1話 プロローグ
ウィスタリア王国。
国内に複数ある魔法騎士学園の一つ、クルビア学園は今宵、年に一度の創立記念パーティが行われていた。
会場の壁際で知人・友人と会話する者。
部屋の中心で楽団が奏でる演奏に合わせて踊る者達や、新たな交友関係を増やそうと様々な人に挨拶するなど色々な理由で、着飾った少年少女たちが集まっている。
その部屋の片隅で、黙々と一人で食事をしている少年がいた。
「……うっま。国が協力している夜会は飯も酒も高級品だな。ワインが無料で飲めるのも最っ高だ」
くすんだ銀髪を髪紐で結び、体のサイズが合っていないブカブカな上着を身に着け、会場に備え付けられていたワインを飲んでいた。
その光景を見ていた周囲の人達は、少年から距離をとり冷たい目で見ている。
「何で、ハイエナがここにいるのよ……せっかくの創立記念パーティが台無しじゃない」
音楽に混じって少年の陰口が聞こえるが、本人は気にしていない。
それは少年にとって、日常的に言われ慣れているため、雑音程度の感覚だ。
「お前も参加してたのか、フェルナンド」
「ん? ベクターにミアか」
無心で食事を続けていた少年、フェルナンドに二人組の男女が近付く。
スーツをベースに、襟や胸元に装飾を取り入れた服を着た男。
ベクターとその後ろにメイドの格好をした護衛、ミアが付き従っていた。
フェルナンドとベクターは同級生でもあり、ビジネスパートナーの関係だ。
学園が休日の時、フェルナンドは冒険者として活動し金を稼いでいる。
ある日、盗賊に襲われていた商人を偶然助けた。
それがベクター家の関係者だった。
その縁もあり、同級生でもあったベクターから指名依頼されるようになった。
ミアは、ベクター家の専属護衛であり仕事仲間でもあった。
「それにしても派手な格好だな」
「ああ、これか。隣国でこの格好が流行っているのでな、宣伝も兼ねて着ているんだ」
「……パーティーの間も仕事か、商人の息子も大変だな」
「好きでやってることだ。それより、お前の格好……」
「ん、どうした?」
ベクターは、フェルナンドに詰め寄り服装と銀髪を指摘した。
「サイズのあってない上着と、髪の毛はどうにか出来なかったのか?」
「ああ、これには事情があってさ」
「事情だと?」
ワインを飲みながら、この格好になった訳を話す。
「今日の夜会は、年に一度の創立記念パーティだろ」
「……そうだな」
「在学生の俺たちには参加資格があるから、制服姿で参加しようとしたんだよ。だけど生徒指導の担任から正装で参加しろと、言われてさ」
「……」
「そんな豪華なものは持ってないから、仕方なく近所の仕立て屋から、それっぽい上着を買って来た。髪の毛の方は適当に結べばそれらしくなると思ってな」
「そこまでして、このパーティに参加したかったのか」
「ワインが飲める年齢になったんだ。しかも、国主催だから酒も料理も高級品だぞ。最高じゃないか」
飲みかけのワイングラスを掲げながら、パーティに参加した理由を話す。
その理由に、ベクターは額に手を当てて呆れてしまう。
「はぁ。お前は、それでも四大貴族の一人だろ?」
ベクターの言葉に、ワインを飲む手が止まる。
四大貴族。
それは、ウィスタリア王国がまだ出来ていない時代。
初代ウィスタリア王を支えていた四人の貴族達だ。
リリウム・ディラン・ラズリア・バーネット四家の功績は、今も貴族達にとって尊敬されている。
そしてフェルナンドは、その四大貴族の一つバーネット家で育った。
「俺はバーネット家に面倒見てもらっただけさ。それに、後継者はレオンだ……アイツもこのパーティに参加してるんだろ?」
「ああ、あそこで参加しているな」
フェルナンドの言葉に、ベクターは頷くと部屋の中心に視線を向ける。
その視線に顔を向けると二つ年下の、レオン・バーネットがいた。
赤髪に体が細く体型に合った、きらびやかな服装を身にまとっている。
レオンを観察していると、どうやら近くにいる者と雑談していた。
しかし、その空間はどこか張り詰めていた。
レオンの周りには数人の取り巻き達が周囲を警戒している。
まるで、何かから守るように。
「ん? 何であそこだけ張り詰めた空気になってんだ?」
「王女の対応で、神経質になっているのが原因だな」
フェルナンドは、レオンの周囲に違和感を感じたのか口に出てしまう。
その疑問をベクターが説明した。
「王女? それって、レオンが相手しているあの女か?」
「今年から、この学園に入学した第三王女のリゼット・ウィスタリア様だ」
ベクターが少女の名前を口にする。
その予想外の名前にフェルナンドは、少女に少し興味が出てきた。
「へぇ、王女様が俺達の後輩か。先輩風吹かす奴は大変だな」
「その馬鹿が少しでも減るように、この夜会に参加しているそうだ。そのおかげで、王女様に挨拶出来ないのが難点だ」
「なるほどな。それで、あの周囲だけ神経質になっているわけか。ついでに王女様の顔でもここから拝見してお、く、か......」
「……まさか、気がつくとはな」
「はぁ。しかも面倒臭い奴が来そうだ」
王女の顔を覗き見しようとしていたフェルナンドの視線に、レオンが気付いたのかこちらに顔を向け視線が合う。
その行動に、周囲にいた取り巻き達もフェルナンドに気が付く。
取り巻きの一人がフェルナンドに近づく。
「どうして、ハイエナがここに居る?」
「……名前ぐらい正しく呼べよ。ダグラス」
「捨て子だったお前には、ハイエナで十分だ。それより、何故このパーティに参加している?」
「…………」
「無視するな、ハイエナ!!」
豪華な服を着た四大貴族の一人、ダグラス・ディランは誇らしげな顔をしてやって来た。
会う度に絡んでくるダグラスにフェルナンドは、うんざりしながらも質問に答える。
「……何故って、参加資格があったから参加した。まるで、参加したらダメみたいな言い方だな」
「ふっ、そんなことも分からないのか? お前のような半端者は、この場にいるだけで空気が悪くなる」
フェルナンドの返事に、ダグラスは小馬鹿にする。
ダグラスの言葉に同意するのか、フェルナンドの近くにいた参加者達も小さく頷く。
(半端者ものね……会う度に、その台詞言うの飽きないな)
酒の酔いが回って来たのか、どうでも良いことに思考が流れつつ、ダグラスの言葉を聞き流す。
「それにしてもその格好……レオンと比べるとみじめだな」
「…………」
黙っていると、反論出来ないと勘違いしたのか、ダグラスはフェルナンドの姿を見て嘲笑う。
会場にいるレオンとフェルナンド。
二人の格好に明確な差が出ていた。
それは、二人の生まれに原因がある。
フェルナンドは元々捨て子だった。
当時、バーネット家は正妻から子供が出来ず跡継ぎ問題に直面していた。
それに悩まされていた、当主は領地内で捨てられていた赤子を偶然見つけた。
跡継ぎで悩んでた当主は、その赤子を跡継ぎ候補として育てることに。
だが、引き取った半年後に正妻が妊娠。そして翌年、レオンが生まれた。
それによってフェルナンドは、バーネット家とって不必要な存在になった。
後継者候補として育てる案もあったのだが、正妻はそれに猛反対した。
「捨て子が、バーネット家を継ぐなんて不愉快よ」
しかし当主は、フェルナンドを拾った手前、もう一度捨てることが嫌だったのか、レオンの競争相手という体裁で育てることにした。
その特殊な育ち方は、貴族社会において異質であり嫌われていた。
貴族に紛れ込んだ、半端者として。
「仮に半端者のお前が、俺たちの格好を真似した所で、似合わないだろうがな」
「なら、実際に試してみないか?」
「は?」
「…………」
隣で、聞いていたベクターが軽いノリで二人の会話に混ざる。
その顔は、面白い物を見つけたのか口の端を釣り上げ微笑んでいた。
フェルナンドは、面倒臭いことになったと内心そう思いながら、残っていたワインを口にする。