4話 変化し始める日常
「さて。フェル坊の勝利で終わったわけだが......決闘前に決めた賭けについて話そうか」
「……ッ!?」
「どうやら『敗者が勝者の下僕になる』約束を忘れてなかったみたいだな」
コーラルの言葉に、リゼットは小さく震える。
負けると思っていなかったのか、唇を噛み締める。
「良かったなフェル坊。この国で第三王女を、下僕扱いしても許される人物になったぞ」
「......下僕とか邪魔だ」
「......へっ??」
「王女様を邪魔扱いか。それはどうしてだ?」
リゼットの反応を見た、フェルナンドはため息と共に不満がこぼれる。
その不満に、コーラルは理由を聞く。
「そんなもん。王女様がトラブルの塊だからだよ」
「ほう、例えば?」
「他の王族や騎士達から報復してくる可能性。それと、王女様を下僕から解放しろと騒ぐ奴らが出た時の対処が面倒臭い」
リゼットに指を差しながら、下僕にした時に起きうる可能性を思いつく限り話す。
「それに、弱い王女様がいると金稼ぎの邪魔。普通にいらん」
「なっ!?」
「それが本音か」
「ああ」
冒険者として、金稼ぎしているフェルナンドにとって邪魔になるため。
リゼットに向かって手で追い払う仕草をする。
その理由と仕草にリゼットは反論しようとしたが、フェルナンドはそれを無視し訓練場の出口に向かって歩く。
こうして、二人の決闘は終わった。
二度と関わる気が起きないように、不快な気分にさせた。
今後、学園内ですれ違ったとしても、お互い無視する程度の関係で終わるだろう。
フェルナンドは、そうなると思っていた。
「待ちなさい!!」
「……何?」
リゼットは、出入り口に向かって歩いているフェルナンドに近付くと腕を掴む。
腕を掴まれたフェルナンドは、リゼットに視線を向ける。
「先程の言葉、取り消しなさい」
その視線の先には、不機嫌な顔でフェルナンドをにらんでいた。
「黙って聞いていれば、金稼ぎの邪魔だから必要無いですって!? だったら」
「……だったら?」
「私でも金稼ぎ出来るという所を、貴方に証明してみせます」
リゼットはそう宣言する。
どうやら、彼女は相当な負けず嫌いだった。
☆ ☆ ☆
クルビア魔法騎士学園。
ウィスタリア王国の中心部にある、魔法騎士を育成する学園。
ここでは、魔法の素質を持つ少年少女たちが、魔法と剣の腕を磨いていた。
この学園を優秀な成績で卒業すれば、王国または王族を守護する魔法騎士になれる将来が約束されている。
それ故に、貴族、平民、様々な者がこの学園に集まっていた。
「はぁ......なんでこうなる」
学園の正門前でため息を吐きながら、腰にナイフと長剣を装備したフェルナンドは、王都の表通りに向かって歩いていた。
ため息の原因は、フェルナンドの背中を付いて来ているリゼットの存在だ。
決闘後。フェルナンドはリゼットの負けず嫌い宣言を無視して、濡れた制服を着替えに行こうとした。
だが、同意するまで腕を離そうとしないリゼットに心が折れた。
「あの? 学園を出ていったい何を?」
「冒険者ギルドで金稼ぎ」
「あ、待ってください」
リゼットの質問に、フェルナンドは簡潔に答えながら歩き出す。その背中をリゼットは追いかける。
昼過ぎの表通りを、フェルナンドはさっさと歩いていく。
(決闘のせいで今日の予定が。まず、冒険者ギルドで依頼の確認ーー)
このあとの予定を考えていると周囲から、いい匂いが漂う。
フェルナンドは、その匂いに気がつき足を止め周囲を見渡す。
その匂いの正体は、屋台が焼いている食べ物の匂いだ。
「そういえば、着替えのせいで昼飯のこと忘れてたな......先に依頼を決めてからでいいか」
食べ物を意識すると空腹感を感じたが、周囲の屋台はピーク時を過ぎても客がまだ並んでいた。
並ぶ時間が勿体無いのか、空腹を我慢するのに馴れていたフェルナンドは、そのまま冒険者ギルドに向かって歩く。
だが後ろから、「ぐぅぅぅ......」と獣のような、小さなうなり声が聞こえる。
その音に視線を向けると、お腹に手を当てて空腹を我慢していたリゼットと視線が合う。
「ち、ちが、私じゃ」
恥ずかしいのか、頬を赤くして誤魔化す。
リゼットの反応に呆れたのか、フェルナンドは周囲の屋台を見渡す。
「待ってやる。だから屋台で買って来ていいぞ」
「え、えっと」
「............」
屋台に指を差しながらそう提案するが、リゼットは目を泳がしその場から動こうとしない。
一向に動こうとしないリゼットに、フェルナンドはジト目になる。
「注文の仕方が知らないのか?」
「いえ、そうじゃなくて」
「じゃあ、何だ?」
「............その」
「............」
「お金持ってないです」
「は?」
フェルナンドの問いに観念したのか、リゼットは白状した。
その理由にフェルナンドは呆然とする。
「じゃあ、今までどうやって過ごしていたんだ?」
「......学園の食堂で」
「食堂? ......ああ、貴族生か。なら金なんて必要ないか」
リゼットはしぶしぶ、金を持ってない理由を話すとフェルナンドは納得した。
貴族生。学園の入学時に多額の寄付をした生徒は卒業までの間、学園内にかかる費用は全て無料になる制度。
そのため、学園に在席している貴族たちは、学園内で困ることが一切ない。
フェルナンドは貴族でありながら、その制度を利用していない。
正確に言えば、利用出来るだけのお金......いや学園を入学するお金さえを持っていなかった。
バーネット家は、フェルナンドに金銭的な支援を一つもしなかった。
じゃあ、どうやって学園に入学出来たのか?
それは簡単な理由だ。
フェルナンドは、とある人物から金を借る形で学園生活をしていた。
(学園に引き返すか......いや、往復するのも時間の無駄か)
一瞬、引き返すことも考えたが時間の無駄と判断する。
「......嫌いな、食べ物はあるのか?」
「えっ?」
「だから、嫌いな食べ物だよ」
「辛いものが少し」
「わかった。少し待ってろ」
嫌いな食べ物を聞き出すと、フェルナンドは人の並びが少ない屋台を探しそこに向かう。
店員に一言二言会話し、金を払うと戻ってくる。
帰ってくるとその手には、数本の串焼き肉を持っていた。
フェルナンドはその内の一本を取り、残りはリゼットに押し付ける。
「とりあえず、これで我慢しろ」
「あ、え? 代金は」
「金を稼いだ時に差し引く。だから冷めないうちに食べとけ......それとも、空腹のままで我慢するか?」
「......う、いただきます」
空腹を指摘されると、リゼットは反論出来ないのか、少しためらいながら串焼き肉を食べる。
「......美味しい」
「なら良かった。じゃあ、行くぞ」
そう言ってフェルナンドは、串焼き肉をかじりながら目的地の冒険者ギルドに向かって歩きだす。