9話 帰り道
「さて、引き上げるか」
「え、魔物の討伐は再開しないのですか?」
焼き魚を食べ終えたフェルナンドは、日が沈む景色を見て帰る準備を始める。
その言葉にリゼットは、戸惑いの表情を浮かべる。
怪我したせいで、フェルナンドの邪魔をしたことに負い目を感じていた。
「続きはまた今度だ、このままだと野宿になる。そこまでして魔物討伐したいのか?」
「そ、それは……」
野宿と言う言葉にリゼットの目が泳ぐ。
「硬い地面に寝るのは嫌だ」
フェルナンドは本音を話し、残った焼き魚の回収と焚き火の後始末をすると、リゼットの近くまで歩く。
「それで、足の怪我は治ったか?」
「は、はい。……痛みは出てないので、大丈夫です」
リゼットはその場に立ち上がり、怪我した足を確認した。
「なら、さっさと街まで帰るぞ」
「……あの、帰り道で魔物と出会った時はどうします?」
「門が閉まる時間が近いから無視でいい。それでも、魔物が追いかけてくるなら俺が対処する。駆け足で移動するから、遅れるなよ」
帰り道に起きること事を質問したリゼットに、フェルナンドは方針を話すと街の方向に向かって駆け抜ける。
その速さは、リゼットがついて来れる速度に調整され、リゼットはフェルナンドの背中を必死に追いかけた。
そして、その移動は平穏無事とならず、
「はぁ、はぁ……やっと着いたか」
クルビア学園の正門にたどり着いたフェルナンドは、へとへとになっていた。
「……あの。そろそろ、降ろしてもらえませんか」
フェルナンドの片手に抱えられ荷物の様になっていたリゼットの顔は、赤くなっていた。
表通りを通り過ぎた時、通行人に見られていたのが恥ずかしかったみたいだ。
「……たっく、帰り道の途中で魔力切れしやがって」
「うっ、それは」
フェルナンドは、リゼットに向かって悪態をつく。
それに反論出来ないのかリゼットは、言いよどむ。
帰り道の道中、リゼットは魔力切れを起こして倒れかけた。
魔力切れ、自身に内包する魔力が極端に消費したときに起きる現象。
初期症状は頭痛と目眩が現れ、魔力制御が不安定になる。
そこから更に無理して魔法を使い続けると、生存本能に従い気絶する。
それに、気がついたフェルナンドは地面にぶつかる寸前にリゼットを受け止め、クルビア学園まで走って運んだ。
迷惑をかけたリゼットは、そのことで落ち込んでしまう。
「はぁ。まあいい次は、ひと言ーー」
「ハイエナ。ここに居たか」
気まずくなった空気を変えようと、フェルナンドは喋ろうとしたが女の声に邪魔される。
「……また面倒なのが」
その呼び方にフェルナンドは肩すくめ、声のした方向に視線を向けた。
正門の陰から一人の少女が現れる。
細身の身体に学園の制服を着た少女。
何より印象的なのが、その冷たい瞳でフェルナンドを見ていた。
現れた少女は、フェルナンドも予想外の人物だったのか驚く。
「へぇ、リリウム家のお嬢様が俺に話しかけて来るなんて珍しいな」
「こんな事が無ければ、アンタに関わるつもりなんてなかったさ」
リリウム家。四大貴族の一つであり、フェルナンドと同級生だ。
そして、二人には色々と因縁がある相手でもある。
「それは、どういう……」
「え? サラ、どうしてここに?」
抱えられていたリゼットは、少女の名前を呼ぶ。
その反応に、フェルナンドは二人の関係を聞いた。
「知り合いなのか?」
「はい。家族ぐるみの関係で、幼い頃から一緒にいることが多かったので」
「なるほどな」
(王族と四大貴族なら、会う機会があるか)
リゼットの説明で二人の関係に納得した。
「それで、何の用だ?」
「リゼの帰りが遅いから探していた......そしたら、ハイエナに誘拐されたって噂を聞いたのよ。まさか本当だったとはな」
サラと呼ばれた少女は、ため息を吐きながら説明する。
その内容に、リゼットは困惑してしまう。
「......私が誘拐された? それに、ハイエナ?」
「リゼ、その男のことよ。レオンの兄でありながら、四大貴族に泥を塗った恥さらしめ」
「......レオンのお兄さん? もしかして、私より年上!?」
リゼットは、フェルナンドが年上だと知らなかったのか驚く。
「それにしても誘拐か......酷い言いがかりだな」
「じゃあ、その姿はどういうつもりだ?」
「............」
フェルナンドは否定するが、サラは信じようとしないのか反論する。
その指摘に、言葉が一瞬止まる。
リゼットを抱えている様子が、まるで誘拐の途中だと誤解されても仕方のない姿だった。
その事に気がついたフェルナンドは、天を仰いでしまう。
「やっぱり、誘拐か。《風弾》よ」
どうやら、誤解は解けなかった。
サラの周囲に風の塊が四つ現れる。
「矢のように飛べ!!」
「っ!!」
風の塊はサラの言葉に従い、矢の形に変化しフェルナンドに襲いかかる。
フェルナンドはその場を離れ、サラの魔法を回避する。
風の塊は地面にぶつかると、破裂音と共に風が巻き起こした。
その巻き起こした風は、近くにいたフェルナンドとリゼットに強く吹き付ける。
「きゃ!!」
風を浴びたリゼットから、小さな悲鳴が出る。
直撃した地面には小さな穴が出来ていた。
まともに命中すれば、人が軽く吹き飛ぶほどの威力だ。
(......まさかリゼットごと、吹き飛ばすつもりか?)
魔法の威力を見たフェルナンドは、顔をしかめる。
無傷だったフェルナンドに、サラは感心したのか目を見開く。
「上手く避けるみたいだな。なら、これならどうだ? 求めるは、空に集う風の塊《風弾》よ」
「とりあえず......攻撃してくるの止めろ」
サラの周囲に再び風の塊が現れる。今度は先ほどよりも倍の八つだ。
その光景と攻撃を続けようとしているサラに、うんざりしたフェルナンドは《弾丸》を使う。
(《弾丸》貫け)
「なっ、魔法の制御がーーッ!?」
新しく現れた風の塊はフェルナンドの魔法に全て貫かれ、その場で爆発した。
爆発で発生した突風は、近くにいたサラに襲いかかる。
サラは風の勢いに耐えきれず、吹き飛ばされ地面に転がる。
「もしかして今の......《弾丸》の魔法?」
「魔法の制御が中途半端だからな、発動する前に当てるとこうなる」
「まさか、私と決闘した時も」
「ああ、そうだけど」
その出来た隙に、フェルナンドは右手で抱えていたリゼットを地面に下ろし解放した。
自由になったリゼットは、サラに駆け寄る。
「リゼ、どうしてここに......ハイエナ、いったい何の真似だ?」
「勝手な勘違いで攻撃してきたせいで、解放出来なかっただけだ。後は二人で勝手にしてくれ」
サラにそう言うと、フェルナンドは学生寮に向かって歩く。
しかし、サラはフェルナンドを引き止める。
「待て!!」
「......」
「さっきの、いったい何した?」
「気になるなら、リゼットから聞くんだな」
そう言い残し、フェルナンドはその場を立ち去る。