89.魔王への報告、もしくは事情聴取
静かな部屋にお茶を淹れる音だけが響く。隣の部屋が嵐の通り過ぎた後状態なだけに、落差が大きくて落ち着かない。魔王は頭が痛むのか時々眉根を寄せていて、淹れているお茶も二日酔いに効くものだという。
「リリア……びっくりさせてすまなかったな」
お茶を淹れ終わり席についた魔王は、覇気のない声でまずはそう謝った。
「いえ! あ……こっちこそ、心配させて申し訳ありませんでした」
即座に否定してから、大きな声が厳禁だったことを思い出して声を潜める。魔王は「大丈夫だ」と静かな声で返してから、カップに口をつけた。私も変わった香りがするお茶を少し飲んでみる。
……うん。こう、薬の味みたいな。あ、漢方ってやつに近い気がするわ。
体にいい味だ。なんだか今日は健康的なものばかり体に入れている。
「それで、リリアは町に行ったと聞いていたが、なぜロウ・バスティンと一緒にいることになったんだ?」
先ほどロウから簡単な成り行きは説明があったが、もう一度私の口からも聞きたいのだろう。その意図が分かったので、詳しめに経緯を話した。魔王は私の顔をじっと見つめながら、相づちをうって聞いてくれる。
「あの地方の料理を食べたのか」
「はい、すごく辛かったのですが、不思議とまた食べたくなる味でした」
思い出すと唾液が溢れてくる。
「リリアは強いな。俺は辛すぎるのはどうも苦手でな」
渋い顔をしているから、食べた時の辛さと痛みを思い出しているのかもしれない。
続いて話は情報の駆け引きのところとなり、戦果を披露すると魔王は目を丸くして驚いていた。
「幻術無効は分かっていたが、空間魔術に干渉できる指輪があるのか……。バスティン家は武だけでなく、魔道具の制作も有能なのだな。……それで、あいつの将来の展望というのは?」
ロウからの報告をしっかり覚えていて、少し返答に困る。
「えっと……将来はすっごく有名になりたいって感じでした」
個人的な話ということもあって、ざっくりと要約した話し方になってしまった。指輪の情報に比べれば大したことはないので、それぐらいでいいだろう。
私のぼんやりした話し方に、魔王も首を傾げる。
「ずいぶん子供っぽい話だな」
「自己顕示欲が強いんじゃないんですかね……」
自分に絶対の自信を持っているし、先祖と家に誇りも持っている。騎士として腕も立って、顔も悪くなければ、そういう性格になるのも頷ける。話せば案外生真面目なところもあるのだけど、あまり関わりたくないタイプだ。
「そうか、とてもいい情報だった。ありがとうな」
ロウが魔王のために情報を集めたと言ったからだろう。包み込むような微笑で労われるとこそばゆくて口元が緩む。
「はい。ゼファル様のお役に立てたならよかったです」
「リリアはいてくれるだけで十分なのに」
魔王は本気で言ってるんだろうけど、やっぱりそうはいかない。この人のために何かしたいと思わせるあたりが、彼が魔王の座にいる資質なのだろう。魔王はティーポットからお茶を注ぎ、私のカップにも淹れてくれた。
「それで、リリアからは何を話したんだ?」
「それは彼が言ったとおり、アイラディーテでどう過ごしていたかと、婚約破棄された時のこと、ケヴェルンで馬鹿に襲われたときのことです。王族についても聞かれたので答えました」
「なるほど……少しリリアからの情報が多い気がするが、そこで終わらせたのか?」
「はい。これ以上は魔王様とのことを話さないといけなくなるので……」
お茶を飲もうとしていた魔王の動きが止まった。そろっと伺うような視線を向けてきて、何が情報として取引される可能性があったか気づいたようだ。
「自分が蒔いた種ではあるが、リリアの口から伝えられなくて助かった。感謝する……」
お茶をちびちびと飲む魔王は気まずそうで、言わなくて正解だったわと胸を撫でおろした。魔王が鏡で私を見ていたという噂と、被害者の口から事実として述べられるのとでは重さが変わる。
「やめたらよろしいのに……」
「今はリリアの許可を取っているから大丈夫……なはずだ。その、リリア、同意……だよな?」
「同意してストーカーされる意味がわかりません」
それでは私の方がよほど変態だ。魔王は項垂れていて、チラチラと怯える子どもみたいな視線を向けてくる。お茶を飲んで言葉を待つけれど、一向に切り出してこないので痺れを切らしてしまった。




