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91.姉襲来

 ゼファルはリリアを送り届け、自室に戻って来た。部屋を見れば目を覆いたくなるほどの散乱状態であり、ある程度の物は自分で元に戻し、割れたガラスは侍女を呼ぶしかなさそうだ。

 片づけるかとまずは被害の少ない本棚へと向かえば、『今日のリリア』も数冊落ちていて、真っ先に拾い上げて棚に戻していく。


(そう言えば、最近読み返してないな)


 ここに閉じ込められていた頃は暇だったから、度々読み返していた。そのため、古いものほど何度も開かれてページがよれよれになっている。


(あ、3冊目か。いつ頃だったか)


 最後に拾い上げたものを開くと、今よりも幼い字が躍っている。リリアが下町にいる頃で、母親と生活している様子が書き留められていた。


(そうだそうだ。この年の冬はとても寒かったんだよな)

 

 懐かしさを覚えつつ、次のページをめくったその時、窓ガラスが割れる音がした。とっさに守護障壁を張って自分の身を守る。


「ゼファル、いるんでしょ?」


 凛とした声の主、こんな非常識な入り方をするのは一人しかいない。窓ガラスは枠ごとなくなっており、飛散したガラスの上にその人は立っている。


「……ヴァネッサ、せめてドアから入れ」


 声を荒げる気力もなく、ゼファルは本を閉じて棚に戻す。


「あんたがどんな様子かも分からないのに、丁寧にドアから入るわけがないでしょ」


 そう言い返されても納得はできない。もともとゼファルは姉の思考を理解するのをほとんど諦めているため、さほどこだわらずに「そうか」と流す。ヴァネッサは床に散らばる紙や物を踏まないように気を付けながら、ゼファルへと近づいていった。


「ひどい有様ね。リリアちゃんに何かあったのかって慌ててきたけど、その様子じゃ解決したのかしら」

「……なんでお前が来るんだ」

「ヒュリスが魔鳥を飛ばしてきたのよ。すぐ来てくれって。それで、離宮からペガサスを飛ばしてきたら、あんたが魔力を暴走させたっていうじゃない。てっきりリリアちゃん絡みかと思ったんだけど、どうしたの?」


 ヴァネッサはもっとゼファルが荒れていると思ったようで、拍子抜けしたようだ。姉に力強い眼差しで見つめられ、ゼファルは不機嫌丸出しで答える。


「二日酔いだったんだ……。頭が痛くて集中力が散漫になってた時に驚いたから」


「二日酔いぃ!?」


 あきれ返った声がゼファルの頭に突き刺さる。治まっていた頭痛がぶり返した。眉根を寄せたゼファルは、低い声で唸る。


「……うるさい。この通り問題はないから帰れ」

「問題がないわけないでしょ。具合が悪かったのは抜きにしても、あんたを動揺させることが起こったんでしょう?」


 珍しくからかいのない純粋な姉の顔を向けられ、ゼファルは片づけの手を止めて視線を落とした。自分でもまずかったと思っているから、こうして一人で片づけをしているわけで。


「ほら、お姉様が聞いてあげるから、素直に吐きなさい」


 ヴァネッサは顎をしゃくって、無事なソファーを指す。そこで話そうということだ。


「あ、お茶とお菓子も用意してちょうだい」


 おもてなしの要求も忘れない。いつもならゼファルは二三、文句を言ってから動くのだが首根っこを掴まれた猫のように大人しく従っていた。何も言わずにお茶を淹れに行った弟を見て、ソファーに座ったヴァネッサは重症だわと気が重くなる。


 そして戻って来たゼファルは、姉がお気に入りのお茶とお菓子を出すとぼそぼそと話し出したのである。


「最近、忙しくてリリアを見てなくて我慢も限界で……午前中に仕事を終わらせてやっとの思いで町に行ったリリアを見ようとしたんだ」


 この段階でヴァネッサは若干引いているのだが、口を挟まずお茶を飲んだ。


「映ったのはこじゃれた料理屋で、リリアはびっくりした顔で指でバツを作った。可愛かった。誰かと一緒にいるみたいで、俺も慌てて消したんだ。人と一緒にいる時は見ないって約束したから。けど、その後すぐシェラと連絡を取って確認したら、リリアは一人で店に入ったって」


 それを聞いた瞬間、とても嫌な予感がしたのだ。同時に焦燥感もあって、ひどく落ち着かなかった。今すぐ相手が誰なのか確認をしたいが、一度拒否サインをもらっている以上こっそり見るのも躊躇われた。バレたら嫌われるおそれがある。


「だから、店から出たら真っ先に聞こうと、鏡には店全体を映してリリアの魔力から動きを察知できるよう集中していた」


 そこからのことは、鮮明に覚えている。衝撃が大きく、いまだに尾を引いていた。


「急に、リリアの魔力が高まったと思ったら、薄くなったんだ。俺は瞬時に守りの小部屋を使ったんだと気づいた。練習していた時に、何度も魔力の変化を感じていたからな」

「あぁ、リリアちゃん固有の能力よね」

「だから何かあったのかと急いで部屋を見れば姿がなかった。そこに瞬間移動して助けようと思ったが、もう一人もいないことに気付いて。リリアが自分の意思で一緒に消えたと分かった瞬間、頭が真っ白になって気づいたら窓ガラスが割れ、物が飛び交っていた」


 リリアにはずいぶん省略して伝えたが、実際はこうだった。


 その時の感情は一言では説明できない。リリアを取られたという独占欲からくる焦りに反発するように、まだ自分のものではないという戒めが沸き起こった。リリアの側にいるのが自分ではない絶望と、身勝手な裏切られたという思い。


 とてもリリアには伝えられない、ゼファルの心の内だ。


「何も考えられなくて、リリアたちが出てくるまでその部屋を見ていることしかできなかったんだ……」


 激情が通り過ぎた後は空虚さが広がっていって、部屋の惨状にも気づけなかったほどだ。耳を傾けるヴァネッサは長い足を組み、鋭い目を向けている。ひっかかるところがたくさんあるが、追及はあとにして必要な情報を埋めるため次の質問に移った。


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