、目立ってしまうのは仕方ないだろう。
しかし、人間の冷たい瞳には、明確な憎悪の炎が宿っている。事情を知らない水月にとって、その瞳は恐ろしく感じた。
それは、しばらくもしない内に、人気のない駐車場に入ったことで、一時的に無くなったものの、生きた心地がしないような気がした。
「やっぱり、そういう反応になりますよね」
水月の表情を見ていた蔽龍が苦笑しながら言った。だが、その表情とは裏腹に、言葉には重圧感が孕まれていた。
しかし、そんな蔽龍の言葉の詮索をする暇もなく、斬龍が今回の任務の全体を再確認し始めた。
「改めて、発令された任務の内容を確認する。嶄龍、言ってみなさい」
「不足した鎮守府の食料の買い出しです」
「そうよ。そして、水月さんの役割は……」
「斬龍達の監視役。万が一に備えての」
水月の言葉に、斬龍姉妹は揃って頷いた。
鎮守府の主から水月に下された司令は、斬龍姉妹を監視すること、及び、有事の際、斬龍姉妹を制止することだ。
鎮守府の主が述べたように、斬龍姉妹は人間への憎悪が、鎮守府に住む者の中でも強い部類に入る。中でも、斬龍、慚龍は核爆弾によって沈められた過去があり、万が一、過去について触れられれば、人間を殺しかねない。それでなくとも、全員が人間を憎んでいるのだから、危険極まりないことに変わりはない。
水月がそんなことを考えている内に、話は進んでいた。
「そして、岩月と慙月はここより離れた八百屋と肉屋へ買い出しに。人間に絡まれたら、即座に戻ってきなさい。私が水月さんと共に向かう」
「「了解しました」」
そして、斬龍は全ての内容確認を終えた。そして、貨物自動車の裏窓から顔を覗かせる紀龍に、目を合わせる。
「それじゃ、くれぐれも人間を斬らないようにね」
「ええ、なるべく気をつけるわ」
二人の交わした言葉を合図に、荷台に座っていた八人は荷台から飛び降り、与えられた任務を完遂するため、目的地へ向けて走り出した。
斬龍姉妹の瞳は、覚悟を決めたものだった。作戦とは別の、精神的な部分を突くこの作戦は、戦闘で敵を斬り捨てることよりも難易度が高い。
しかし、それを制止するために、水月がついている。だからこそ、水月は、背負った役割がどれほど重いのかを、肌で感じていた―――




