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少女なる兵器 Act.1〈旧版〉  作者: 深瀬凪波
第二次龍鬼戦争
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第二話 知る絶望 ④

 時刻は夜が更け始めた頃、唯一艦隊の中で被害を受けなかった指揮車の女は、執務室の司令官に任務の報告を行っていた。


 「―――であるため、多少は異常関税による資金的被害は抑えられるかと思われます」

 「どうだろうな……今や腐敗している日本政府だ。関税を上げてくる可能性も捨てられないな」


 書類の山に埋もれる暁翠は、あちらこちらの書類に手を伸ばしながら言葉を返した。元より予測はできていたことだが、借金の負債が増えるのは人類の『今後』を考えると恐ろしいものだ。

 暁翠は溜息をつき、一通りまとめたファイルを近くの段ボール箱に放り込んだ。数多の書類が挟まれたファイルが床にぶつかり、執務室には鈍いが響いた。


 すると、突如として執務室の扉が叩かれた。暁翠はふと首を傾げ、この時間に訪れるであろう者の顔を思い浮かべながら入室の許可を出す。おおよそ、任務に参加していた駆逐艦か、あるいは―――


 「―――やはりお前か。水月」


 執務室を訪れた者は水月だった。指定した時刻より約二時間ほど早い到着の理由は予想がつきながらも、一瞬どうするべきか思考を回さざるを得ない。

 水月は執務室を見渡し、書類の代わりに積み上がった段ボール箱の山を見ながら何とも言えない表情をする。だが、何よりも不思議だったのは、暁翠の前に誰かが立っていることだ。

 女は水月の顔を見ると、一瞬驚いたような表情を浮かべるも、それはすぐに微笑みへと変わる。女はそのまま水月に近づくと、見慣れた海軍の敬礼を取る。


 「華月型超戦車一号車 華月です。こちらの姿でお会いするのは始めてですね。水月さん」


 自分のことを華月と名乗った女を前に、水月は目を丸くした。目の前にいる女の名は、とても懐かしいものだった。

 暁翠は立ち上がり、二人の近くまで歩いてくる。そして、目を丸くしている水月に状況の説明を行う。


 「お前に会わせたかったというのは華月のことだ。ここ一月ほど特殊任務に出ていたが、今日帰還予定だった」

 「あれは骨が折れましたよ。道中ホホジロザメに囲まれた時は死んだと思いました」


 手を下ろした華月は、この任務の不満を言うように笑いながら暁翠に横目を向ける。その瞳は苦労を物語ってくるようだった。

 暁翠は苦笑しながらも、話を続けるために華月に向き直る。


 「華月、すまないが水月にあのことを話してやってくれ」

 「え、あのことって……まさか本当にあのことですか?」


 暁翠から下った指示を聞き、華月は目を丸くする。


 「ああ、そうだ」

 「もしかして、年始まで書類仕事を抜きにしたのも……」

 「察しがいいな」

 「はああああああああああああ」


 華月は頭を掻きながら溜息と怒りが混ざり合った声を出す。そのままチベットスナギツネのような目をしたかと思うと、先ほどできなかった深い溜息をつく。


 「分かりましたよ。話せば良いんですよね話せば」

 「すまんな」


 華月は怒りからか、鷲掴みにしていた自身の髪の毛を一本抜いてしまう。それが床に落ちないようにと、華月はそれを自分の小指に軽く結んだ。そして、水月に執務室の客用椅子に座るよう言い、自身は水月の対の席に座った。

 水月は何が起こるのか分からず、鎮守府に馴染みきっていない警戒心からか身構えてしまう。華月はそれに気づいており、水月に落ち着くよう言った。


 「大丈夫ですよ。そんなに身構えなくたって」


 落ち着かせるために発せられた声は、明確な怒りと呆れを孕んでいる。それは目や態度にも現れていた。明らかに機嫌悪く、先ほどでの上品さはどこにもない。


 「元帥が言ったことですから、水月さんも知っていると思いますよ。あの三人のことを」

 「……やはり事実なのね」


 水月は華月の言葉と態度を見て、知る三人が死んだことが事実であると改めて理解する。

 一方で、華月は華奢な体とは裏腹に、腸は黒く煮えくり返っていた。


 「ええ、月花と鳳月はあまり面識がないから私は詳細を知らない。詳しいことは日月に聞いてちょうだい」

 「と言うことは……」

 「ええ、私が知るのは宏月のことよ。なにせ、宏月は私と冥月さんの前で死んだからね―――」


 華月は語った。なぜ宏月が死ななければならなかったのか。

 元を正せば、戦争で誰かが死んでもおかしいことではない。だが、それは果たして正しいことなのか。「戦争だから」「戦争だから」と繰り返す内に、戦争と死は結びつくようになった。それが理として認識されるていることは、あまりにも恐ろしいものだ。

 華月は語った。宏月はどのようにして死んだのか。

 鉄とは恐ろしいものだ。人の役に立つ半面、扱い方を誤れば恐ろしい凶器へと変貌する。それが体のどこかに突き刺さる、または貫きでもすれば、肉体は大きな傷を負うだろう。だが、もしもそれが重要な臓器や器官に負った場合はどうだろうか。どれだけ訓練されていた者だとしても、呻く暇すらも無く死ぬだろう。

 華月は語った。なぜ自分達が差別を受けているのか。

 人とは他者の言葉に触発されやすい。インターネットが普及したこの時代ならば尚更だ。共感を抱き、他者に実害を与えないならば良いだろう。だが、姿も名も知らぬ誰かの言葉を知った者は、多数で少数を叩くことがある。日本政府が発した一言が、国際社会に影響を及ぼした。やがて、それは民間人にも影を落とした。

 

 「―――宏月の死はあまりにも大きかった。鎮守府にも、国際社会にも」

 「……そう」


 華月の話を聞いた水月は、その一言以外に言葉が出てこなかった。宏月の死もそうだが、人間の愚かさには呆れるものが多すぎた。

 華月は落ち込む水月を見て、同言葉をかければ良いのか分からない。目の前にあるガラスのようなものは、指先で触れただけで崩れてしまいそうなほど脆いものだった。それを分かってもなお、華月は言葉を続けざるを得ない。


 「宏月は……情に厚かった。何かあれば率先して手伝っていたし、当時スランプ気味だった冥月さんを支えていたのも宏月だった」


 華月の続ける言葉に、背後で仕事を行う暁翠は頷く。だが、華月の目の前の女は何も言わずに沈黙を続ける。心の底から消沈しているようだ。


 「水月さん、もう部屋に戻られては? ここにいても辛いだけでしょうし、何よりも……」

 「大丈夫よ。少し受け入れるのに時間がかかっただけだから……」


 水月はそう言うも、その言葉はやはり暗く重い。

 事務机で書類を片付ける男は手を止め、ふと窓の外を見る。闇夜の空からは青白い月がこちらを見ている。それはどこか美しげであると同時に、その下にいる者に感傷を与えるような気がした。


 少しの沈黙が続いた後、男は月から目を離し、背後で沈黙を続ける二人の女を見る。片方は俯きつつ何かを言おうとし、自分の前で作戦の報告を行っていた方はこの空気を打破する方法を模索しているような顔をしている。

 このままではこの空気は破られないだろうと、司令官は指示を出す。


 「お前ら、適当なタイミングで風呂に入っておけよ。そろそろ浴場も閉めなければならんからな」


 その言葉に華月は我を思い出させられた。


 「水月さん、お話は変わりますが、体を洗いに行ってもよろしいでしょうか? ここ一月ほど、まともな風呂を見てないものでして……」


 華月は頬を赤らめながら言った。水月は察するものがあるも、あえて口にはしないことにした。


 「私も一緒して大丈夫かしら? 恥ずかしながら、本を読んでいる内に時間を忘れてしまってね」

 「お気になさらず。そうと決まれば早く行きましょう」


 二人は司令官に一礼し、執務室を後にする。司令官は我が子を送り出すような笑みを浮かべ、二人を見送った。執務室には再び静寂が訪れ、残ったのは積み上げられた段ボール箱と書類だけだった―――

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