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95.観劇のあとは

 貴賓席はいわゆるボックス席というもので、それも二階正面、舞台がよく見える位置だった。劇が始まる前に魔王が紹介され、簡単な挨拶のあと私も一緒に手を振る。この辺りは婚約者時代の公務に似たものがあったから、問題はなかったのだけど。


「なんだか、外堀を埋められた気がします」

「いや、外堀のさらに外の壁を叩いたくらいだろ」


 苦情を申し立てたら謎の言い回しで返された。私の名前は呼ばれなかったけれど、ものすごく好奇の目が私に向けられていたのだ。分かる人は私が人間だと気づいただろう。


「それに、民に娯楽を与えるのも王の役目だ」

「私をネタにしないでください」


 そんなやり取りを小声でしていると、いよいよ劇が始まった。女性であることを隠して騎士となった主人公の恋愛物語だ。あっという間に引き込まれ、物語の世界にのめり込む。クライマックスでは感動してハンカチを目に当て鼻をすすってしまった。


 その涙が渇かないうちに終幕となり、劇場は拍手に包まれる。私も立ち上がって盛大に手を叩いた。その余韻は、完全に幕が閉じ客もまばらになるまでずっと残っている。


「……素晴らしかったですわ」


 ボックス席から幕が閉じた舞台を見下ろし、冷たい果実水で火照った体を冷ます。


「喜んでもらえてよかったよ」

「これは多くの人がはまるのもわかります」


 物語はもちろんだが、役者一人一人に魅力があって何度でも見たくなる。部屋に帰ったらまた原作を読み直したくなってきた。


「また来よう。リリアの反応を見ていたら、劇は何倍も面白くなる」

「私じゃなくて役者を見てくださいよ」

「俺は自分の人生という舞台で輝くリリアを見たいんだ」


 まっすぐ視線を向けられ、冗談を感じさせない声音で言われれば答えに窮する。さすがに「今まで散々ストーカーしてきたじゃないですか」とは、劇場の華やかさの中で口にできなかった。


「さあ、そろそろ出ようか」


 差し伸べられた手を取った時に、ふと昨日ロウの手を取った場面が重なった。人を守る皮が固く分厚い手と、国を動かす柔らかく薄い手。エスコートされる機会も何度かあったからか、不思議と魔王の手は馴染んでいる。


「はい」




 そうしてまた大勢の劇場の人に見送られ、馬車に乗り込んだ私たちが向かったのは大通りから少し外れたところの料理屋だった。途中で仕立て屋に寄り、魔王が用意していたお忍び用の服に着替えているので、今の私たちは町娘と青年スタイルになっている。


 鏡で見た私は問題なく群衆に紛れられる容姿なのだけど、馬車の向かいに座っている魔王は上に立つ者の貫禄というか、人の目を引く魅力というか、ただものではない雰囲気が隠しきれていなかった。


 だから、魔王からは大通りを散策してから店に行くかと提案されたが、風が立つ勢いで首を横に振ってしまった。絶対にバレて大騒ぎになる未来しか見えない。少し残念そうだったが、直接料理屋に馬車を付けることになったのである。


「あら……この店って」


 大通りから一本奥にあるからか、それほど人通りはない。馬車から降りて店を見上げた私は、懐かしい雰囲気に目を見開いた。


「アイラディーテの料理なんですね」

「あぁ、それもリリアが暮らしていた下町のものが多い」

「へぇ! あそこの料理はもう何年も食べていないんですよね」


 思わぬお店に心が弾む。外装は新しく、できたところなのかもしれない。

実はこっちに来てから他のアイラディーテ料理を出す店には行ったことがあった。だが、伯爵家にいた頃の私の食事は基本的に固いパンと野菜くずのスープだったため、典型的なアイラディーテ料理を出されても懐かしい、おいしいとはならなかったのだ。それもあって足が遠のいていたのだけど、店頭の看板にあるメニューを見れば下町で住んでいたころに母が作ってくれたものがいくつかあった。


「俺もリリアが食べているのを見ながら、一緒に食べてみたいと思ってたんだ」


 と、ごく自然にストーカー中のことを話に混ぜてくるものだから、危うく「じゃあ、一緒に食べましょ」なんて返しそうになる。代わりに冷たい眼差しを送ったら、魔王の笑顔が固まって、「店に入ろうか」と逃げた。


「いらっしゃいませ!」


 魔王がドアを開けて入れば上ずった声が飛んできて、カチコチに固まっている給仕係の女性と料理人と思われる男性の二人が立っていた。二人とも人間で、中年の夫婦に見える。ちょうど母が生きていたら同じぐらいの年代だと思う。


「緊張するな……というのも無理な話だな。今日はただアイラディーテ料理を楽しみに来たから、いつも通りのものを頼む。こちらのリリアが、同じ地方出身でな、あの土地のものを食べさせてやりたいのだ」


 魔王は服装を変えているとはいえ、店の方には魔王が来ることは伝えてあったのだろう。二人は恐縮していて、その気持ちが痛いほど分かる私は明るく元気な声を出した。


「あの、リリアと言います! 子供の頃に食べたきりなので、楽しみにしています!」


 すると、二人の視線がこちらに向けられ表情が和らいだ。同じ人間の姿に緊張がほぐれたのかもしれない。料理人の男性が口を開く。


「素敵なお嬢さんですね。精一杯腕を振るわせてもらいます」

「今日は貸し切りですので、ごゆっくりおくつろぎくださいね」


 その言葉に「はい!」と満面の笑みで答え、二階に案内された。ふと魔王に視線を向けたら口元が緩んでふるふるしていたので、何かよからぬことを考えているようだ。ここで追及することはできないので、ひとまず後にして席についた私はメニューを開いて悩むのだった。


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