11話 ハイエナVSサラ
「ずいぶんと余裕そうだな。いい加減、剣を構えたらどうだ」
訓練場の中心で待っていたサラは、片手で剣を握ったままのフェルナンドを指摘する。
「そんなの必要ない。それよりも、さっさと攻撃してきたらどうだ?」
「......その余裕、必ず後悔させてやる。風の息吹よ。我が意志に従い、風の弾丸と成せ」
その反応が気に入らなかったのか、サラは槍を構え魔法を唱える。
昨日と同じく、サラの周囲に風の塊が現れた。
(またそれか......《弾丸》ーー貫け)
昨日の夜と同じ光景に、フェルナンドは呆れながらも弾丸で対処する。
「その攻撃は、すでに対策済みだ。《風弾》よ、矢のように飛べ!!」
フェルナンドが放った弾丸はサラの持つ槍に打ち落とされ、魔法の発動を許してしまう。
(......弾丸を正確に打ち落とした動き、魔力視を使ってそうだな)
迫り来る風の矢をフェルナンドは左右に動いて回避しながら、サラの行動を予想する。
しかし、風の矢が地面に当たり風が巻き上がる。
「おっと」
「これで、トドメだ」
巻き上がった風はフェルナンドの体に強く吹き付け、その影響で数歩よろける。
出来た隙をサラは見逃さず、地面を踏み込み離れた距離を一足で詰める。
槍の攻撃が届く間合いに入った瞬間、サラが得意とする最速の突きをフェルナンドに仕掛けようとした。
だが、
「《弾丸》ーー大量展開」
「っ!? 余計な小細工を」
槍を構えた時とほぼ同時に発動した複数の弾丸は、サラの視界と攻撃を邪魔する壁になった。
サラはそのまま最速の突きで弾丸の壁を貫き、フェルナンドを狙う。
弾丸を貫いた槍は、衝撃で突きの速度が減速してしまう。
減速した槍はフェルナンドの剣で受け止め、その衝撃を利用して後ろに距離を取る。
「......その反応。やっぱり、魔力視か」
「リゼから聞いた。お前は最弱の魔法を無詠唱で使い、不意打ちするのが得意だとな。なら魔力視で対策すればいい」
魔力視。
空気中・体内に流れる魔力を視認する時に使う魔法だ。
魔法が使える者なら最初に覚え、誰でも使用することができる。
だが、戦闘に向いてない魔法であるため、弾丸と同じく使用率が低い魔法でもあった。
そして、フェルナンドは魔力視も日常的に使い込んでいる。
戦いが始まった時からフェルナンドは魔力視を使っており、サラの全身から魔力が放出し霧散しているのを見ていた。
(この勢いなら)
その魔力放出は魔力制御の甘さ、このまま続くとサラはいずれ魔力切れを起こすだろう。
「その最弱のおかげで、さっきの攻撃を回避出来たんだ。十分に使える魔法さ」
「ちっ!! 減らず口を」
霧散している魔力がサラの足下に集まり出す。
(足に魔力......今度は接近戦か)
その動きで次の行動を予測した。
予測通りサラは足下に集めた魔力を突風に変え、その勢いで離れた距離を詰めて来る。
今度は突きを中心にした攻撃だ。
迫り来る槍の攻撃をフェルナンドは、剣で迎え撃つ。
連続で襲いかかる突きを見極め、引き下がる動きに合わせて接近し斬り上げた。
サラはその斬撃を槍の柄で受け止め、その威力を利用して後ろに引き下がり、槍の間合いを維持する。
「水よ、斬撃に従え」
距離を取るサラに、フェルナンドは魔法を唱える。
剣の近くに水球が一個現れる。
その水球にイヤな予感を感じたサラは、真横に逃げ込む。
「ッ!?」
返す刀でサラに向かって降り下ろした剣は、水球も一緒に切り裂く。
切り裂かれた水球は斬撃の形に変化し、地面を濡らしながらサラに襲いかかる。
サラの判断が早かったのか、水の斬撃を回避するが、
「勘がいいな。水よ、襲い掛かれ」
フェルナンドは、そのまま魔法で追撃し続けた。
背後に水球がいくつも現れ、様々な軌道でサラに襲いかかる。
しかしサラは迫り来る魔法を、後ろに跳躍し距離を取る。
「くっ、風の息吹よ。我が意志に従い、風の弾丸と成せ。《風弾》よ、矢のように飛べ」
サラは槍と風弾を駆使して、フェルナンドの追撃を対処した。
荒れた息を吐きながら、仕切り直すように槍を構え直す。
「この攻撃も防ぐか......ま、このやり取りをもう一度やればいいか」
仕切り直す形になるとフェルナンドは、ため息混じりにつぶやく。
そのつぶやきに、サラの表情が険しくなりフェルナンドを睨む。
「ハイエナ、どうして攻めてこない? まさか手加減のつもりか」
「......手加減も何も、このままでも勝てるから、攻撃しに行かないだけだ」
「何を言っている? まだ私は、戦える。風の息吹よ。つっ!?」
サラは魔法を唱え、周囲に風の塊が現れる。
突如、サラの体に変化が起きたのか、風の塊が霧散し地面に手を付く。
「やっとか。たっく魔力を無駄使い出来るのが羨ましいな」
その突然の変化に、フェルナンドは嫉妬混じりの言葉がとっさに出てしまう。
「ハァ、ハッ、ッ!? ハイエナ。私にいったい何をした?」
「何もしてねぇよ。魔力切れになるまで、魔法を使いすぎただけ。ただの自業自得だ」
「ま、魔力切れだと......そんなこと、信じられるか。いつもなら、まだ余裕なはず」
フェルナンドの指摘に納得出来ないのか、青くなった顔で反論した。
だが、
「いつもと、違う事をしているからそうなったんだろ」
「......どういうことだ?」
「魔法の多重起動は、発動する数が増えるほど高度な魔力制御が求められる。身体強化と属性魔法の二つで満足してた奴が、ぶっつけ本番で魔力視も使っているんだ。制御が不安定になる」
「それでも私は、魔法を使えていたはず……」
「大量の魔力で誤魔化してただけだ」
「なっ!?」
フェルナンドの説明で、サラは魔力切れの原因を理解した。
「魔力を大量に持ってるから、消費速度を意識しない。魔力が尽きる前に相手を倒せばいい。そんな考え方で戦ってるから、こうも簡単に魔力切れを起こす」
「くっ!!」
その指摘が図星なのか、サラは悔しげな表情を浮かべる。
「さて、納得したなら。そろそろ決着をつけようか」
「調子に乗るなよ、ハイエナ。私にはまだ、コレがある」
余裕の態度でいるフェルナンドに、サラは後方に大きく跳躍し距離を取った。
「求める力は、嵐も粉砕する風ーー」
片手を天に掲げ、詠唱し始める。
「風の息吹きよ、我が魔力に従い一つに集まれーー」
サラは魔法に集中し、祈るように詠唱する。
掲げた手を中心に魔方陣が現れ、そこに風が集まり出す。
それは小さな竜巻に変化し、徐々に大きくなっていく。
(今から妨害……いや、あの魔力制御だと暴発して逆に危険か)
「望む姿は。嵐も粉砕する暴風の蛇ーー《風蛇の牙》」
サラの詠唱が終わると同時に竜巻が大蛇の如くうねり、フェルナンドに狙いを定める。
竜巻の目が、まるで蛇の口だ。
それに飲み込まれたら最後、竜巻が消えるまでのあいだ、全身を風で切り裂かれるだろう。
「最後の忠告だ。この一撃を喰らいたくなければ、今の内に降参するんだな」
「必要ない。その派手な攻撃に当たらなければいいだけの話しだ」
「......その自信、後悔させてやる。くたばれ」
最後の忠告を断ったフェルナンドに、サラは竜巻の蛇を解き放つ。
竜巻の蛇は周囲の空気を震わせ、うねりながらフェルナンドを呑み込もうとする。
フェルナンドはその巨大な竜巻を前に、回避を諦め地面に剣を突き差す。
「望むは、水の魔力。集いし水は身を守る籠であり、時には敵を捕獲する強固な檻ーー」
フェルナンドの周囲に水の柱が地面からいくつも噴き出した。
「その程度の攻撃で押し返すつもりか、だが甘い!!」
「ーー!?」
竜巻は水の柱ごとフェルナンドを呑み込んでしまう。
フェルナンドが竜巻に呑み込まれた光景に、サラは勝利を確信し気を抜いた。
「ぐっ」
その瞬間、魔力切れの反動がサラに襲いかかり倒れそうになる。
だが、槍を地面に突き刺し倒れるのを耐える。
「はぁ、はぁ。やったか?」
「水よ、爆ぜろ」
突如、竜巻の蛇が内側から急激に膨らみ爆発する。
「なっ!?」
サラは、全身全霊の魔法が吹き飛ばされたことに驚愕する。
竜巻の爆発によって巻き起こった土埃の中から、黒い影がサラに近づく。
その黒い影の正体がフェルナンドだとサラは認識したが、魔力切れで身体が動けずそのまま剣を突き付けられる。
「さて、勝負の決着は降参か寸止めだったな?」
「くっ!! 私の負けかーー」
剣から白い煙を出しながら、フェルナンドはサラに話しかける。
その言葉にサラは唇を噛みしめ負けを認めた。