10話 呼び出し
昼休み。フェルナンドはクルビア学院の食堂で、一番安いの野菜炒め定食を食べながら、あることに悩んでいた。
(リゼットと関わってから、金が減る速度が上がった。このペースだと、二日後には金欠か......どうにかしないと)
「フェルナンド。ここに居たのか」
財布の中身を気にしていたら、背後から男子生徒が話し掛けてきた。
フェルナンドは、名前で呼んでくる相手など顔を見なくても誰かわかるのか、振り向きもせず返事する。
「ベクターか。食事中に何の用だ?」
「空いてる席を探していたら、偶然見つけたからな」
「そうか」
ベクターは、サンドイッチが乗った皿を、フェルナンドが利用しているテーブルに置く。
向かい会う形で座り込んで来たベクターに、視線を軽く向けるとフェルナンドは食事に戻る。
「決闘後も王女様と一緒に、冒険者ギルドで依頼を受けていたそうだな」
ベクターはサンドイッチを一つ取りながら、雑談を始める。
その内容は、フェルナンドとリゼットの出来事だった。
「どうして、そこまで知っている?」
「ガロンさんから聞いた。お前が金髪の少女と、一緒に依頼を選んでいたってな。その少女、王女様だろ?」
「............」
ベクターが口にした、情報源にフェルナンドの手が完全に止まる。
「その反応......どうやら本当みたいだな」
「まさか......ガロンさん、から知られるのか。予想外だった」
「酒場の席で、盛り上がっていたぞ。一匹狼の坊主がミア以外の女と一緒依頼をしたってな」
「......はぁ。あの人なら言いそうだ。なら、はぐらかしても無駄か」
フェルナンドはその光景を簡単に想像できたのか、手で顔を覆う。
色々と諦めたのかベクターに、昨日の出来事を話す。
ただし、決闘で賭けた内容は隠した。
王女が下僕になったなど、どう説明しても嘘にしか聞こえないから。
「決闘後も、王女様がずっと付いて来た......どうしてそうなる」
「それは、本人に聞いてくれ」
ベクターの困惑した表情に、フェルナンドは話しを打ち切ると食事を再開する。
「ちょっと、いいか」
その二人の会話に、凛とした声が割り込む。
「............サラ様が俺達に用があるなんて、珍しいですね」
「連絡することが、あってな」
「............」
ベクターはその人物が意外だったのか目を見開く。
しかしフェルナンドはサラに興味がないのか、視線を向けず食事を続ける。
「ハイエナ、お前に話しがある。放課後、訓練場に来てくれ」
「断る」
「なんだと?」
断ると予想していなかったのか、サラは眉をひそめる。
「話なら、ここで十分なはず」
「そうもいかない」
「......どうしてだ?」
「ハイエナとリゼの関係だから。出来ればここで詳しく話したくない」
(俺とリゼットの関係ね......もしかすると、決闘の賭け。下僕についてか)
サラの発言で呼び出した理由に、フェルナンドは目星をつける。
「わかった」
「必ず来なさい。リゼも来るから」
そう言い残し、サラは食堂から立ち去って行く。
(それにしても、話し合いの場所が訓練場ね......少し警戒しておくか)
フェルナンドは指定された場所が気になるのか、サラの後ろ姿を見届ける。
「どうやら、面白い状況になっているみたいだな」
二人のやり取りを見ていたベクターは、くつくつと笑い出す。
その反応に、フェルナンドはイラッとしたのか、
「......なら、特等席で見せてやるよ」
「は?」
ベクターにも、この厄介ごとに巻き込むことにした。
◇ ◇ ◇
放課後。フェルナンドは約束通り訓練場に来ていた。
その日の訓練場は貸しきられていたのか、サラとリゼットの二人しか居なかった。
「ハイエナ。どうしてこの場所に、ベクターがいる?」
サラは、フェルナンドの背後にいるベクターを指摘した。
「一人で来いなんて、言われてないからな。それと、何かあった時の立ち会い人だよ」
「立ち会い人だと?」
「昨日のように、突然襲われても困るからな。その対策さ」
「............」
ベクターを連れて来た理由を話すと、サラの表情が険しくなる。
「それで、ここを貸しきってまで俺を呼んだ理由は?」
「リゼから色々と聞いた。お前があの夜に使った魔法のこと。そして、その魔法でリゼが負けてお前の下僕になったことも......そのどれもが気に入らない」
「気に入らない?」
「ああ、私とリゼがあんな小細工で負けたなんて認めるわけにいかない。だからもう一度、私と戦え」
サラの右手に着けていた腕輪が突如、輝くとそこから槍が現れる。
その槍をフェルナンドに突きつけながら、サラは決闘を申し込む。
「嫌だと言ったら?」
「引き受けるまで、逃すつもりはない」
「…………はぁ」
二人の間に流れる険悪な雰囲気に、リゼットは不安と戸惑いの表情を浮かべる。
「それで、勝負の内容は?」
「魔法ありの模擬戦形式。決着は、どちらかが降参するか寸止め」
槍を突きつけるサラを、フェルナンドは冷めた目で聞き返す。
「......わかった」
勝負内容を決めると、サラは訓練場の中央に向かって歩く。
(リゼ関係でこうなることは、薄々わかっていたが......実際に起きると面倒だな)
サラの背中を見ながら、フェルナンドは内心うんざりしていた。
ベクターはフェルナンドに接近すると小声で話しかけてくる。
「王女が下僕になったとか、色々と聞きたいが......勝てる勝算はあるのか?」
「さあな、戦ってみるまでわからん。ただ、ガロンさんやミアと本気で戦うことと比べたら、まだマシな相手だ」
「............それもそうか。余計な心配だったな」
サラのもとに行こうとした時、リゼットから話しかけられる。
しかもどこか、緊張した様子で。
「フェ、フェル先輩!!」
「は? ......その呼び方、もしかして俺のことか?」
「あの、先輩だってわかったので......どこか変ですか?」
リゼットは、どこか不安そうな表情で聞き返した。
その反応にフェルナンドは毒気を抜かれたのか、調子が狂う。
「好きにしろ。それで何?」
「......サラから色々聞きました。フェル先輩がレオンのパーティーを台無しにしたって」
「また、なつかしい話しが出て来たな」
リゼットの言葉に、フェルナンドは苦笑する。
その内容は、フェルナンドがハイエナと呼ばれる原因になった出来事だ。
「それは、本当なのですか?」
「ああ、本当の事さ。俺は、レオンのパーティーを台無しにした」
「どうして、そんなことを?」
「死にたくなかったから」
「えっ?」
フェルナンドから予想外の返事に、リゼットは困惑する。
それ以上答える気がないのか、フェルナンドはサラのもとに向かう。
「じゃあ。さっさと勝負して、さっさと終わらせるか」
腰に装備していた剣を抜きながら、そう自分に言い聞かせる。