83.情報戦も一つの戦い
食器が片づけられ、デザートが並べられた。これもまた見たことがないもので、白いゼリーみたいなものと固めのケーキっぽいもの、他にも焼き菓子がいくつか乗っていた。ひとまず無難そうな焼き菓子からつまんでいると、給仕係が去るのを見計らっていたロウが「それで」と戦いの火ぶたを切る。
「前から疑問ではあったのだが、なぜ魔王様はお前なんかにご執心を? まさか心を操る術でも使っているのではないだろうな」
「そんな術使えませんわ。それに、私は式典で紹介されたとおり、人間と魔族の友和政策を進めるために招かれただけです」
表向きの筋書きを楚々とした表情で口にすれば、「はっ」と鼻先で笑われた。いちいち癇に障るやつで、固い焼き菓子を勢いよく噛み砕いた。甘さが控えめで変わった風味がするが、これはこれでおいしい。
「そんなものは後付けだ。お前は見たところ向こうで貴族教育を受けていただろう? そんなやつをアイラディーテが快く送り出すはずがない。そうなれば、罪人か魔王様が無理やり連れ去ったことになる。どちらにせよ、後ろ暗いものがあるということだ。話せないということは、そうなのだろう?」
花が浮かんだお茶を飲んでいるロウは、すぅっと口角をあげて嘲笑を浮かべる。私だけではなく、ゼファル様まで侮辱されては簡単に引き下がれない。だけど、事情が事情なため、敵意を持ったこいつに話したくはない。
どうすればうまく切り抜けられるかしら……。
私は一度落ち着こうと、花が浮かんだお茶を飲む。小さな白い花は独特な香りと味がして、昂る心を鎮めてくれる。すると、お茶は偉大というか、ふと言い切り返しを思いついた。
「わたくし、自分のことをぺらぺらと話す軽い女ではありませんの。どうしても聞きたいのであれば、対価を差し出してくださいな」
薄い笑みもつけて、侮られないように強気に出る。交渉にはいつだって仮面が必要だ。
「ほー。この私に対価を要求するのか。おもしろい。何だ?」
不遜に笑うロウの目がぎらついた。
なんで、そこで乗ってくるの!? これだから剣を振り回す人は分かんないのよ!
そう来られては引くわけにもいかず、なるべく無理難題を吹っ掛けるしかない。私は内心の動揺を気取られぬように、余裕の笑みを張り付けて要求を突きつける。
「そうですね。では、その二つの指輪と先祖のお話を……」
そして、最上級の笑みを浮かべて断られるであろう手札を切る。
「それと、ロウ・バスティンの墓場まで持っていく秘密をお話くださいな」
これでこの話は終わりねと、白いゼリーが入った器を手に取ったら聞いたことがない笑い声が飛んできた。驚いて顔を向ければ、ロウが腹を抱えて笑っている。どこに笑うところがあったのか分からなくて、目を丸くしてしまった。
「これほど愉快なことは久しぶりだ。リリア、外交官の素質があるのではないか? あらかたそう言えば私が引くと思ったのだろう。だが甘いな。その言葉を聞いて、ますますお前に興味を持った。いいだろう。我が家の話と私の心に秘める野望を話してやる」
「嫌です。聞きません」
本能が警鐘を鳴らした。聞いたが最後、後戻りできないやつだ。私が帰ろうと腰を浮かすと同時に、ロウがベルを鳴らす。ここの給仕係は優秀で、私が椅子を引いて一歩を踏み出すより前にドアをノックして入って来た。
さらに、私が「帰ります」と告げるのを遮って、ロウが言い放つ。
「今から密談をする。人払いを」
「かしこまりました」
「あっ、ちょっと」
私が軽く手を伸ばして「待って」と呼び止めようとしたが、無情にもドアは閉められ足音が遠ざかっていく。わざと足音をさせていく辺りが、ここが秘匿性の高い店だということを教えてくれる。ロウは何度かそういう目的で使ったことがあるのかもしれない。
さぁっと血の気が引いていく。これはまずい事態になった。
あぁぁぁ、私の馬鹿!
追い詰めたつもりが逆に罠にかけられていて、ゆっくりロウに顔を向ければ人の悪い笑みを浮かべている。ロウ相手では守りの小部屋に逃げ込むこともできず、向こうからどんな情報が出されるか分からない以上、こちらが圧倒的に不利だ。
自分の浅慮を激しく後悔した。
「さあ、リリア。暴き合いといこうではないか。情報は時に相手を殺す毒となる。私とお前、どちらの毒が強いかな?」
テーブルに肘をついて黒の皮手袋をした指を組んだロウは、最奥の間で待ち受ける魔王のように不敵な笑みを浮かべるのだった。




