86.野望
ケヴェルンでの一件に関しては特に隠すこともないため、ざっくりと第二王子に連れ戻されそうになって魔王様に助けられたことを話した。城の上層部が騒がしくなっていたのは、王子への対応を協議したからだと思う。
もう終わったことなのと、前にスーに話して熱も冷めていたから淡々と語ったのだけど、ロウの口が半開きになっていた。ちょっと面白い。
「お前……それ、王子を殺してもいいレベルだろ。なんで正当防衛にかこつけて殺っとかなかったんだ。いや、それだと私の手柄が減る。そうと分かっていれば、ケヴェルン視察の護衛に志願したのに」
アイラディーテの王族に対する殺意が高すぎる。
「いや、別に殺したいわけではないので大丈夫です」
なんでこっちが宥める側なのか分からない。
「だが、今後もお前を狙う可能性があるのなら、監視も兼ねて護衛任務につけるよう魔王様にかけあうのもありか」
「なしです! 私が拒否しますからね!」
脊髄反射で拒絶してしまった。こいつが護衛として傍にいるなんて、守られるどころか全く気が休まらない。
「失礼だな。こう見えても腕は立つぞ」
「そういう問題ではありませんわ。精神的に休まらないと言ってるんです」
もうここまで来たら互いに本音を包み隠さず、好き放題言っていた。ここで私の話は終わり、お茶で一服する。
次はロウの番で、残っている話は彼の秘密である。全くもって聞きたくない。馬鹿な要求をしたなぁと思うけど、まさに後悔先に立たずだ。
「では次はこちらから。私には口にするのが憚られる野望はある」
もったいぶった言い方に、すごく嫌な予感がする。それを聞いたが最後、後戻りできないような危うさを感じたのだ。
「あの……やっぱりここまでにしません? お互い有益な情報を得られたわけですし」
「まだだ。お前と魔王の根底的な部分を明らかにできていない。それは私の秘密を明かすに足るものだ。なんといったって、魔王様の弱点だからな」
「ロウ、もし魔王様の害になるようなことをしたら、聞いた秘密をばらしますわよ」
「それはこちらも同じだ。この秘密は誰にも言ったことがない。もし外に漏れれば、お前を殺す」
その目はただの脅しではなく、本気だった。互いに真剣を心臓の上に突き立てているかのような緊張感。一突きで相手を葬れるところに立っている。
ロウもさすがに顔が強張っていて、ふっと自嘲気味に笑った。
「私には野望がある……」
そして、私から視線をそらさずに口を開く。
「 」
続けられた彼の野望を聞いた瞬間、ぞっと鳥肌が立った。野望自体はさほど問題ではない。人が聞けば大きすぎる夢だと笑うだろう。だけどその手段と語った目には狂気が宿っていた。
「狂ってますわ」
「上等だ」
吊り上がった口角に残虐性が滲んでいて、寒気が止まらない。なんとか落ち着かせようと甘くて白いゼリーを口にするが、喉を流れていくだけだった。正直味が分からない。
「なんだ応援してくれないのか? 可愛い夢だろ?」
「本気で言ってます? 初めてゼファル様のほうがましだと思いましたわ」
「へぇ、ご尊名で呼ぶとはずいぶん仲がいいではないか」
うっかり口を滑らせたことに気付いて心臓が跳ねた。こいつには些細な情報も渡したくなかったのに。
「そう言えば魔王様には就任直後から鏡の少女に心を奪われているという噂があった。あれはお前だな? そして、お前は貴族の所作を身につけてはいるが、時折庶民っぽさが出る。ずいぶん面白い人生を送ってそうだ」
口を引き結ぶ私を弄ぶように、ロウはじわじわと追いつめてくる。無駄に頭がいい彼は、私の口調と周辺の情報から一気に核心をついてきた。
「……さあ、話してもらおうか。お前の半生と魔王様とのつながりを」




