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少女なる兵器 Act.1〈旧版〉  作者: 深瀬凪波
第三次龍鬼戦争
101/109

第七十一話 海に潜みし怪物 (完全版+α)

 時とは、常にどこかで連鎖するものとして、アライアンス内部で広く認知されている。

 全ては一瞬、刹那の時間に下した判断で変わり、その結末が何を引き起こすのか、誰も知ることはない。

 だが、今を生きるアライアンスの者にとって、唯一理解していることはある。

 戦場の時間は、刹那の判断で全てが決定してしまうのだと。そして、時には想定外のことが起こり、大切なものを全て奪い去るのだと。

 陸上部隊が出撃した直後、編成を終えた海上部隊も動き出していた。出撃した艦隊は、チリのバルパライソ沖、四キロメートルほどを航行し、敵空母機動部隊の捜索を行っていた。

 しかし、探せど探せど、目視による敵空母機動部隊を発見はできなかった。やがて、事態は龍翔が戦闘機を飛ばし、偵察を行うほどにまで発展した。

 だが、十分以上が経過しても、敵空母機動部隊の報告は上がってこなかった。旗艦を務める龍造は、この事態に焦りを感じていた。このままでは、時間と燃料を消費するだけではなく、バルパライソの街で戦闘を繰り広げる仲間の命を、艦砲射撃や空爆の危険に晒すことになる。

 龍造は痺れを切らし、後ろを航行する妹に声を掛ける。


 「龍翔、まだ敵艦隊は見つからないの?」


 姉の言葉に、龍翔は首を横に振る。発艦した戦闘機からの報告も無く、時間だけが過ぎていく中、龍翔も同じ事を考えていた。

 だが、突如として龍翔は血相を変えた。艤装の通信機器を何度も触りながら、戦闘機が向かった方角を見つめた。

 その光景を目の当たりにした龍造は、艦隊の先頭を外れ、冷静を欠いた妹の横に並ぶ。繰り返し無線機を触る妹の手をそっと止め、落ち着くように深呼吸を促した。

 やがて、龍翔は少しながらも冷静を取り戻した。妹が冷静を、取り戻したことを確認し、龍造は本題の問いを投げる。


 「龍翔、何があったの?」

 「偵察に出ていた戦闘機が……全滅しました……」


 妹の口震えるから放たれた報告に、龍造は一瞬だが、思考回路が停止した。だが、すぐに思考を戻し、事態の深刻さを実感した。

 まず、龍翔が発艦させた戦闘機は『Ma-583 G5/D2 氷花』であり、旧式化しつつあるものの、未だにアライアンスを支える主力艦載機だ。現段階で最新鋭の一角を担うこの機体が撃墜された可能性は、二択に絞られる。

 物量戦で負けたか、これを上回る性能の戦闘機が現れたかだ。


 『総員、即座に輪形陣へ移行せよ!!』


 龍造は、艦隊全体に無線を送った。だが、なぜか龍造の指示に応じるものはいない。龍造の方を見て、首を傾げるだけだ。

 龍造が何が起こったのか理解できずにいると、龍造の無線機に、どこからか無線が送られてきた。


 『こちら戦艦龍造。要件を乞う』

 『こ……海龍で……逃げ……ださい……』


 送られてきた通信は、酷くノイズ音が混ざったものであり、聞き取れたものではなかった。だが、かろうじて、通信相手が海龍であることは聞き取ることができた。


 『海龍、再度通信を求む。ノイズ音で言葉に妨げられて言葉が聞き取れない』

 『敵……通信……害……存在し……この通信も……途切れ……』


 そこで、無線は途切れた。龍造が無線を再送信しようとするも、それは叶わなかった。それどころか、艦隊全体への無線すらも行えないことに気づいた。

 事態を深刻と見た龍造は、手招きで円陣の中央に全員を招集する。そして、先の通信から得られた事態から想定されることを、直接話した。

 龍造の言葉に、艦隊の誰もが表情を変えた。龍造の言葉が事実だとすれば、この海域に長居するのは危険だと判断せざるを得なかった。


 「龍造さん、今すぐにでも撤退しましょう。私達がいては、海龍達の足手まといです」


 亰龍が撤退するよう言った。しかし、龍造首を横に振る。


 「それはできない。ここで私達が撤退してしまえば、陸上部隊が危険に晒される。それこそ本末転倒よ」


 龍造の言葉に、亰龍は何も言い返せなかった。即座にこの場から撤退することは重要だったが、そうなってしまえば陸上部隊に危険が及ぶ可能性あった。

 そして、今回は保険として、海龍率いる潜水艦隊がこの近くを航行している。通信が取れなくなった今、撤退することは、海龍達を見捨てるに等しい行為だった。

 艦隊は、いつの間にか引けない状況に立たされていた。


 その直後、突如として嶄龍が南方を向いた。その眼は、南方の沖を見つめたまま動かない。

 龍造は嶄龍に声をかけようとするも、嶄龍と同じように南方の沖に目が釘付けになった。その先には何も見えないが、明らかに違和感を感じる。

 龍造は聴覚に集中力を注ぐ。聞こえてくるのは、無数の空気を切り裂く音だ。そして、南方で何が光った時、龍造はその気配の正体を理解した。


 「総員、回避!! 急げ!!」


 龍造は腹の底から叫んだ。しかし、その時にはもう遅かった。目の前を何かが横切り、それは艦隊の中央へ向けて、刹那の間に突っ込んだ。

 次の瞬間、亰龍の右腕が爆発した。爆破したという言葉は語弊があるが、あまりにも突然のことに、艦隊の誰もがそう錯覚してしまったのだ。

 亰龍は、自らの腕を見て絶句した。腕には、破壊されたバズソーの歯や鉄棒が突き刺さっていた。腕には力が入らず、血が流れ出した。

 その傷が骨まで届いていたことを悟った亰龍は、腕に突き刺さった破片を無理やり引き抜くと、医療キットから包帯を取り出す。それを腕に巻き、出血を遅らせようとした。

 すると、龍造が自身の医療キットから止血帯を取り出した。それを亰龍の腕に巻きつけ、


 「これで、一時的にはなるけど出血は遅らせられる。海龍達が事を終えるまで耐えるわよ」

 「了解しました!!」


 亰龍は立ち上がり、左肩に取り付けられた主砲を南方に向けた、左腕に取り付けられた砲身を構える。

 それを見た全員が、覚悟を決めた。海龍達が事を終えるまで、時間を稼ぐと―――




 海龍率いる潜水艦隊は、海上の艦隊から一キロメートルほど離れた水中を航行していた。梯形陣を取り、常に敵艦隊への攻撃を行える状況にしていた。

 だが、突如として状況は一変した。水上部隊と無線による通信が途絶え、連携を取ることが不可能となった。この原因は、敵による通信妨害だとすぐに分かり、それを断つために行動しなければならなかった。

 そんな中、先頭を進む姉である海龍の背後を航行していた清龍は、速度を上げ、姉の横についた。


 『姉さん、先ほど、海上部隊との通信が途絶えたようですが、これからどうされますか?』

 『おそらく海上部隊は、私達と無線が繋がるまで撤退しない。このまま例の物の破壊して、海上部隊と共に即座に撤退する』

 『了解しました。では、ここからは先ほどの作戦通りに進みます。ご武運を』


 通信蛍光灯を使い、姉からの意向を確認した清龍は、後方に続く妹達を集めるため、姉の隣から外れた。

 やがて、清龍は七人の妹を連れ、より深い深度へと潜航を始めた。八人は、黒洞々とした海の底へと消えていった。

 それを見届けた海龍は、レッグポーチから二本の照明魚雷を取り出した。それを魚雷発射管に装填し、やや前下方に向ける。


 『魚雷発射』


 思念はトリガーとなり、魚雷発射管から二本の照明魚雷が発射された。魚雷は光の届かない海の底へ向けて進み、そして―――


 (これは……相当、大物を引き当てたようね……)


 照明魚雷が起爆したことにより、周囲が明るく照らされた。照らされた水中には、紅く光る巨大な宝珠があった。宝珠は二重の制御リングを纏い、周辺にはDark6(ダークシックス)級潜水艦と見られる敵潜水艦が無数に存在していた。

 敵潜水艦は、そこまで距離の離れていない海龍の存在に気づき、宝珠を破壊されまいと、一斉にこちらに向かって突撃を開始した。

 海龍は双剣を手に構え、迎撃の体勢を取った。可愛い姉妹の華々しい戦果を期待し、敵潜水艦との戦闘状態へと突入した。その瞳の奥には、決して折れることの無い強い信念が宿っていた―――




 清龍を筆頭とする潜水艦隊は、通信妨害を引き起こす宝珠を破壊するため、宝珠直下から、七人の姉妹と共に、魚雷の一斉攻撃を仕掛けるつもりだった。

 幸いにも、宝珠の防衛をする敵潜水艦隊は、上の深度に残った海龍が引きつけている。宝珠を破壊する機会は、この一度のみだった。

 

 数分後ほど進み、宝珠が存在するであろう地点の真下へと到着した。清龍はその場で航行を停止し、後続の妹達にも、停止するよう指示を出した。

 停止した艦隊は、レッグポーチから取り出した魚雷を、左右の魚雷発射管に装填する。装填される魚雷は最大で四本。艦体全体では、合計三十二本という、大きな火力に達した。

 そして、その時は訪れた。


 『これより、通信妨害を引き起こす宝珠を破壊する。出し惜しみはするな。所持する魚雷を全て撃ち込め』


 姉から送られてくる照明信号に、妹達は黙って頷いた。そして、艦体は魚雷の有効射程圏内まで宝珠に近づこうと、上昇を開始しようとした。


 しかし、その次の瞬間、清龍は動きを止めた。それと同時に、右腕を広げ、後続の妹達に進まないよう指示を出す。

 清龍が感じていたのは、ただならぬ殺気だった。まるで、背筋が凍り、心臓を鷲掴みにされたような感覚だ。それらを感じていたのは、清龍の後ろに控える妹達も同じだった。

 そんな中、靂龍は新しく与えれた改良型音波探知機を使用し、周囲の索敵を試みた。音波は瞬時に広がり、存在する物質を明確にする。

 だが、靂龍は探知機の反応を見て目を見開いた。自身の位地の真上に、一つの謎の反応があった。


 (しまっ……!!)


 靂龍が気づいた時には、もう、遅かった。首元に生暖かい感覚が走るのを感じ、反射的に手を首に当てようとする。だが、なぜか腕が動かない。それどころか、首より下の感覚が無いことに気づいた。

 そこで、靂龍は始めて気がついた。頭と体が分断され、その背後には、殺気を放つ存在がいた事に―――


 ―――光の届かぬ暗闇の中、姉が目の前で死ぬ光景を目撃した南龍は、絶句することができなかった。姉の首を断ち切ったのは、全身を黒塗りの鎧で固めたゴーレムのような人形の何かだった。グレートヘルムの隙間からは、紅い光が漏れ出していた。

 あまりの衝撃に、動くことすらできなかった南龍だが、すぐに姉を殺された怒りが湧き上がってきた。怒りに呑まれた南龍は、即座に双剣を構え、姉を殺した存在に向け、突撃を開始した。

 だが、南龍がまばたきをしたほんの一瞬の内に、存在の姿は視界から消えた。それと同時に、艦隊全体に大きな隙が生まれていることを理解した。

 南龍はこの事態の被害を抑えるため、無線機の近くに付属していた探照灯を照射した。


 (私が標的となれば、姉さん達が隙をついて奴を始末してくれ……!!)


 南龍は自身が存在の標的となるようにしようとするも、それは無駄なことだったと、腹の辺りを生暖かい感覚が走ったことで理解した。

 南龍を支配したのは、常にどこかで嗅いできた、鉄錆の香り鼻をつんざく感覚と、口から鉄錆の味のする、生暖かい何かが逆流する感覚だ。

 そして、視界の先に見えたのは、悲痛な叫びを上げているであろう姉妹の、絶望に満ちた表情だった。


 清龍やその妹達は、振り向いてすぐ、背後に広がった光景を受け入れられなかった。そこにあるのは、謎の存在に腹を貫かれた、南龍の姿だった。腹を深く貫かれ、口からは激しく吐血している。助けられないことは、明白だった。

 それでもなお、南龍は力の入らない腕を清龍に向けて伸ばす。そして、涙を浮かべたその表情で、口を動かした。

 

 「姉さん……皆……逃げて……」


 南龍の放った言葉は、水泡となり、光の届かぬ海中に消えた。だが、姉妹だからなのか、その言葉は、はっきりと伝わった。

 だが、直後、存在は南龍の腹に突き刺していたサーベルを引き抜き、一瞬にして南龍の背中を袈裟に斬った。南龍の口からは、血と水泡が溢れ、その体は、大きく体勢を崩した。

 そこで、南龍の意識は完全に途絶えた。塩水が傷口に染みる痛みすら感じられず、その体は黒洞々とした深海へと沈んでいった。

 その光景を目の当たりにした北龍は、激しい怒りに呑まれた。良くも悪くも可愛かった妹を殺された怒りが、その僅かな筋肉を隆起させた。

 その次々の瞬間、北龍はこれまでに類を見ない速さで突撃を開始した。その突撃は存在の虚を突き、双剣の間合いに持ち込ませる。そして、繰り出されたのは、刹那の間に満たない斬撃だ。

 しかし、存在は、北龍の放った斬撃を軽く躱した。それどころか、その振り終わりで体勢の悪い北龍に対し、斬撃を入れた。

 北龍は斬撃を受けまいと、執念で体を捻り、回避を行う。だが、無情にも、存在の放った斬撃は、北龍の左眼球を縦に斬ってしまった。あまりの痛みに、反射的に使い物にならなくなった左眼球を抑える。

 存在は北龍の隙を突き、即座に追撃の一手を加えようとする。だが、北龍は痛みが走り、左目の視力が無くなった中、心の底から沸き上がる怨嗟の炎が、その腕を動かした。

 

 「こんなところで死ねるか!!」


 北龍は刹那の間に、存在の斬撃を防ぐための斬撃を放つ。それは正確に、存在の斬撃を弾き返した。そのまま流れるように、北龍は存在の無防備な腹部に目掛けて、斬撃を放つ。

 しかし、存在は不意の斬撃をも躱した。そのまま北龍から距離を取り、安全圏にから魚雷を放とうとする。

 だが、それを予測していたかのように、いつの間にか、東龍が存在の背後を侵略していた。存在がそれに気づいた時、その斬撃は躱せないものだった。

 東龍の放った斬撃は、存在の背中を捉えた。金属同士が擦れ合う音が、スクリュー音しか聞こえない水中の中に木霊す。

 だが、東龍は目の前の光景に苦難の表情を浮かべた。斬り裂いたはずの存在の鎧は、傷一つ付いていなかった。水の抵抗で言い訳はつくかもしれないが、それでもなお、置かれた状況下は絶望的なものだった。

 その次の瞬間、存在はサーベルを無防備な東龍目掛けて振り下ろす。東龍は躱せないことを悟り、せめて、被害を最小限に抑えようと、腕を間に入れようとした。

 しかし、存在の振り下ろしたサーベルは、東龍に届くことはなかった。目前のところで、間に入った清龍がの双剣が、斬撃を受け止めた。

 攻撃はそれだけに留まらなかった。清龍は東龍の手を引き、突如としてその場から上へ離れた。存在は追撃しようと上昇しようとするも、何かを感じ取り、即座に半歩、体を後ろに引く。

 それとほぼ同時に、存在の目の前を、二本の魚雷が通り過ぎていった。それは、目と鼻の先ほどの距離であり、反応が遅れていれば、そこで死んでいただろう。そして、魚雷が放たれた方向のその先にいるのは、笑みを浮かべた濠龍だった。

 だが、濠龍に気を取られている暇はなかった。この不利な戦況の中、いつ攻撃が仕掛けられるか分からない。だからこそ、警戒を怠るわけには―――


 ―――何が起こったのか分からない。ただ、感じられるのは、背中にある生暖かい感覚だ。

 嗅いだことのある鉄錆の匂いは、この場に存在する敵の誰のものでもない。

 紛れもない、自らの血だった。

 ―――唯一入った、気配を消した奇襲による一撃。鎧の隙間に差し込んだそれは、存在の背中を深く斬り裂いた。

 暗くとも、目の前に広がるのは血だと分かる。その血は、海水の温度に晒され、溶けるように冷たくなる。

 存在を斬り裂いた本人である清龍は、顔色一つ変えず、ただ、存在を冷淡な目で見ている。放った斬撃は、確実に存在の背骨を斬り裂いた。これの状況下で存在が反撃することは、存在の死を意味する。


 動けなくなった存在を、アライアンスの潜水艦達は包囲する。背骨を斬られた存在に、靂龍と南龍を瞬時に殺害した強さは、今はもう、どこにもない。

 包囲され、追い詰められた存在は、左右上下を見渡す。グレートヘルムの下に隠れた表情は、明らかに焦りを見せている。このままでは死ぬと察したからこそ、生き残る術を見つけ出さなければならない。

 だが、悲しいことに、存在に生き残る術は残されていなかった。背骨を斬られ、動くことができなくなった。敵潜水艦が周囲を囲み、魚雷発射管を向けている。逃げ場は、どこにもない。


 『―――お前はそこで終わるのか』


 聞き覚えのある声。それは、存在の耳に響いてた。無線の反応はなく、周囲には敵潜水艦しか確認できない。

 死を目の当たりにした幻聴だと判断し、こちらにゆっくりと迫る敵潜水艦にサーベルを向ける。


 『人間が、龍族が、この世界が、憎いのではないのか』


 幻聴だと思われた声は、真反対の確証へと変わる。この声は、紛れもない、仕える君主の声だ。

 君主の声は言う。自らが生きる意味を問う言葉を。

 かつて、龍と吸血鬼が同等の位であった過去。

 地球に囚われ、双方が海水の両に近い血を流し合った。

 知った顔が死に、無念すら晴らされない現実。

 それは、かつての記憶であり、今はもう、過去に埋もれた話記録だ。しかし、それらの事実は、存在の精神の奥深くに根づいた何かを引き起こさせる。


 存在は何かを思い出したように、サーベルを持ちながら、グレートヘルムで覆われた顔を強く押さえつけた。その脳内に流れるのは、これまで感じたことのない頭痛と、過去の記憶だ。

 存在との距離を縮める清龍は、少しして微々たる変化に気づいた。元より周囲がゆがんで見えるほどの覇気を纏っていた存在だが、その覇気は、徐々に増幅しつつ合った。それは、存在が頭を強く押さえつけてからだ。

 そして、清龍はこの先に待ち受ける複数の未来を、その脳内に描き始める。これが予測で終わるならばまだ良い。だが、もしも可能性が現実になる場合、このまま放置することが意味するのは―――


 『総員、今すぐ全ての魚雷を放て!!』


 清龍は、存在を取り囲む妹達に、魚雷発射の指示を出した。清龍の発射したものを含め、合計三十二本の魚雷は、動くことのできない存在に向け、一直線に突き進む。

 だが、清龍の魚雷発射の指示は、僅かに遅かった―――




 ほんの一瞬、瞬きをしただけだった。刹那の間に、存在は視界から消えた。代わりに視界に映るのは、妹達が放った魚雷が交差する光景だ。

 だが、それと同時に覚えたのは、喉の奥から何かが逆流してくる感覚だ。胃液とは違う何かは、そのまま口から溢れ出し、周囲に溶け込んでいく。

 清龍は目を丸くした。この匂いは、先ほどから嗅覚を刺激するものだ。限りなく市に近い匂いは、自らに訪れた痛みを自覚させた。その腹は、サーベルによって貫かれていた。


 存在を包囲する清龍の妹達は、目の前の現実を受け入れるのに時間が掛かった。背骨を斬られ、動けなくなったはずの存在は、どういうわけかを姉の腹を貫いている。

 この一瞬で、目の前で何が起こったのか、全くと言っていいほど理解することができなかった。


 そう、呆然としていたのがいけなかった。存在は、清龍の腹を貫いていたサーベルを引き抜いた。清龍は激しく吐血し、腹と口を押さえ、前のめりの体勢になる。

 その無防備な背中へ、存在は容赦なくサーベルを振り下ろす。途端、周囲には血が滲み広がり、清龍は力なく水底へと沈んでいく。

 その光景を見て、妹達はやっと、目の前の現実を受け入れた。それと同時に、姉を殺された黒く煮えたぎる怒りが、彼女達の心の中に宿った。

 最初に動いたのは北龍だった。レッグポーチから、魚雷を二本取り出すと、それらのエンジンを強制的に起動させ、存在に向けて放った。

 それと同時に、東龍が双剣を構え、存在の首を断ち切るべく、何の躊躇もなく突撃した。―――

 二人の怒りは絶頂を迎えていた。良き姉である清龍と、常に共にいた南龍を殺され、目の前の存在への殺意が溢れ出ていた。

 だが、二人は気づけなかった。清龍が警戒した存在の強さが、どれほど恐ろしいものかを―――


 ―――気がついた時には、両手が消えていた。構えた双剣が、自らの手ごと、水底へと消えていく。そして、眼前でこちらを見下すのは、黒塗りの鎧に身を包んだ、怪物ともいえる存在だ。

 東龍は恐る恐る上を見る。そこに見えるのは、グレートヘルムから紅い光が漏れ出た、姉と妹の敵だ。それが、彼女の見た最期の光景だった。

 ―――突如として、目の前で妹が殺された。何が起こったのか分からず、目によく分からない力が入る。気づいた時、妹は両手を切断され、その直後、首を跳ねられた。

 その光景が脳内で再生された北龍に宿るのは、妹の死という油を注がれた、黒く燃え滾る怨嗟の炎だ。

 北龍は、怒りに任せて存在に斬り掛かる。だが、存在はそれをサーベルで、軽々と受け止めた。それどころか、サーベルの向きを少し傾け、北龍の体勢を崩す。

 そこへ、存在は容赦を排除した一撃を下す。その一撃は無情に、正確に、的確に、北龍の心臓を貫いた。


 瞬時に二人を仕留めた存在は、血を纏うサーベルを振り払った。払われた血は海中に滲み溶け、二人の生きた痕跡を消した。

 だが、そのような光景を目の当たりにしてもなお、存在に立ち向かう者はいた。存在の背後を、いつの間にか淀龍が侵略していた。

 存在は淀龍の気配に気づき、振り返り、理解した。この距離の攻撃は躱せず、受け流すこともできないと。だからこそ、傷を最小限に抑えるべく、存在は全力の回避を行う。

 直後、淀龍の斬撃が存在に襲い掛かる。その斬撃は、存在の腹を抉った。その傷は、深かった。

 だが、存在はこの瞬間を狙っていた。カウンターで斬撃を繰り出し、淀龍を両断しようとする。

 しかし、淀龍はそれを軽々と躱すと同時に、四本の魚雷を撃ち込んだ。放たれた魚雷は存在に命中し、周囲を水泡で覆った。

 ここで生まれたわずか僅かな時間。淀龍は振り向き、背後にいた姉と妹に、蛍光灯を用いた信号を送った。


 『濠龍姉さん、灣龍、ここは私が引き受けます。この間に、宝珠を破壊してください』

 『そんなことできない』

 『淀龍の姉貴と共にと戦います』


 濠龍と灣龍は反論した。淀龍をここに置いていくことは、淀龍を見殺しにすると同義だった。

 しかし、直後、存在がいるであろう方向から、爆発の衝撃が伝わってきた。見ると、死んだと思っていた清龍が、存在と戦っていた。だが、その体は明らかに重傷を負っており、失血死してもおかしくはなかった。

 それを見た淀龍は、時間が残されていないことを理解し、改めて二人を説得しようとする。


 『お願いします。ここで宝珠を破壊しなければ、海上部隊に深刻な損害が出ます。だからどうか……どうか……』


 淀龍の言葉に、二人は歯を食いしばる。本来、分かりきっていたことだ。この選択は、淀龍を見殺しにしてしてしまう。だが、ここに留まるということは、部隊の全滅を意味する。選択肢は、元より無かった。


 『分かった。必ず、生きて帰ってきてね』

 『淀龍の姉貴のこと、信じてますから』


 二人は海軍の敬礼を取り、宝珠を破壊するべく、浮上を始めた。これが、淀龍との最後の会話になると、分かっていた。本当なら、共に生きて帰りたかった。

 だが、それは永遠に叶わぬ願いだ。ここが戦場である以上、いつ、どこで、誰が死ぬかは分からない。だからこそ、死に逝く者の想いを、魂を引き継ぎ、進むことが、今の自分達にできることなのだ―――


 ―――大切な姉妹を置いて行く二人の心には、深い後悔が影をした。自分の為すべきことを為さなければならないとはいえ、やはり、姉妹を見殺しにしなければならないことは、手足を胸を引き裂かれるような痛みを感じさせる。

 この浮上する時間すら、永遠と感じられた。元よりエンジン出力が弱まりつつあるのも原因だが、何よりも、体感がそう感じさせた。

 しかし、それは、紅く光る宝珠が目に入ったことにより、感じることはなくなった。やっと、全てが終わるのだと、二人は安堵した。そして、宝珠を破壊するべく、魚雷発射管の照準を合わせる。


 『これで終わりね』

 『後は、任せましたよ』


 二人は魚雷を放った。魚雷は一直線に、宝珠へ向かい、突き進んでいった。徐々に小さくなる魚雷は、この物語に終演を告げるように感じられた。

 そして、終演告げる鐘は鳴らされた。宝珠は紅く、眩い光を孕み、海中へ四散した。衝撃波はすぐに二人に伝わり、体勢を崩させた。

 だが、そんなことは気にならない。二人の心にあったのは、死んで逝った姉妹への弔いだったのだから。

 やがて、宝珠の欠片は、二人のいるところまで落ちてきた。濠龍は、反射的にその欠片を掴んだ。力を失った宝珠の欠片は、黒く、色褪せていた。


 『濠龍の姉貴、やっと、終わったんですね……』


 灣龍は、姉に向けて、無線でそう伝えた。無線での通信は可能になっており、通信状況も良好だった。

 だが、濠龍は決して良い顔をしなかった。無表情のまま、じっと、宝珠の欠片を見つめている。

 しかし、濠龍は突如として笑みを浮かべた。そして、灣龍へ返答を送った。


 『ええ、だけど、それは宝珠の破壊のみの話よ。残念ながら、私達にはまだやるべきことがある』


 濠龍はそう言うと、双剣を引き抜き、背後へ振り向いた。まさかと思い、灣龍も双剣を引き抜き、背後を振り向いた。そして、目の前の光景に絶句した。

 絶望は、またもや目の前に現れた。姉妹を殺した存在は、重傷を負いながらも、再び、二人の前に姿を現した。戦うしかない状況下が作り出され、二人は退路を失う。

 だが、灣龍は自然と清々しい笑みを浮かべた。そして、姉に向けて、最後になるであろう無線を送る。


 『濠龍の姉貴、共に死ねること、光栄に思います』

 『ええ、それじゃ、あっちの世界で会いましょうか』


 死を悟った者達の最後の言葉。この世に残したものへ別れを告げ、死に場所を定めた戦士の瞳は、固い決意によって輝いていた。


 二人は存在へ斬り掛かる。最初に繰り出されたのは、シンクロする斬撃だ。その動きは単調なもので、簡単に躱せるものだった。

 案の定、存在は斬撃を回避する。それは、半歩後ろに引いただけの、最小限の動き。存在は、二人のことを侮っていた。それは、存在へ牙を剥き、襲い掛かった。

 次の瞬間、放たれたのは魚雷だった。ほぼ零距離から放たれる魚雷を躱す術は、重傷を負った存在に残されていなかった。

 魚雷は見事、存在に命中し、周囲を水泡で包み込んだ。間髪入れず、濠龍は流れるように斬撃を放つ。それは存在の鎧に亀裂を入れるもので、反動で存在を後方へ吹き飛ばす。

 またもや、魚雷が放たれる。隙の無い連携攻撃は、一瞬にして存在を追い込む。いくら強靭な体を持つ存在とはいえ、これ以上の重撃を受け続けるのは危ないと、亀裂が入った鎧の胸部を守るため、間に腕を入れる。

 直後、魚雷は存在の腕に命中し、爆発する。腕、鎧ともに損傷こそ無いものの、装甲の薄い腕に受けた魚雷の一撃は重かった。

 その次の刹那だった。水泡の壁から突如として現れた腕に、存在は右腕を掴まれた。あまりにも突然のことに、存在は反応が遅れた。そして、その代償は、大きなものだった。


 ―――自らの骨が砕ける音が聞こえる。目をやると、右腕があり得ない方向に曲がっている。

 それを引き起こした本人は、水泡の壁の中から、笑って姿を現した。水銀の髪色の悪魔は、こちらを殺すことだけ考えているのだろう。その瞳には、狂気が垣間見えた。

 直後、背後に気配を感じる。僅かに振り返ると、そこにはもう一人の潜水艦が回り込んでいた。左腕を掴まれ、捻じ曲げられた存在に、この攻撃の回避はできなかった。

 次の瞬間、重い逆袈裟斬りが、存在の背から頭部にかけて、広範囲に放たれた。その一撃の重みがあってか、存在のグレートヘルムが吹き飛ばされた。


 だが、そこで二人は絶句した。攻撃の手を止め、存在から即座に距離を取る。目の前の光景を、信じたくなかった。

 グレートヘルムが剥がれたことにより、水中に拡がった長い黒髪。

 縫い目こそ消えかけているが、頬には見たことのある斬り傷がある。

 そして、何よりも確信を加速させるのが、紅い瞳の濃淡と顔の輪郭。

 これらの特徴は、二人にとって見覚えのある、いや、数年前まで、ほぼ毎日のように見ていた顔だった。


 「榛龍姉さん……」

 「榛龍の……姉貴……」


 零れた言葉は、水泡となり、溶け消えていく。そして、彼女たちの目の前に立つのは、過去の戦闘で死んだはずの姉の姿だ。


 「こんなの現実じゃない……だって……」

 「どういう仕掛けかは知りませんが、少なくとも敵ってことですよね……」


 死んだはずの姉を目の前に、二人は動けなかった。姉が吸血鬼側にいる衝撃もそうだったが、自らの手で、姉を傷つけていたという事実が、受け入れられなかった。

 だが、榛龍はかつて妹だった二人に、絶望させる時間を与えなかった。二人が気を緩ませた一瞬を突き、濠龍の懐を侵略する。

 ほんの一瞬だった。その気の緩みはの代償は、サーベルが濠龍の腹を貫くことだった。

 濠龍は吐血した。あまりにも突然のことで、動くことができなかった。だが、それと同時に濠龍は、目の前にいる姉を、敵と認識した。腹を貫かれながらも双剣を構え、姉だった者へ斬り掛かる。

 しかし、その時間さえ、榛龍に取っては十分な時間に過ぎなかった。突き刺したサーベルに力を入れ、かつて妹だった者の体を、刃の向く方へ斬り裂いた。

 濠龍の腹は、斜めに裂かれ、体を半分斬り裂かれた。それは、明らかな致命傷。重要な臓器と血肉、さらには骨盤の一部を持っていかれた濠龍は、即死していた。


 目の前で姉を殺される光景を見た灣龍は、押さえていた怨嗟の炎が燃え上がった。その心に宿ったのは、鬼だ。かつて姉だった者さえ斬り捨てる覚悟が、鬼とともにに宿った。

 次の瞬間、灣龍が見せたのは、目で追えないほど素早い突撃だ。榛龍はそれを認識できず、灣龍の懐への侵入を許してしまう。そのまま、無防備だった榛龍の左足を掴んだ。


 「姉貴いいいい!! 悪く思うなああああああ!!」


 海中に溶け消える怒声の中、榛龍の左足は明後日の方向へ捻じ曲がる。それと同時に、鎧を突き破り、榛龍の右足に双剣が突き刺される。

 榛龍は苦痛の表情を浮かべる。だが、その目は死んでいない。灣龍は両手を使い、動きが鈍くなっている。この隙を、見逃せるはずがなかった。

 次の瞬間、サーベルが振り下ろされる。灣龍は必死の回避を行うも、もう少しのところで小指を斬り落とされてしまう。

 それでもなお、灣龍は止まることは無かった。回避した次の瞬間には、榛龍のサーベルを掴んでいた。そして、刹那にも満たない時間で、それをへし折ってみせた。

 あまりにも突然のことに、榛龍は反応が遅れた。まさか、直接、武器をへし折ってくるなど、考えもしていなかった。

 そして、榛龍はサーベルに気を取られてしまっていた。灣龍はいつの間にか、背後に回り込んでいた。そして、稼働可能だった榛龍の左腕の肩を、軽々と脱臼させた。そして、無防備だったその後頭部を、アイアンクローで掴み上げる。


 「さあ、これで終わりよ。姉貴、お願いだから、安らかに眠ってちょうだい」


 灣龍はそう言い、掴み上げる力を強める。榛龍はその痛みから暴れ、苦痛の表情を浮かる。後頭部からは血が溢れ出し、頭蓋骨を徐々に破壊されているのが伝わる音が鳴る。

 灣龍は、これで終わらせるつもりだった。今は敵になったとはいえ、姉の苦しむ表情を見たくなかった。だからこそ、姉が楽に死ねるよう、その腕の力を最大限引き上げた―――


 「それは駄目だ」


 ―――突如として耳元で聞こえた謎の声。それと同時に首元を支配する生暖かい感覚。それは、自らの血を示すもの。

 灣龍は状況を理解することができなかった。分かったのは、体全体から力が抜け、首元を斬り裂かれた痛みだった。

 血は海面へと昇る煙となり、海面に到達できず、消えていく。海面を示す光は遠く、身は黒洞々とした水底へ向け、墜ちていく。

 最後に見た光景。見知った紅い目をした者が、こちらを見て、笑っている。ただ、それだけだった―――




 海上部隊の損害は、突如として、敵戦闘機による襲撃を受けた。その戦闘機は、これまでに見たことのない、アフターバーナーを搭載した戦闘機だった。

 飛来した戦闘機の名はTempest4(テンペスト4)。旧吸血共和帝国が製造し損ねた、試作止まりの幻の戦闘機だ。現代戦闘機の世代に直すのであるならば、2.5世代の戦闘機に分類されるのだろう。

 一方で、アライアンスの最新鋭戦闘機は、アフターバーナーなどの、最新の技術は用いられていない。一番速度の速い水花ですら、そのエンジンは、旧大日本帝国の十九試局地戦闘機 秋水の搭載した、特ロ二号エンジンよりも若干性能が上であるだけで、その違いはほとんど無い。

 現代において、そんな時代遅れの戦闘機を運用し続けていたアライアンスは、戦力を増強させていた吸血鬼に遅れを取ることとなった。その結果が、この有様だ。

 その損害は酷いもので、必ず誰かが小、中破の損傷を負い、龍翔至っては、爆撃により、飛行甲板を完全に破壊されてしまっていた。これが意味するのは、制空権の損失だった。

 だが、何よりも問題なのは、亰龍の失血具合だ。長時間戦闘を続けていた亰龍は、全くもって傷の治療を受けていない。このまま放置すれば、いずれは失血死しかねない状態だった。

 龍造は、判断を誤ったと肌で感じた。想定を、遥かに上回った敵戦力を前に、仲間が傷ついていく姿は、見るに堪えなかった。


 「龍造さん、そろそろ残弾が底をつきます!! このままでは、一方的に攻撃されて死ぬだけです!!」

 「あれから数十分、未だ海龍達から無線が送られてきません!! これ以上、この場に留まるのは自殺行為です!!」

 

 秋龍と疾龍は、悪化する戦況の中で、旗艦である龍造に警告を送った。そこには二つの意味が込められていたが、龍造は撤退をするかどうか、未だに躊躇していた。

 秋龍は歯を食いしばり、最後だった近接信管弾を発砲する。その砲弾は、敵機を捉えること無く、遠くの海上で爆発した。

 残された手段は機銃掃射のみ。それは、数分前に近接信管弾を撃ち切った疾龍も同じだった。だが、機銃掃射が当たるかと言えば、当たらないだろう。敵機は、その気になれば艦隊を瞬時に壊滅させることができるのだから。


 直後、敵機から一発の対艦誘導弾が放たれた。それは秋龍に向かい、軌道を修正しながら突き進んでくる。敵機は元より音速を出している。その速さも加わり、対艦誘導弾は絶対に躱すことができなかった。

 そして、対艦誘導弾は着弾した。凄まじいほどの爆発が起こり、爆煙が周囲を包み込む。

 だが、対艦誘導弾が捉えたのは、秋龍ではなかった。そして、秋龍は目の前の光景に絶句している。その目が捉えていたのは、左舷艤装を完全に破壊された嶄龍だった。その腕には、破壊された艤装の破片やら砲身やらが突き刺さっていた。


 「嶄龍さん……私のせいで……腕が……」


 秋龍は自身を責めた。油断しなければ、もう少し周囲を警戒していれば、こんなことにはならなかったはずだと、心の底から深くそう思った。

 しかし、嶄龍は首を横に振った。それどころか、振り向き、秋龍に優しい眼差しを向けて言った。


 「安いものよ。腕の一本や二本くらい。私は被弾個所を選べたし、耐えきれる自信があった。それに、あなたの命を失う方が、これよりも痛い」


 嶄龍の言葉に、秋龍は救われたような気がした。

 しかしながら、秋龍も、嶄龍も、事の重大さは理解していた。刀を扱う斬龍姉妹にとって、刀を振るための腕は命の次に重いものだ。左腕が使えなくなったことは、一刀流の彼女にとって、攻撃手段の損失を意味する。

 しかし、嶄龍はこの選択を後悔していなかった。先ほどの言葉は全て本心であり、変わらない事実だった。


 だが、この時、亰龍の視界から見る世界は歪んで見えていた。血を流しすぎたのだ。止血帯を巻いたからと言って、血が止まるわけではない。そして、亰龍があの怪我を追ってから、十分なほど時間が経過していた。

 そして、失血から亰龍は体勢を崩した。その場に倒れ込んだ亰龍は、敵機からすれば絶好の獲物だった。瞬時に敵機が群がり、複数の対艦誘導弾を発射する。

 龍造はその事実に気づき、亰龍の元へ走りながら、全力の機銃掃射を行う。運よく、機銃掃射によって、対艦誘導弾を数本減らすことができた。だが、それでもなお、残った数本の対艦誘導弾は、亰龍に向けて突っ込んでいく。


 「亰龍!!」


 龍造は叫んだ。だが、その声は虚しく空に溶けるだけだ。機銃掃射の弾幕は、対艦誘導弾を捉えることはない。亰龍の死は、避けられないものとして目に映った。


 ―――突如として、対艦誘導弾は空中で爆発四散した。何が起こったのか分からず、その場の全員が目を丸くした。

 だが、耳を澄ませてみると、飛び交う敵機のジェットエンジンの音に混ざり、微かにレシプロ機のエンジン音が聞こえてくる。

 艦隊は、音のする方向を見た。そこには、敵機に紛れ、瑠璃色の塗装の上から、満月の紋様が描かれた、三機の水上戦闘機が飛行していた。


 「五式水戦、どうしてこの場所に……」


 龍翔が驚くのも無理はない。敵機と選択を繰り広げるのは『WF5N5 五式水上戦闘機』なのだ。日本の敗戦後、当時、日本を統治していたGHQとの取引で入手した二式水上戦闘機、及び晴嵐の設計図を参考にし、龍鬼戦争末期に、ごく少数機のみ製造された、試製水上戦闘機だ。

 正式な呼称こそ与えられなかったこの戦闘機だが、その性能は、試作三号特二型エンジンを搭載した流花や氷花が現れるまで、最新鋭の戦闘機として、本土決戦用に温存されていた。


 しかし、今回ばかりは相手が悪い。敵機と五式水戦の性能は、比べるまでもなく、大きな差が開いている。武装、速度、重力耐久を見ても、全てが劣っている。唯一、五式水戦が勝る点があるとすれば、それは旋回性能だろう。

 そうこうしている内に、敵機は五式水戦の背後を取った。敵機は五式水戦の事を舐めているのか、当初は主翼をぶつけ、五式水戦の撃墜を狙った。

 だが、五式水戦は速度差と機体重量差を利用し、軽々とそれを回避した。それどころか、油断した敵機に対し、機銃掃射を行った。それにより、三機の敵機が撃墜される始末となった。

 敵機は五式水戦への舐めた攻撃を中止し、確実に仕留めきれるガンキルを狙った。

 しかし、五式水戦はこの戦いの中で、着実に学んでいた。敵機が後ろについた事を確認すると、バルカン砲による掃射を受ける前に、バレルロールを行い、敵機の追撃を躱す。そして、速度差によるオーバーシュートを引き起こす。その一瞬で、重機関銃の弾丸を撃ち込んだ。

 中にはバレルロールが通用せず、敵機がついてくることもあった。その場合、ブレイクターンや煙幕を使用し、無理矢理、敵機を引き剥がした。


 艦隊は、ただ呆然と敵機の撃墜される様を見ていることしかできなかった。援護による機銃掃射は、かえって五式水戦の作戦を邪魔することになるだろう。

 亰龍は、なんとか保ったいる意識の中、龍造の腕の中で、五式水戦の戦い方を見ていた。旧式化しながらも、最新鋭の戦闘機を軽々と返り討ちにするその光景は、自身が求めていた理想の自分に近いものだった。


 「龍造さん……」

 「何? まさか遺言なんて言わないでしょうね」

 「そんなこと言いませんよ。ただ……私も、あの戦闘機のように、強くなれますか……」


 亰龍の弱々しい言葉に、龍造は沈黙する。本来ならば、努力次第では可能なこともある。だが、あの五式水戦の技量は、そう簡単に到達できるものではない。それこそ、天性の才能が必要なのだろう。

 だから、龍造が言える言葉は、一つしかない。


 「あなたならなれるはず。それこそ、私や龍城超えることだって」


 龍造の言葉に、亰龍は少しだけ安堵した。その言葉に、前進するよう、重い背中を押された気がした。安心感のある言葉に包まれ、亰龍は意識を保つため、気を入れ直した。


 やがて、五式水戦の技量を前に、敵機は全滅した。周囲の水面にに浮かぶのは、その残骸のみだ。

 ふと、上空を見上げると、五式水戦は艦体の周りを旋回している。その光景は、親鳥の帰りを待つ雛鳥のようだ。

 その時、近くの水面から音がした。その方向を見ると、そこには上半身を水面に出した、海龍の姿があった。だが、その姿は出撃前のものとは違った。体中のあちらこちらに、鋭利なもので斬られたような浅い傷が、いくつも見受けられた。

 機関砲は破壊され、腕に取り付けられた水上機格納庫は、格納口付近が大きく損傷している。それは、水圧によるものではない。

 すると、先ほどまで上空を旋回していた五式水戦は、海龍の近くに着水した。海龍はそれを確認すると、格納庫を無理矢理こじ開け、五式水戦を格納する。

 そこへ、龍造が率いる艦隊が合流した。


 「海龍、助かったわ。ありがとう」

 「そんなことはどうでいいです。早く、鎮守府へ帰投しなければなりません」


 龍造の感謝の言葉を、海龍は焦った顔で受け取らなかった。分かりやすく、その瞳の奥には、何かに対する動揺が隠せていない。

 龍造達は、海龍がそこまでして急ぐ理由が分からなかった。だが、次の瞬間、海龍が水中から引き上げたものを見て、言葉を失った―――


 ―――血の気が引き、青白くなった顔。その体からは、目で見るだけでも体温が感じられない。

 体中には、大小様々な斬撃による傷が見受けられた。背中の傷は特に酷く、命に届きかけているものだ。

 その重傷を負っていたのは、海龍の右腕とも言えるほどの実力を持つ、清龍だった。冷静ながら真面目な彼女は、今は意識不明となっている。

 龍造は即座に撤退するべく、転移霧の詰められた小瓶を取り出した。だが、それと同時に、彼女達と共に出撃した、海龍の八人の姉妹が見当たらないことに気づいた。


 「海龍、他の皆はどこ」

 「……私たち以外、全滅です」


 海龍は震える口で言葉を出し、唇を噛み締めた。

 艦隊は絶句した。実力に差はあるとはいえ、常に鍛錬を怠らなかった彼女達が、全滅したことを信じられなかった。

 龍造は黙ったまま「そう」とだけ言葉を零した。そのまま清龍を抱えた海龍を引き上げると、再度、転移霧の詰められた小瓶を取り出す。そして、その安全ピンを引き抜いた。

 霧は瞬時に艦隊を包み、外部との視界を遮断する。白煙に支配される世界の中、海龍は一言も言葉を発さなかった。代わりに、その瞳には、水滴が付着していた。それは海水なのか、涙なのか、海龍自身も分からない。


 霧は消え、バルパライソの沖はには誰もいなくなった。残ったのは、波の音が支配する空間だ。それ以外の静寂が支配する空間は、そこで何が起こったのかを記録せず、薄れさせていく。そこで戦争が起こった記憶も、波の音と静寂が消し去った―――

【登場人物】

《旧大龍帝国 海軍》

(龍造型戦艦)

・一番艦 XB2-001 龍造


(龍翔型航空母艦(龍造型戦艦改造航空母艦))

・一番艦 XB2-002 龍翔


(紀龍型重巡洋艦)

・二番艦 CS1-D02 亰龍


(斬龍型軽巡洋艦)

・二番艦 CS2-002 嶄龍


(風龍型駆逐艦)

・九番艦 DF-009 秋龍

・十番艦 DF-010 疾龍


(海龍型潜水艦)

・一番艦 Kz-001 海龍

・四番艦 Kz-004 清龍

・十番艦 Kz-010 靂龍

・十四番艦 Kz-014 北龍

・十五番艦 Kz-015 東龍

・十六番艦 Kz-016 南龍

・二十六番艦 Kz-026 濠龍 

・三十一番艦 Kz-031 淀龍

・三十六番艦 Kz-036 灣龍


《旧吸血共和帝国 海軍》

(鹵獲潜水艦/海龍型潜水艦Mk.5 )

・十八番艦 Kz.V-081 榛龍


【小ネタ㊱】

灣龍が作中で最初で最後に使用した剛力であるが、その強さはマウンテンゴリラですらねじ伏せれる……わけではない。基本的に暁翠から武術の訓練を受けていたため、合気を応用した関節技が得意だ。そのせいか『四肢の破壊魔』という謎の異名までつけられてしまった。だが、もしも灣龍が龍族に成っていたのなら、マウンテンゴリラを確実に捻じ伏せることが可能だっただろう。

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