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少女なる兵器 Act.1〈旧版〉  作者: 深瀬凪波
第二次龍鬼戦争
15/109

第三話 人に成って (完全版+α)

 人間の体を得た元兵器、もとい少女達は何を思いながら生活するのだろうか。彼女達は仲間や仕事など、様々な物に囲まれている。

 しかし、彼女達が真っ先に考えるのは、紛れもない未来の構図だ。安全である鎮守府にいてもなおつきまとう死の匂いは、常に隣にある。

 戦争が終わった時、生きているかどうかなど分からない。だからこそ、生き残るために少女達は日々己を鍛え上げている。それが、鎮守府という安全地帯の中なのだ。

 靄のかかった先の見えない空間。そこは不思議な感覚に包まれている。方角は分からず、ましてや地に足がついているのかすらも分からない。生死の狭間を分ける境界線のような場所かもしれないとも思う。

 その中に、一人の男が立っている。黒のジャージパーカーで素顔を隠したその男は、手元に金属製の鍵を握りながら靄に覆われた先を見つめる。

 すると、三人の女の影がこちらに向かって歩いてくるのが見える。それぞれ武装を身に纏うその姿は、一般的なものとはかけ離れた威圧感や重厚感を発している。

 靄は徐々に深くなり、周囲をより一層白くさせる。それはまるで、何かとの繋ぎ目を断絶するかのように―――




 朝日が昇り、今日も鎮守府の活動を促す鐘は鳴る。この時間帯となると、同時刻、夜間海上警備任務から帰還した神龍姉妹を除く誰もが起床を始める頃だ。

 そんな中、誰よりも早く起床した水月は食道の厨房に立っていた。彼女は冷蔵庫の中に必要な食材があることを確認しつつ、頭の中では朝食の献立を考えていた。

 だが、冷蔵庫の中にある食材は極めて少ない。百人を超えるか超えないかの人数が生活をする鎮守府にとって、食材が少ないことは致命的な問題だった。

 少し考えた結果、水月は白味噌と魚の刺し身、ほうれん草を冷蔵庫の中から取り出し、常温保存可能な食材が入っている棚からじゃがいもとたまねぎを取り出した。それらを調理場に並べ、必要な鍋やらフライパンやらを用意する。

 水月は分厚いコートを近くのハンガーに掛け、エプロンと三角巾を身に纏い、料理を始めた。


 しばらくして、水月は完成した料理を皿に盛り付け、炊飯器の中の白米を茶碗によそい、料理を終えた。それらを盆の上に並べ、最後に湯飲みの中に水を注ぐ。これで、朝食の準備は終わった。

 すると、そこへタイミング良く妹の冥月がやってきた。目の前の妹はまだ眠そうにあくびをし、目を擦っている。


 「水月姉さん……おはよう……ございます……」

 「おはよう。さっき朝食を作り終えたから冷めないうちに食べましょうか」

 「はい……」


 冥月は眠そうにしながら食道内に点在する席の一つに座る。水月は妹の分の食事を持ち、そこへ運んだ。そこで、やっと冥月は目を覚ました。


 「え、これって姉さんが自炊したの?」

 「さっきもそう言ったでしょ」


 冥月は何気ない姉の言葉に困惑し、前に置かれた朝食と姉の顔を交互に見る。その頭は、七分の疑問と三分の困惑が占めている。

 そんな妹を気にせず、水月は手を合わせ、先に朝食を食べ始めた。初めての自炊にしてはできた方だと思い、体が栄養を摂取しやすいようよく噛んでから胃の中に放り込む。

 冥月は口を開けつつも、朝食が冷めてしまううことを失念していたことに気がつき、少し遅れて食事を取り始めた。


 やがて、姉妹は朝食を食べ終えた。手を合わせた後、水月は使用した食器を洗うために厨房に戻ろうとする。だが、冥月は姉の方を掴み、それを止めた。


 「水月姉さん、食器洗いまではしなくて大丈夫です。そこにある返却口に戻すだけですから」


 水月は妹の言葉に戸惑う。厨房には人がおらず、誰が片付けをしてくれそうな雰囲気ではない。だが、どういうわけか肩を掴む妹からは、その言葉が真実であるという圧が感じられる。

 水月は何も言わず、妹の言葉を信じて食器返却口に使用した食器を置き、妹と共に食堂を後にした。


 食堂をでてすぐのことだ。姉妹がこちらに向かって歩いてくる二人の女に出会ったのは。二人の女は軍服こそ同じものを着ているが、その色は黒と灰とで別れている。髪型はポニーテールで統一されているものの、その色は黒と蒼とでこれまた別れている。

 妹の方は二人のことを知っているが、姉の方は二人のことを知らない。ただ、容姿と軍服を見るに、二人が姉妹関係にあるということは感じ取ることができた。

 こちらに向かってくる二人の女は、目の前にいる冥月と、もう一人の女の姿を見て自然と口角を上げた。


 「やっと復活ね。こちらとしても待ちくたびれたわ」


 黒髪の女はそう言うと、後ろに控える蒼髪の女と共に冥月の前に立ったかと思うと、拳を冥月に向かって差し出す。この意図を理解している冥月は、差し出された拳に自身の拳を合わせる。


 「久しぶりね、紀龍」

 「そっちこそ、愛しの姉が復活したようで何よりよ」


 紀龍と呼ばれた黒髪の女は、清々しいほどの笑みを浮かべている。一方でその笑みは掴みどころがなく、内心を読み取りにくい。

 水月は困惑するも、目の前の妹と女の仲を見る限り、竹馬の友とも言っていいほどの良好な関係が伝わってくる。その絆は、簡単には断ち切れないだろう。

 ふと、女は水月に目を向けた。水月は一瞬警戒心を顕にするも、ここが鎮守府で、目の前の女は仲間であることを思い出し、警戒心を解いた。

 女は水月の前まで歩いてくると、海軍の敬礼を取る。


 「紀龍型重巡洋艦一番艦 紀龍です。地下格納ドッグで隣だったので、あなたのことはよく覚えています」


 紀龍は掴みどころのない笑みを放ちながら言う。だが、水月はそれよりも紀龍の放った言葉に引っ掛かる部分があった。

 兵器時代、確かに地下格納ドッグに格納されてはいたが、隣に誰がいたのかまでは覚えていない。深く、暗い地下格納ドッグという特徴を踏まえれば、覚えていなくても当然のことかもしれないが、人工知能として存在していたために絶対に覚えていないことはないはずだ。

 少し考えても、水月は紀龍のことを思い出すことができなかった。それを察してか、紀龍は少し笑っていた。


 「覚えていなくて当然ですよ。だって、当時の私は黒塗りの塗装を施され、艦全体の電源を切っていたので、人工知能のしての私も確認できなかったはずですから」


 紀龍の言葉で、水月はなぜ紀龍を覚えていなかったのかを理解する。艦全体の電源を切っていたのなら、人工知能としての通信は行えないからだ。

 それを見ていた蒼髪の女は、後ろで口元を手で押さえながら笑っていた。その隣では、妹が苦笑しながらこちらを見ている。


 「亰龍、何を笑う必要があるのよ?」

 「いや、紀龍姉が思ったよりも水月さんを誂うものだからつい」


 亰龍と呼ばれた蒼髪の女は、依然として笑いながら姉と会話する。その感情は単純なもので、とても理解しやすい。

 一方、姉の紀龍は軍帽越しに頭を掻いている。妹に呆れているのか、それとも水月への少しの誂いが伝わってしまったからなのかは分からない。

 だが、水月は満更でもなかった。こうやってかたての仲間と肩を並べ、こうしたくだらない話をするだけで幸せだと感じられた。その時間が永遠に続くことを祈るほどに―――




 夜が明けたのにも関わらず、第二兵舎は不気味なほどに静まり返っている。ここは海軍所属の者、主に水上艦の居住区画となっている。

 その中の十の部屋は明かりが消え、カーテンによって光が遮られている。耳を澄ませば夜間海上警備を行っていた者の寝息が聞こえ、自然と誰もが気を遣った。

 だが、その内の一室で眠れない者がいた。昨夜、華月率いる特別任務部隊を救出した女達の内の一人は、明らかな睡眠不足に悩まされている。部屋は暗く、唯一差し込む光があるとすればカーテンの隙間から射し込む僅かな線だけだ。

 だが、女が眠れないこれが原因はこれではなく、女自身にも分かっていなかった。ふと、この後の予定を考えると、正午過ぎにある演習に備え、睡眠を取らなければならない。考えては目を閉じ、眠れないためにまたもや目を開ける。これですら、女にとっては苦痛だった。


 それから数分ほどが経過した頃だった。突如として扉が叩かれ、女は体を起こす他無かった。重い体を起し、部屋の扉を開けた。


 「何の用事ですか……って、あなたですか……」

 「呈龍が部屋の前を通りかかった時、祇龍の呻き声が聞こえたと報告を受けたのでその確認に」

 「そう……呈龍にはすまなかったと伝えて……」


 仲間の報告を受けて様子を見に来た女の用件を確認した祇龍は、あくびをしながら扉を閉じようとした。だが、それを扉の前に立つ女が止める。


 「待ってください」

 「他に何か用件? 悪いけど、手短にお願いできる?」


 祇龍の声は怒りを孕んでいる。感情の入り混じった怒りは複雑で、含まれる全ての感情は読み取ることができない。

 女は一瞬不快感を顕にするも、自身の姉にも何度か同じような事をしてしまった手前、反論しようにもできなかった。そして少し間を置き、女はとある提案をする。


 「では手短に。演習の席を私が代行しましょうか?」

 「……は?」


 祇龍は女の言葉に、一瞬ながら戸惑った。だが、自身が置かれた睡眠不足の状況を見れば、この提案は願ってもないことだった。


 「できるならお願いするわ。このままだと演習中に倒れかねないからね」

 「分かりました。では、提督には私から説明しておきますね」


 祇龍は女の言葉に安心すると、今度こそ部屋の扉を閉めた。今にも崩れ落ちそうな足でベットまで戻ると、糸が切れたように大の字に転がり込む。演習の代理を任せた女に期待を寄せ、深い眠りに落ちていった―――




 日も高く昇り、鎮守府で過ごす者が業務を終えるこの時間帯、水月は『第三射出カタパルト』へやってきた。三日前の艤装の使用訓練を行った際もここに訪れ、地上にある射出機構から海へと繰り出した。

 改めて見ると、室内には多くの配管が張り巡らされている。ここまでくると、もはや工場の作業部屋のようにも見える。誰もいないこの室内には配管の中を移動する海水やら温風やらの轟音が支配し、圧力計の針やらが常に踊っている。


 それから数分後のことだ。小さな轟音の中に混じって、足音が聞こえてきたのは。その足音は小さく、貴賓な歩き方を連想させるものだ。

 水月が部屋の入り口へ振り向くと、そこには白よりの白灰色のセーラー服寄りの軍服を身に纏った女がいた。白銀のポニーテールは、女の動きに合わせて美しくなびいている。容姿といい足音といい美しい彼女は水月の前まで歩いてくると、海軍の敬礼を取った。


 「復活と艦隊への所属、心より感謝申し上げます。自己紹介が遅れました、私は風龍型駆逐艦八番艦 雪龍です。お顔を拝見したのは最期の時以来ですね」


 自らを雪龍と名乗った女は、「最期の時以来」と口にした。それを聞いた水月が思い出すのは、思い出したくもないあの記憶だ。だが、その記憶の中には目の前の女含まれていた。


 「そうね……あなたを初めて見たのは、確かにあの時だけだったものね」


 水月は哀愁を匂わせながら言う。それは雪龍に伝わり、僅かながらに罪悪感を感じさせる。だが、水月自身も分かっている。過去から抜け出すことの重要性を。

 ふと、水月は雪龍の背後にある通路を覗いた。そこには誰もおらず、照明の通った薄暗い通路が続いているのみだ。


 

 「雪龍、神龍達はどこにいるの?」

 「分からりません。ですが、現時刻は予定よりも五分ほど早いので、しばらくしたら来ると思います」

 「そうね。待ちましょうか」


 雪龍の言葉に従い、水月は待つことにする。その間に装着していたアンテナを外し、埋め込まれた電子機器に異常がないかを確認する。幸いにも異常は見られないまま、時間は過ぎていった。


 やがて、神龍を含めた五人が薄暗い通路の中から姿を現した。よほど急いでいたのか、普段着こなしているはずの巫女服は僅かに着崩れていた。しかし、見る限りただの睡眠不足に見え、誰もがだらしなくあくびをする始末だ。


 「神龍、どうして服がこんなにも着崩れているのですか? 提督からお叱りを受けても私は責任を取れませんよ」

 「仕方ないじゃろ……三時間ほどしか寝とらんのじゃ……」


 怒りを表面に出さない雪龍の追求に対し、神龍はだらしない声で答える。それに合わせ、背後の妹達も首を縦に振った。

 その行動に呆れた雪龍は、どこから取り出したのか分からない櫛を持ち、神龍の背後に回り込む。そして、その一部が跳ねた長髪を梳かし始めた。神龍は驚く素振りすら見せず、その場で倒れかけては倒れないよう必死になり、それを繰り返している。

 そうしている内に、雪龍は神龍姉妹全員の髪を梳かし終え、僅かに着崩れている巫女服の修正を行う。それは慣れた手つきで、気がつけば作業が終わっている。

 そして、雪龍はその場にいる神龍姉妹の身だしなみを整え終えた。櫛を懐に入れ、最後に喝を入れるかのように神龍姉妹の頭に瓦割りを打ち込む。神龍姉妹はそこで初めて完全に目が覚めた。

 だが、次に神龍姉妹を襲ったのは頭の痛みだ。木の角材で叩かれたような痛みは、瞬時に神龍姉妹に共通して広がる。


 「雪龍よ、何をするのじゃ……」

 「演習時刻間近に神龍達が起きなかったので、強制的な起床を行っただけです」


 神龍は烏のような呻き声を上げるも、雪龍は正論でそれを軽々く躱した。少々やり過ぎな部分は否めないが、任務に支障をきたさない場合はこれが手っ取り早い。

 それとほぼ同時だった。配管が叫ぶ轟音の中、僅かに雑音が聞こえてきた。


 『全員が第三射出カタパルトに集合したのを確認した。これより作戦の再確認を行う』


 配管の中に紛れた大型のスピーカーから、司令官の声が聞こえてきた。だが、その声の質は悪いと言わざるを得ない。使用されているトールボーイ型のスピーカーは明らかに年季の入ったものであり、半分壊れかけているようにも見える。

 水月は改めて、鎮守府の財政難を実感した。


 『本日の演習は、水月の戦闘においての反応速度の向上、および神龍型の対艦戦闘訓練を目的としている―――』


 司令官の言葉はスピーカーを通じ、淡々と進んだ。有事でないからか、話の内容は主に注意点に置かれた。演習とはいえ、戦闘行為が危険であることには変わりない。聞き手がそれを理解してもなお注意を行うということは、彼にとって最も重要なことだからだろう。


 『―――伝達事項は以上となる。では、現時刻を持って演習を開始する。くれぐれも生傷を出さないように』


 数分続いた伝達事項は終を迎え、スピーカーは役目を終えたかのように虚無になる。代わりに聞こえるのは、再び配管が叫ぶ声のみだ。


 「では、行くとするか。我らを束縛する海原へ」

 「では、駆逐艦部隊は先に行くよう命令されていますので、後ほど合流しましょう」

 「分かったわ。また、海上で」


 水月は神龍姉妹と雪龍と言葉を交わし、彼女達が去る背中を見送った。

 やがて水月の番が回ってくる。艤装を装着するため、先ほどシャッターが開いた専用の小部屋に入ろうとする。だが、水月はふと足を止める。ただ配管の叫び声が木霊す部屋の中、ただ一人拳を握りしめた。

 その数秒後、水月は何も言わずに歩き出した。部屋に入ると同時にシャッターがゆっくりと閉まり始める。その部屋の奥に向かい、女は歩みを進めた―――




 時刻はちょうど昼を過ぎた頃だろうか。日の光だけに頼った執務室は薄暗く、物音一つしないほどの静寂を保っている。その静寂の空間の中、鎮守府の主は目を閉じて日の温もりを感じていた。しかし、温もりを感じるという言葉には語弊がある。その温もりは、とても冷たげなものなのだ。

 男は目を閉じ、目の前に広がる虚無の空間に浸ろうとする。しかし、そこに見えるのは業火の炎だ。知る者が逃げ惑い、暗闇に支配された上からは焼けた柱が落ちてくる。数人が巻き込まれ、絶望する表情のまま焼け死んだ。

 そんな光景が続くからだろうか、鎮守府の主は目を見開く。目の前に広がるのは書類に塗れた机と、静寂が支配する執務室の光景だ。男は気を変えるため席を立ち、外の景色を眺めることにする。

 ふと、本部正面広場を見ると、そこには歩く二人の女が話し合い、笑いながら歩いているのが見える。この密閉された閉鎖的空間での光景に、彼女達の笑みはあまりにも似合わないものだ。


 「確か、肉体年齢的には十五、十六だったか……本来なら、学校に行って、人間と変わらない生活を送れていたはずなんだがな……」


 男は誰もいない部屋の中、そう言葉を零した。静寂の空間に放たれた言葉は、刹那の間に溶けて消えていく。男の望んだ未来をかき消す空間に、男は深い溜息をつく。


 「もし、あいつらが学生や社会人として人間社会に溶け込めたなら、どのような未来が広がったのだろうか……」


 男はまたもや言葉を零す。その言葉も先と同じように消え、部屋に冷たい温もりを残すだけだ。無色透明の言葉とは程遠いものだが、その濁った言葉でさえ、目の前の現実では風に吹かれた塵のように消えるのだ。


 男が黄昏れていた次の刹那、男は背後に空気が歪むほどの殺気が放たれる。男にとって、この殺気は感じ慣れたものだった。そのせいか、背後から棒のようなものを首元に突きつけられたこの状態でも、動揺することは決してなかった。


 「何を悔やむ必要がある? お前が決めた道だろう」


 背後から女の声がする。その女こそが、今現在棒のようなものを男の首元に突きつけている者だ。

 男は沈黙を保っていた。返す言葉は見つかっているが、その答えは女にとって期待する答えとは違うことを理解していたため、答えようにも答えられなかった。


 「何をそんなに警戒する。お前の本心を言ってみろ」

 「断る。お前は必ず不快に思うだろうからな」


 男の言葉に、女は怒りを顕にした。その表情こそ男には見えていないものの、溢れ出る殺気がより一層強さを増しているのは肌で分かる。

 だが、女は殺気を出しながら、嘲笑うかのように微笑んだ。


 「お前の立場はどうだ? 私の指示に従わぬというなら、上下関係の秩序を乱したとして殺す他ない。あの子も悲しむだろう」


 女の言葉に、男は苦い表情を浮かべる。ある意味で人質を取られた男には、死ぬ覚悟はあっても、大切な者を置いていく覚悟はなかった。だから、男には本心を話す以外の選択肢は残されていなかった。


 「俺が悔いているのは紛れもない、俺自身の判断だ。あの契約にはもっと慎重になるべきだった。それを怠った結果、あいつらに被害が及んだ……それが何よりも辛い……」


 男から返ってきた答えに、女は軽蔑の目を向ける。目の前の男の言うことは事実だ。だが、それは女の望む答えではない。それは、男の言う通りになった。

 女は手に持つ男の後頭部に突きつけていた錫杖を消すと、その無防備な背後に手刀を放つ。しかし、女の放った手刀を男は既のところで右手を間に入れて止めてみせた。


 「言っただろ。お前の期待する答えではないと」

 「……分かったわよ。悪かったわ」


 女は半ば呆れと怒りの混ざった声を出すと、男の右手を負傷させた手を離す。

 その一方で、男は顔色一つ変えず、服の下で腫れている腕の箇所を治癒術で治していた。

 その後ろ姿に、女は深くため息をつく。


 「あんた、そういうところは直しなさいよ。あの子も悲しむわよ」

 「分かっている。だが、これは他でもない俺の問題だ。お前に助けを求めたのは俺だし、最低限やるべきことはやらなければならない」

 「……ならいいわ。だけど、私がいつもあんたを助けるとは思わないことね。できる限りのことはするけれど」


 女は呆れ声で言い、白い霧を纏ってその場から消えた。執務室には再び静寂が訪れ、男のみがその場に残された。だが、男はこの状況をあまり問題視していなかった。むしろ問題視していたのは、人間とあのような契約を交わした自分自身だった―――




 日が南中して少し経過した頃、海上では水しぶきが舞っていた。それは世界最大の準巨砲の弾が水中に帰す音だ。それを軽々と躱すのは、夜戦の天才と謳われる神龍姉妹だ。彼女達は互いの練度向上を目的とした演習に参加し、砲を撃ち合っていた。

 だが、実弾を込めた砲の撃ち合いではない。着色弾、またの名を演習弾を使用しいる。しかしながら、演習弾も下手をすれば負傷の可能性があり、決して安全ではない。本来ならば、空砲と射撃管制装置を模擬戦機能にした方が、資源の消費は少なくて済むだろう。それでも司令官や一部の者からの意識より、演習弾は使われ続けている。

 そうこうしている内に、審判を務めていた雪龍が双方に待ったを掛けた。


 『双方、一時停止してください』


 無線を通じて雪龍から送られてきた無線に、水月や神龍姉妹は前進するのを止め、火器を海面に向ける。


 『皆さん、本気で演習に挑まれてますか? 神龍達は手加減をしてますし、水月さんに至っては、射撃管制装置を使用していませんよね?』


 無線から送られてきた言葉に、神龍姉妹は肩を上下させ、水月は目を斜め下の海面に向ける。雪龍の言葉は図星だった。

 彼女達の素振りを見た雪龍は、額を手で抑えながら深く溜息をつく。これでは練度向上などできないという呆れが、吐息をより深くさせる。


 『これでは練度向上などできません。どうして手加減する必要があるのですか?』

 『水月が射撃管制装置を使わんようじゃからな、ハンデは必要かと思うてのう』


 神龍の言葉に、雪龍は頭痛を痛める思いになった。その一方で、水月は自身が要因となって神龍達が全力を出していないのだと理解した。

 しかし、間を置かずに雪龍からの追及の言葉が送られてくる。


 『水月さん、どうして射撃管制装置を使わず、目視の偏差射撃を? あなたの性能ならば、神龍達に打ち勝つことなど容易いことでは?』

 『技量を出したかったから……とでも言うべきかしら。人間の体を得た今、昔のように性能だけでどうこうできる問題じゃないと思ったから』


 水月の言葉に、雪龍は沈黙する。彼女の言葉はある意味で正しく、ある意味で間違っている。技量差は確かに大切だと、それは毎日のように姉から指導を受けていた雪龍が一番分かっていることだ。だが、それだけを戦場に持ち込むわけにはいかない。いずれそれは、自身を破滅に追いやるからだ。


 『水月さんの言うことは正しいです。ですが、ここは模擬とは言え戦場です。全力を出さなければ、本番で死にます』


 雪龍は威圧を孕んだ言葉を無線に乗せる。その言葉は、親友関係にある神龍姉妹でさえも肩を震わせるものだ。今まで関わりのない水月にとっては、その言葉にどれほどの恐怖を感じたことだろうか。


 『ご、ごめんなさい……』

 『別に怒っているわけではないのですが……』


 雪龍はそう言うも、心の何処かでは僅かに怒りの感情が顔を覗かせているのは明確だ。そうでもなければ、手元に持っていた鉛筆を圧し折るようなことはしないのだろう。

 だが、水月や神龍姉妹が予想していなかったのは、雪龍が放った次の言葉だ。


 『神龍、水月さんの相手は私がします。代わりに観測手と審判をしてください』


 雪龍は、水月の模擬戦相手をすると言った。神龍姉妹は断ろうとも考えたが、手を抜いた手前、その言葉を出すことはできなかった。


 『分かった。くれぐれも怪我をするでないぞ』

 『大丈夫です。これでも神風の風の字なので』


 二人が言葉を交わすと、神龍姉妹は雪龍がいた位置に、雪龍は神龍がいた位置に移動する。そして、雪龍は水月を蛇のように鋭い目で見る。


 『水月さん、私は本気で挑みます。あなたが手を抜くというならそれでも構いません。ですが、決して後悔しないでください』

 『……分かったわ』


 水月は腹を括り、持てる全力を出すことを決意した。主砲に演習弾を装填し、いつどこからでも迎撃を行えるよう、身体の感覚を研ぎ澄ませる。


 やがて、準備を終えた雪龍がスタートダッシュを切った。それと同時に砲撃を行い、初手から水月に命中弾を与える。しかし、それは有効打には至らない。

 その一方で、水月はこの状況を重く受け止めていた。射撃管制装置を使い、砲撃を行ってもなお雪龍は砲弾の着弾位置を確認し、的確にそれらを躱している。


 (雪龍は砲弾の軌道をよく見ている。だけど、射撃精度は射撃管制装置がないからか僅かにぎこちない……それでもあの命中率は油断できないわね)


 水月は思考を回しながらも、雪龍を近づけさせないために主副砲の弾幕を張り続けている。それでもなお、撃ち出された砲弾が雪龍を捉えることはない。

 そして、雪龍との距離が百メートルを切ったころだ。雪龍は懐から何かを取り出すと、刹那の間に水月に向かって蹴り飛ばした。

 雪龍が水月に飛ばした物。それは時限信管の爆雷だ。水月がそれに気づいたのは、それが目の前に飛んできた時だ。だが、水月はそれが顔に命中しないよう、刹那の間に頭を下げた。

 その次の瞬間、起爆した爆雷が赤い液体を周囲に撒き散らした。それは水月の肩に取り付けられた副砲や髪、軍帽などを赤く染めた。


 「やられたわね……最初から副砲を狙っていたなんて……」


 水月は戦闘を継続すると同時に、肩に取り付けられていた副砲を非戦闘状態にする。これにより、正面に生み出される弾幕は消え去った。

 これを狙っていた雪龍は、弾幕の無くなった正面に突撃する。弾幕を生み出せなくなった水月はどうすることもできず、ただただ射撃管制装置を用いた主砲による射撃しか行えなかった。

 しかし、現実はもう分かりきっていたことだ。雪龍は水月の懐を侵略し、袈裟斬りの距離に持ち込まれた。そして、雪龍が手に持っていたのは紛れもない短刀だ。太陽の光を受け反射するそれは、紛れもない本物だ。


 (しまった、死ぬ……!!)


 雪龍の短刀が腹に届く瞬間、水月の脳裏に何かが映る。

 赤い視界の中、刀で腹を切り裂かれ倒れる誰か。

 返り血が飛び散り、赤く染まる周囲の景色。

 暗い部屋の中、数人の男に囲まれながら血を吐き、今にも死にそうな男の声。

 その全ては水月にとって見たことも聞いたこともないものだ。艦内で戦闘が行われたことはもちろん、このような光景を見たことは一度もない。それは目を背けたくなるもので、頭痛を引き起こさせるものだ。


 「……さん……水月さん!!」


 女は、自身の名を呼ぶ少女の声で我に返った。目の前にいるのは銀髪の女で、名前は雪龍だ。その背後に控える者達は巫女服を着ている。神龍姉妹だ。そして、彼女達は共通して水月を心配する目を向けてる。


 「すいません。本物のように見えたかもしれませんが、これはゴム製のものです。殺気を放ったならば、水月さんは持てる本気を出すだろうと思い……」


 雪龍は短刀を曲げると、水月に向かって深々と頭を下げる。本心から、自分の行為を深く反省しているようだった。


 「私こそごめんなさい。雪龍の動きが速すぎたことに衝撃が隠せていないみたい」


 水月はそう言いながら、額に顕になった冷や汗を拭う。雪龍や神龍姉妹は、何か別の理由があることを察している。だが、それを深掘りしようとはしなかった。

 水月の精神面のこともあり、演習はここで打ち切られた。水月は性能面と技量の両立の課題を見つけるも、一瞬ながら脳裏に映った謎の記憶に、鳥肌が立つほどの違和感を感じていた。だが、今はあの記憶を一刻も早く忘れたかった―――




 オランダのハーグには、国際司法裁判所が存在している。ここ数百年、使われることのなかったこの機関は、極秘裏に動いていた。

 法廷の証言台で裁判官の前に立つ者は、修道院服を身に纏った長い銀髪の女だ。その首元には宝石の散りばめられた銀の十字架が下げられており、キリスト教の関係者であることが伺える。

 だが、女の表情は決して良いものではない。瞳には憎悪の炎が垣間見え、普段穏やかな修道女としての姿はどこにもない。


 「―――How far back do you intend to go to judge under international law the damage caused by the past war between the Great Dragon Empire and the Vampire Republic Empire?」

 訳:―――大龍帝国と吸血鬼共和国帝国との過去の戦争被害を国際法で裁くなら、どのくらいまで遡るつもりですか?

 「It's been since the time when you were abandoned by the God you speak of.」

 訳:あなた達が言う神に見放された時からだ


 一人の裁判官の言葉に、女は殺気を隠そうとしない。本当ならば今すぐにでもこの場の人間を皆殺しにしたいと思うほどだが、日本で結ばれた契約に縛られそれは叶わない。それを良いことに、裁判官達は女を嘲笑っていた。


 「In the first place, do you think you have any standing to argue? You broke the contract and tried to kill us. You are complete criminals.」

 訳:そもそも、あなたに反論する資格があると思っていますか? あなた達は契約を破り、私達を殺そうとした。あなた達は立派な犯罪者だ

 「Are you in a position to give us orders? You people believed false information and destroyed our country.」

 訳:貴様らは我々に命令できる立場なのか? 偽りの情報を信じ、私達の国を破壊した貴様らが

 「If we have the appropriate sincerity, we will improve our attitude towards you.」

 訳:それ相応の態度があるならば、私達はあなたに対する態度を良くしよう

 「This is pointless―――」

 訳:話にならないな―――


 女は数枚の書類を証言台に置くと、白い霧に身を包んでその場から消え去った。

 裁判官達は呆れた表情をするも、それは即座に嘲笑へと変貌する。旧大龍帝国を愚弄し、差別ともいえる発言を平然と行う。

 そんな中、アメリカの裁判官は傍聴席でこれまでの光景を見ていた日本人の男を見つける。その男は深刻そうな表情で、手には冷や汗を握っていた。

 裁判官は席を立ち、男の側に歩いていく。そして、空いていた男の隣の席に座ったところで、男に話しかけた。


 「What's wrong? You look pale.」

 訳:どうした? 顔色が悪いようだが

 「This is an unfair trial. An apology should be made to the Great Dragon Empire immediately.」

 訳:これは不公平な裁判だ。今すぐに大龍帝国に謝罪するべきだ

 「Don't make me laugh. Japan suffered great damage too. This is no problem. They are not human.」

 訳:笑わせるな。日本だって大きな被害を受けたんだ。何も問題はない。彼らは人間ではないのだから


 アメリカの裁判官はそう言うも、男の手は依然として震えたままだった。

 男は知っている。大龍帝国の恐ろしさを。

 裁判官は知らない。大龍帝国の恐ろしさを。

 男は震え、ただただ目の前の光景を傍観することしかできない。その先にあるのが破滅だと知ってもなお、権力の前では男の力など、塵のように軽々と吹き飛ばされてしまうだけだった―――

【登場人物】

《旧大龍帝国 首脳陣》

(軍備管理部門/鎮守府元帥)

・旧大龍帝国元十三代首脳 龍造暁翠


《旧大龍帝国 海軍》

(紀龍型重巡洋艦)

・一番艦 CS1-B01 紀龍

・二番艦 CS1-B02 亰龍


(風龍型駆逐艦)

・八番艦 DF-008 雪龍


(神龍型駆逐艦)

・一番艦 DN-001 神龍

・四番艦 DN-004 祇龍


《旧大龍帝国陸海共同軍》

(戦艦型超戦車/紫桜型超戦車)

・三号車 X-1146 水月

・四号車 X-1145 冥月


【小ネタ②】

《少女なる兵器》の構想当初、旧大日本帝国海軍の象徴ともいえる戦艦大和を擬人化させた上で作中に登場させるつもりではあったが、そもそもとして作品中に役割を与えられるかが疑問となり、最終的に戦艦大和は構想段階で没案となった。

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