2話 予想外のトラブル
フェルナンドとベクターはパーティ会場を離れ、隣りの控え室にいた。
「はぁ……何でこうなる」
「ダグラスに見つかったのが運のつきだ。諦めろ」
控え室に置いてあるソファにフェルナンドは座り、面倒臭い状況を更に悪化させた原因をにらむ。
「それよりも、ベクター。この状況を作った理由は、説明してくれるんだろうな」
「勿論だとも」
そう前置きし、ベクターはこの状況を作った理由を話す。
「ダグラスの挑発行為が、俺にとって都合が良いからな利用させて貰った」
「アイツが挑発したのは、俺だろ? どこに都合が良いんだよ?」
「そのおかげで、服の宣伝が出来る」
「は?」
ベクターから予想外の言葉にフェルナンドは言葉を失う。
それに気がついていないのかベクターは淡々と説明する。
「俺が今着ている服は、隣国で流行っている服装だと言ったの覚えているか」
「ああ」
「じゃあ、俺がこの服を着ている理由は?」
「この国の貴族たちに、宣伝するためだろ」
「そうだ。そして隣国にはこの服以外にもう一つ、流行っている服がある」
「……」
「お前にその服を着て、宣伝して欲しい」
その説明を聞きながら、フェルナンドは頭の中で整理する。
「つまり、何だ? ダグラスの挑発で注目されている俺の状況を見て。隣国で流行の服を着させたら、いい宣伝になると思い付いたと」
「そうだ」
「それで、この状況を利用したと」
「ああ」
「......いい度胸してんじゃねえか、商人」
「俺達が、得になるなら利用するさ」
フェルナンドの文句を、ベクターはドヤ顔で返す。
そのドヤ顔に内心イラッとしたが、フェルナンドは我慢して話しを続ける。
「それで、俺達が得するってどう言うことだ?」
「まず、フェルナンドの利点だが……俺が用意した服を着れば、ダグラスに恥をかかせる事が出来る。代えの服を持っていない前提で、挑発してきたからな」
「……」
「で、俺の利点なのだが……次のパーティで宣伝しなくて済む」
宣伝に時間を掛けると商売が遅くなるからなと、事情を話す。
「だが、それでもダグラスが挑発してきたらどうする?」
「その時は、俺がまた割り込むさ」
その会話が終わる頃には、控え室の扉が開きミアが入ってくる。
右手に、黒色の服を抱えていた。
「ベクター。注文通り持って来たわよ」
「来たか。それじゃあ、ミア。フェルナンドに服を着させるのを頼んでもいいか?」
「それは良いけど、アンタはどうするの」
「パーティ会場の様子を見てくる。フェルナンドに、嫌がらせする奴がいると俺も困るからな」
「アンタの護衛はどうするのよ?」
「誰かに襲われたとしても、魔法を使えば数分ぐらい時間を稼げる。それに、様子見が終わったらここに戻ってくる」
ミアと入れ替わるように、ベクターは控え室を出る。
その行動にミアはため息を吐く。
「たっく依頼主なんだから、少しぐらい大人しくしてなさいよ」
「ミアも大変だな」
「振り回されるのはもう慣れた。それよりも、さっさとやる事やって護衛に戻るわ」
そう言ってミアは気持ちを切り替え、フェルナンドに近づく。
「それが、俺の着る服か?」
「ええ、これがそうよ」
「それ……ロングコートか?」
ミアは、フェルナンドの前に立ち手に持ってる服を広げて見せる。
それは、黒のロングコートだった。
「あら、フェルが知ってるなんて珍しいわね」
「何度か見た事があるからな」
ロングコート。それは雪が降る時に着る、防寒具の一つだ。
そして、防寒具の中で人気が無い。
分厚い生地のせいで重く、身動きが封じられる。
冒険者にとって身動きが封じられるのは致命的であり、雨風を防げるローブの方がまだ人気だ。
それでも使うとすれば、馬車移動が前提とした行商人か御者くらいだ。
「動きづらい服は……着たくないんだが」
「それなら問題無いわよ。この服、パーティ向けに手を加えた物なの」
そう言ってミアは、フェルナンドにロングコートを渡す。
スーツと似た素材でロングコートを作ったのか、生地が通常より薄く軽い。
ひと通り確認し、フェルナンドは着ていた上着を脱ぎ、ロングコートに袖を通す。
「へぇ、悪くないわね。でも、髪の毛のせいで格好良い姿が台無しね」
「……なら、こうすればいい。水よ」
髪の毛にダメ出しされた、フェルナンドは髪紐を外し魔法を使う。
「その魔法、何度見ても羨ましいわ」
「……水魔法の応用だけどな」
頭皮全体を水球で包み込むと数十秒後、髪に付いてた汚れが浮き上がる。
右手を顔にかざして水と一緒に汚れを回収していた。
水の回収が終わるとそこには、光輝く銀髪と右手に汚れた水球を持ったフェルナンドが立っていた。
「それにしても、汚れが酷いわね」
「パーティが始まるまで、森で金稼ぎしていたからな」
髪の毛が汚れていた理由を話しながら、近くの窓に汚れた水を捨てる。
その行動をミアは、うずうずしながら見ていた。
「……もしかして、やって欲しいのか」
「え、してくれるの!?」
ミアの視線に気づいていたのか、フェルナンドは確認する。
「余計なトラブルに巻き込んだんだ。迷惑料として、これぐらいやってもいいさ」
「じゃあ、お願いするわ」
「なら、始める前に頭に着けてる装飾品は全部外してくれ」
髪が綺麗になることに喜びを隠せないのか、ミアはいそいそと装飾品を外し始める。
その喜びように、フェルナンドは呆れてしまう。
「準備出来たよ」
「……それじゃあ始める。終わるまで、暴れるなよ?」
始める前にフェルナンドは一言注意し、水球をミアの頭部を包みこむように出現させる。
事前に来るとわかっていたミアは、水球で呼吸を止められても落ち着いた様子で対応していた。
「あとは、汚れが浮き出るのを待つだけか……」
「何をしている!!」
フェルナンドは汚れが浮き出るまで、ミアの様子を観察していた時、怒鳴り声が部屋内部に響き渡る。
その大きな声に振り向くと、金髪を片方にまとめた少女が出入口に立っていた。
ドレスを着ているってことは、パーティの参加者なのだろう。
その姿を目にしたフェルナンドは、この状況をどう説明すればいいか一瞬悩んでしまう。
それでも誤解を解ける可能性を信じて、少女に説明しようとした。
「待て、勘違いしていーー」
「大丈夫か!!」
「!?」
だが少女はフェルナンドの言葉を無視し、そのままミアを押し倒した。
押し倒された影響で魔法の範囲から離れたミアは、顔全体がずぶ濡れだった。
その行動に、フェルナンドは思わず舌打ちしてしまう。
「ちっ、余計なことを......水よ」
「やめなさい!!」
水を回収しようとフェルナンドは、ミアに手を向ける。しかし少女はフェルナンドの前に立ち塞がり邪魔をする。
「えっと、フェル。この状況は一体どうなってるの?」
「魔法の途中を見られて、こうなった」
「説明はしなかったの?」
「する暇もなく、お前を助けたんだよ」
「……なるほど。それで私、押し倒されたのね」
フェルナンドの説明で、ミアはようやく状況を理解した。
「あの、お嬢様」
「……大丈夫か? 貴女はさっきまで、彼の魔法でイジメられてたんだ」
「誤解です。あの魔法は、そんな危険なものじゃ」
「もしかして、脅されているのか?」
「…………」
少女の予想外すぎる言葉にミアは、つい無言になってしまう。
それを、無言の肯定と勘違いしたのか話が余計にねじれる。
少女はフェルナンドをキッとにらみむと、物を投げつけた。
フェルナンドは咄嗟に投げられた物を受け取ってしまう。
それは、少女が身に付けていた手袋だった。
「ウィスタリア王国、第三王女リゼット・ウィスタリアはお前に決闘を申し込む」
その宣言でフェルナンドは、ようやく思い出す。彼女はレオンと話していた少女だった。