第七十三話 未知の侵略 ③
それからしばらくして、突如として戦況は変化した。突如として、存在達が撤退を始めた。アライアンスの戦士達は、何が起こったのか分からず、ただ唖然と立ち尽くすことしかできなかった。
しかし、旧大龍帝国の首脳だった者達だけは、この状況を見て、警戒を高めていた。
かつて、大地震に遭った時、何メートルもある津波が陸へ押し寄せたことがある。その前兆として、海岸部からは、一気に海水が沖へと引いていくのだ。それは、この状況とよく似ている。
波と風の音が支配する空間の中、三人は五感を最大限に引き上げる。そして、常に警笛を鳴らし続けている第六感が、この後の行方を左右する。
そして、三人はわずか僅かな風の動きを感じ取る。それは、自然のものではない。
「総員、退避いいいいいい!!」
鎮守府の主が叫んだ。天地を揺るがすほどの叫びは、アライアンスの戦士達の耳に入った。
だが、もう遅かった―――
――――全てが破壊される爆発音。それと同時に、空気を伝う衝撃波と熱風。それは、この場に立つ一部の者にとって、絶望を告げる鐘となる。
風圧によって吹き飛ばされたのは、アライアンスの戦士達だけでなく、爆発によって削られた地面の破片と、生暖かい水のようなもの。
何が起こったのかわからず吹き飛ばされる者。意識を失った者。この爆発は、様々な結末を及ぼした。
そして、吹き飛ばされた鎮守府の主が再び目を開けた時、広がった光景に絶句することとなる。
―――眼前に広がるのは、赤黒く染まった地面と、そこに横たわる、家族とも呼べる大切な仲間。体温こそ残っている肌の色だが、彼女達は指一本動かさない。
視野を広げてみれば、体の一部を欠損している者もいた。その者の近くには、爆発によって断たれた腕が転がっていた。
さらに、鎮守府本部の崩れた瓦礫の一部が、仲間を押しつぶしていたことだ。それに加え、爆風で飛んできたであろう鉄柱が、仲間の一人の心臓を貫いていた。
本当に、何が起こったのか分からない。この一瞬で起こったことは、これまでの戦争で起こったことの常軌を逸している。
鎮守府の主が戸惑っている中、突如として、爆発音が響いた。周囲を見渡すと、吹龍が建物に手をつき、体を支えながら立っていた。しかし、吹龍は血を流しすぎていた。それこそ、命に届く直前になるほどに。
その直後、何か鈍い音が空から響いた。空を見ると、プラズマを帯びた赤い巨弾が、こちらへ向けて迫っていた。
鎮守府の主は、近くに倒れていた怜龍と汲龍を抱え、壁付近まで飛んだ。しかし、そこで始めて気づいた。血を流し、気絶した白蓮が、巨弾の有効範囲内に取り残されていることを。
鎮守府の主は、即座に白蓮を回収するべく飛び出した。だが、どう考えても、巨弾の着弾まで時間がない。白蓮の救出は、絶望的だった。
しかし、次の瞬間、先ほどまで倒れていたはずの怜龍と汲龍が、鎮守府の主よりも速く、白蓮の元まで走っていた。二人は白蓮を担ぎ上げると、鎮守府の主目掛けて投げた。
目に映ったのは、弱々しい海軍の敬礼を送る二人の姿だった。何も言わず、血を流しながら、こちらに向かって敬礼を送っている。その瞳の奥は、なぜか輝いていた。
そして、次の瞬間には、赤い巨弾が二人を飲み込み、大爆発を起こした。
鎮守府の主は、白蓮を抱えたまま、鎮守府本部の壁に強く叩きつけられた。しかし、そんなことで気を失うわけにはいかなかった。目の前で巨弾に巻き込まれた二人のことが、とにかく心配だった。
だが、眼前に映った光景は残酷だった。そこにあったのは、四肢の一部が欠損し、激しい火傷を負った、二人の亡骸だった。よく見ると、動けずにいた吹龍も爆発に巻き込まれ、死亡していた。
「叔父上……すまぬ。少し……へまをした……」
突如として、弱々しい霊花の声が聞こえた。声のする方を向くと、そこには、錫杖を地面に突き立て体を支えながら立つ、霊花の姿があった。左目から血を流しているあたり、瓦礫の破片が眼球に傷をつけたのだろう。
その時、突如として、どこからか笑い声が聞こえてきた。それは、方向からして上空であり、鎮守府の主は視線を空へ移す。
そこに広がった光景は、謎の存在が、空中で颯龍の首を絞め上げていた。颯龍は必死に反撃しようとしていたが、やがて、窒息によって絶命した。
鎮守府の主は白蓮を寝かせ、立ち上がった。
「霊花、白蓮を頼む。ここは俺が引き受ける」
鎮守府の主はそう言い残し、颯龍を手に掛けた謎の存在存在の下へ、歩いていった。
謎の存在を前に、まだ命を繋いでいた戦士達は、怒りを瞳に宿していた。まさに今、目の前で仲間が殺され、塵を扱うかのように投げ捨てられたのだ。
立てる者は立ち上がり、謎の存在へ向け、砲口を向ける。しかし、所詮は出血多量や骨折、人体欠損を負った者達の集まりで、存在を殺すには程遠い。
中でも、唯一傷が少なかった紫桜は、この状況が深刻であることを見抜いていた。隣に立つ妹や仲間は、立っているのがやっとの状況だった。
(どうしたものかしら……このまま戦えば、確実に……)
紫桜は横目で鎮守府本部の壁を見た。そこには、頭部から激しく血を流す氷龍の姿があった。かろうじて立ってはいるものの、その足はおぼつかない。
しかし、なによりも重要なのが、氷龍が鎮守府の医療の全てを担っているということだ。もし、ここで氷龍が戦死すれば、この場にいる者全てが死ぬこととなる。
「お前達、負傷者、戦死者を抱えて本部へ避難しろ!!」
突然として、聞き覚えのある声が響いた。それは、紛れもない司令官の声。気がついた頃には、司令官は紫桜の隣に立っていた。
「司令官、奴は危険です。ここは私達が……」
「黙って言うことを聞け。氷龍が死ねば、ここにいる者全てが死ぬことくらい、お前も分かっているだろ」
司令官の言葉に、紫桜は歯を食いしばった。現実と理想が食い違う中、仲間に頼られるその頭で、最善の策を否定したかった。
「分かりました……総員、負傷者、戦死者を抱え、本部へ避難、及び治療を行え!!」
紫桜は、全てを司令官に委ねることにした。
指示を聞いた戦士達は、動けなくなった負傷者、戦死者を抱え、鎮守府本部へと避難を開始した。
その様子を横目にしていた司令官は、宙に浮かぶ三体の存在を睨みつけた。
宙に浮かぶ存在達は、先ほどまでの存在とは何かが違った。武装や、体の紋様から放たれる光からもそうだが、明らかに強さが桁違いだということは、肌で感じることができる。
すると、突然、存在の内の一体が、司令官を見て嘲るように笑った。
「貴様の部隊はそれが全てか? 近場の都市にいる生物よりかは強いようだが、所詮は下等生物だな」
存在の放つ言葉は、地球に芽吹く命を否定する言葉。その言葉は、司令官の頭の奥の何かを刺激した。はっきりと言葉にできないそれは、熱となり、グレートヘルムの中を熱気で満たした。
司令官はグレートヘルムを外し、近くに投げ捨てた。その次の瞬間には、鞘から剣を抜いた。その行動は、鎮守府の主としてのものでも、司令官としてのものでもない。仲間を失いたくない、暁翠としての行動だった。
それを見た存在達は、仲間を葬った巨弾を撃ち出す武器を、一斉に作動させた。砲口の周囲には、赤いエネルギーのオーラが集約し、徐々に膨張を始める。
だが、暁翠とて黙って見ているわけではない。鎧を身に纏った体は、予想に反して神速の動きを見せる。認識する時には、既に存在の目の前まで飛んでいる。
次の瞬間、暁翠は剣を振り下ろす。それは、中央の存在の右腕を切断した。それにより、仲間を殺した武器を奪い取った。
だが、それと同時に、存在達は巨弾を放った。空中にいる暁翠は、それを躱すことはできないと分かっている。
だからこそ、存在の武器を奪い取った。存在の武器は、エネルギーをため続け、巨弾は膨張を続けている。それを二発の巨弾に向かって投げればどうなるかなど、分かりきっていた。
衝突した三発の巨弾は、先ほどとは比べものにならないほどの爆発と衝撃波を引き起こす。当たり前だが、暁翠は吹き飛ばされ、激しく地面に叩きつけられた。
暁翠は下半身がコンクリートの地面に埋まるも、敵の生存が確定してる以上、ここで止まることはできないと、瞬時に足を引き抜いた。
だが、煙が支配する視界の中、突如として一体の存在が姿を現した。その手には、レーザーの剣が握られていた。
瞬きした時には、剣同士が衝突していた。火花が散り、双方の腕が小刻みに震えている。だが、若干ながら存在の方が力が強い。
しかし、暁翠とて負けてはいない。戦闘に不向きな体で生まれ落ちたとは言え、人一倍、鍛錬を怠らなかったのだ。そこまでして敗北することは、あってはならない。
次の刹那、暁翠の剣が弾き返された。剣は上へ上がり、暁翠自身も体勢を崩している。
存在はこれを好機と見て、その無防備な脇腹目掛けて、レーザーの剣を突き刺そうとした。
だが、存在が気づいた時、眼前に男の姿はなかった。それと同時に、手先の可動部位が動かないことに気づいた。その原因は、地面に響いた金属音が示していた。
「朧霧昇嶄。煙を作ったのが失敗だったな」
背後から、男の声が聞こえた。それは、死を告げる鐘の音だ。言葉はどこか澄んだ一方、激しい怒りを孕んだものだ。
存在は敗北を知ったと同時に、体を縦に両断された。
暁翠は刀についた金属片を払うと、どこからか発煙筒を取り出した。それを地面に置き、時限信管を作動させる。
それと同時に、霧を掻き分け、残っていた二体の存在が襲い掛かってきた。そして、その腕には、発射直前のエネルギーの巨弾が存在している。
存在達は、迷うこと無く、男目掛けて巨弾を放った。自分達も巻き添えになる一方で、男を殺せると確証しての策だった。
だが、目にした現実は予想とは程遠いものだった。男は刹那の間に、二発のエネルギーの巨弾を両断した。それに加え、爆発の元となる核を破壊していた。
その次の瞬間、時限信管を作動させていた発煙筒が起動しや周囲を煙幕で包みこんだ。元より煙に覆われた空間は、さらに煙が濃くなり、視界を遮断される。
存在達はジェットパックを作動させ、煙幕の支配する空間から抜け出そうとする。
しかし、それは致命的な判断の誤りだった。煙幕の中、存在は、先を行った仲間が落ちてくる姿を目撃した。仲間の体に、首は存在していなかった。
この空間にいては死ぬと理解し、存在はジェットパックの出力を上げる。その表情は、先ほどまでのものとは一変し、焦りのものに変わっている。
そして、煙幕を抜けた瞬間、存在に希望の光が見えた。
だが、それは一瞬のものだった。目に映ったのは、剣を振り上げた、翼の生えた女の姿。普通なら美しく感じる、女の群青色の瞳は、恐怖を引き立てるだけだった。
余裕を見せた存在達は、下等種族と罵った相手を前に全滅した―――
―――鎮守府の正面玄関広間では、バルパライソから転移し、帰投した艦隊が唖然としていた。視界を包むのは、深い煙幕の壁だった。その奥は、濃い煙によって確認することができない。
だが、艦隊には急がなければならない理由がある。艦隊全体が怪我を負っているのもそうだが、潜水艦隊がほぼ全滅したことに加え、失血死しかけている者が二名存在する。もたついている時間はなかった。
その時、突如として煙幕が薄くなりつつあった。その奥には、二人の人影が見える。ゆっくりとこちらに歩いてくる人影の片方は、見たこともない影だが、その気配は、よく知った者のものだった。
そして、風が煙幕を攫い、姿を見せたのは、暁翠と京華だった。
暁翠は帰投した艦隊を見るなり、事態の重さを把握した。潜水艦隊が海龍と清龍を除き、この場にいないこと。亰龍と清龍が失血死しかけていること。
鎮守府本部でも凄惨な光景が広がっていることを考えれば、一刻も早く、現実から目を背けたくなる。
だが、ここで適切な処置をしなくては、救える命も救えない。氷龍が血を流しすぎている今、延命、治療体制がどこまで持つか分からない。
「京華、転移術式を組め。負傷者を病院へ担ぎ込む」
「分かりました。二分で支度します」
京華はそう言い、懐から謎の白粉が入った小瓶を取り出した。それを正面玄関広間に撒き始めた。それは、転移術式を構成するために必要な土台を構成するためのものだった。
そして、土台が完成した頃、紫桜の独断により救われた陸上部隊が、鎮守府へと帰投した。目に映る光景は目を疑うもので、何が起こったのか想像もつかない。
だが、それを物語ったのは、正面玄関広間運び込まれる、負傷した仲間達の存在だった―――




