87.かけひきの終幕
本当に痛いところをついてくる。私は知られても問題はないけど、魔王の方に問題がありすぎる。倫理的にも法律的にも。こちらもロウの情報を握っているとはいえ、まだ釣り合わない気がした。だから、再び交渉するためにまずは私のことを話す。
何度か話した内容だから舌はよく回って、必要なところだけを切り取った。伯爵との愛人の子として生まれ、下町で日々食べ物のために働き、母が死んだこと。そこからは伯爵家に引き取られ、家族ではなく下働きとして働かされた一方で淑女教育だけは厳しかったこと。知らぬ間に第二王子と婚約させられたものの、婚約者として扱われたことはなかったこと。
つらつらと出来事を並べ立てていけば、ロウは憐れんでいるような、呆れているようななんとも言えない顔になっていった。
「と、これで婚約破棄につながって、今に至りますわ」
「お前……流され過ぎてないか? 優しいとかそういう次元ではないと思うぞ」
「え、この話を聞いた感想がそれですか!?」
今までにない反応で逆に驚いてしまった。別に同情してほしいわけではないが、非難される筋合いはない。
「それだけ流されやすくて、なぜいまだに魔王様と婚姻関係にないのかが理解できない……。魔王様の押しが弱いのか?」
「何気に、双方に失礼ですわよ?」
この期に及んで喧嘩を売られている気がする。さらに言い返したくなるけど、ぐっと我慢して話のまとめに入った。
「これが私の半生ですわ。さて、このおしゃべりはここで終わりにしませんか? 充分戦果は得たでしょう」
何としても魔王の話に及ぶ前に切り上げたいため、私の情報を多く出した状態でそう提案した。こちらとしては、ロウの二つの指輪に関する情報を得られた時点で目的は達されている。
だが、彼にしても引き際だろうにすぐに頷かず、顎に手をやると探るような目を向けてきた。
「魔王様とのつながりがまだだが?」
「欲をかくと、身を滅ぼしますわよ? それに、もう切り札はないのではありませんか?」
ロウは家筋も確かで、性格から考えてもそれ一つで身を滅ぼすような秘密は抱えていそうにない。清廉潔白とまではいかないだろうけど、筋を通して生きてきたように感じた。賭けではあったけれど、思案顔で考え込んでいるロウを見ていると間違いではない気がする。
「なるほど……つくづく外交官に向いているな。うまく足下を見ている」
迷うところがあるのか、すぐに話を切り上げないロウに対し、淑女の微笑みを張り付けて威圧感を出す。外交官云々は分からないけれど、交渉ごとに向いているなら嬉しい。ロウで経験を積んで、ぜひ魔王によるストーカーの阻止に活かしたい。
ロウはしばらく私から視線をそらさずに考え込んでいたが、諦めがついたのか無念そうな表情で息を吐いた。
「仕方がない。深追いすると火傷をしそうだからな。それに、魔王様の地位を脅かしたいわけでもないので、大人しく引き下がるとしよう」
「えぇ、かしこい選択だと思いますわ」
内心の安堵を悟られないように余裕のある笑みを浮かべ続けていたら、ロウは口端を釣り上げた。犬歯がのぞき、野性的な笑みになる。
「魔王様とお前の関係は断片的な情報から推測するのも悪くない。それに、本当に情報が欲しくなった時は、私が身を滅ぼすような対価を差し出せばいいのだろう?」
「あら、探られると痛い腹がおありですの?」
「さてな」
ロウは楽しそうに肩を揺らして笑っていて、なんだかおもしろくない。試合に勝って勝負に負けたような、不燃焼な部分が残った。ロウの眼差しはいつしか柔らかくなっていて、それもまた居心地が悪い。
「リリア」
「……なんですの?」
「お前の能力も、交渉スキルも、軍部に欲しい人材だ。どうだ? こっちまで流れてくる気はないか?」
「お断りします」
流されていると言われたことを根に持つと決めたので、断固拒否する。するとロウはまた愉快そうに笑っていて、どこに笑うところがあったのか理解できない。
「まあいい。今日のところはここまでにしよう。さっさとこの空間から出せ」
その言葉で交渉は終了となり、守りの小部屋から出る。だが現実世界になった瞬間、目の前に水晶が現れた。反射的に腰を引いてしまい、背中を椅子にぶつける。
「きゃっ」
「なっ」
ロウも剣の柄に手を伸ばし、臨戦態勢に入っていた。
言わずもがな魔王の水晶で、テーブルの上で浮いている。すぐさまさっきまでの状況を思い出し血の気がひいた。私たちは守りの小部屋にいた。つまり、魔王からは視えない場所で、約束だった身につけているものを置くというのも破っている。
そして張り詰めた緊張感の中空間が裂け、私の隣にゼファル様が姿を現した。




