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93.魔王様とデート?

 さっき部屋に送ってくれた魔王が再び訪ねてきたのは、急いで戻ってきたシェラに何があったのかを話していた時だった。ノックの音に訝し気な顔をして応答に出たシェラを押しのける勢いで部屋に入って来た魔王は、私がいるテーブルに片手をついて迫る。


「リリア、明日も休みだな」

「え、はい」


 挨拶もなく唐突にそう尋ねられ、私はひとまず頷く。魔王は目が据わっていて鬼気迫る表情だ


「じゃあ、俺とデートしよう」

「あ、は……」


 勢いに飲まれて「はい」と答えそうになったのを喉元で止め、目を瞬かせた。


「え、なんでです?」


 少し前に話した時と様子が違い過ぎて、この短時間で何があったのか。思わず浮かんだ疑問が口をついて出てしまい、魔王の表情が固まった。何か言おうとするが虚しく口が開いては閉じる。


 なんだか、勢いで飛び出してきた感じがするわ……。


 魔王の口からデートという単語が出てきたのも驚きだが、唐突な誘い方にも違和感がある。思えばケヴェルンでデートだと浮かれていたことはあったけど、こうやって自分から誘ってきたことはなかった気がする。ますます行動が謎だ。


 頭の中が疑問符だらけになっていると、魔王は赤らんだ顔で咳払いをした。


「理由はだな。改めて親睦を深めることと、暇つぶしだ」

「暇つぶし……なら、私じゃなくてもいいのでは?」


 色気の一つもない誘い方で、何がしたいんだと冷めた目を向けてしまう。


「あっ、これは、その……本当にリリアと行きたくて」


 たじたじになっている魔王からは、臣下に重々しい顔で指示を出している姿も、大衆の前でスピーチをしている威厳ある姿も感じられなくて、吹き出してしまった。

 小さく笑っていると、見るに見かねてシェラが魔王に助け舟を出す。


「ゼファル様、気が逸っていらっしゃるのでしょうけれど、誘う時はもっと女性が喜ぶ言い方をされないと……」


 まさしく先生として魔王に助言をするシェラは、次に私に顔を向けると苦笑いを見せた。


「魔王様はリリア様の前なので余裕をなくしていらっしゃるのですよ。お気持ちを酌んであげてくださいな」


 そうシェラに言われては、魔王様の願いを叶えてあげるほかない。少し意地悪をしたという自覚もあるので、ここは大人しくデートの誘いに応じることにする。


「わかりましたわ。楽しみにしておりますね」

「ほんとかリリア! ありがとう!」


 少年のように目を輝かせて喜ぶ魔王が少し眩しい。数時間前にロウと神経をすり減らす駆け引きをしたからか、魔王の純粋さに浄化されるような気持ちだ。


「じゃあ、どこか行きたいところはあるか?」

「いえ……あまり詳しくはないので」


 デートの場所と言われてもピンとこない。第二王子の婚約者時代は、彼と顔を合わせるのは公務でのみだった。茶会や夜会でご令嬢たちのデート談義には相づちを打っていたが、話の内容はあまり覚えていない。ほとんどエスコートが下手な相手に対する愚痴だった気がする。


「ふむ、俺のプランニング力が試されるわけだな」


 聞きなれない単語が混ざったが、魔王は真剣な顔で考えている。


「では、リリアは最近小説にはまっているだろう。それを原作にした劇がしているから、観劇に行かないか?」

「劇、ですか……。見たことはないですね」


 観劇は貴族から庶民までが好きな娯楽の一つだけど、私が連れていかれることはなかった。


「嫌か?」


 声から私が乗り気ではないと察した魔王が、そう気遣ってくれる。


「嫌というわけではなく、教養も高くないので見ても楽しめるのかなと……」


 婚約者時代に知識として劇の内容は叩き込まれたし、今もミグルドで人気がある劇の原作はいくつか読んでいる。興味はあるが、本物に手が届かなかった観劇初心者からすると、心理的な壁が高いのも事実だ。


「気にすることはない。劇場では名物の食べ物があるから、それを食べるのもいいし、つまらなかったら寝ればいい」

「えぇ……失礼ですよ」


 真面目に劇を見ていなければ、周りから顰蹙を買いそうだ。そんな私の心配を魔王は笑い飛ばす。


「問題ない! 俺は来賓として招かれ、最前列で寝たこともあるぞ」

「いや、それはどうかと思いますけども」


 その話が本当なのか、和まそうとしてくれている冗談なのかは分からないけれど、少し気が楽になる。


「だから明日は観劇を体験してほしい。それと、きれいな景色を見たり、おいしいものを食べたりしよう」


 魔王の言葉は力強く私を引っ張ってくれて、なんだか期待に胸が弾む。


「はい、楽しみにしていますね」


「あぁ! よし、そうと決まれば明日の分の仕事を終わらせてくる! シェラ、手配は任せた」


「かしこまりました」


 そして、次の瞬間には魔王の姿は消え、嵐のように来て、嵐のように去っていった。そこからは劇の原作を読み直し、シェラと観劇のマナーをおさらいして明日に臨むのだった。


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