82.白い泡のスープと次の戦い
ここで会ったのが私のせいだと言われ、いちゃもんをつけられた感じがして顔をあげれば、ロウは赤い唐辛子を何食わぬ顔で食べていた。見ているだけで口に辛さが広がる。
「私が疲れて幻覚でも見たんじゃないかと、あの後話が上官にも行って無理やり休みを取らされたんだ。まったくいい迷惑だ」
私は術を使って姿を消していたから、周りからは何もないところに向かって話す変人に見えたのだろう。なんだかいい気味で口元が緩む。それを見咎められる前に、言葉にしてしまう。
「それは見たかったですわ。でも、今日は本来休養日でしょう? 休みではありませんでしたの?」
「休みなど私には不要だ。上に行くためにも、私は実績を多く積まなくてはならないからな」
仕事バカなのねと生温かい眼差しを向け、興味を白いスープへと移した。正直、さっきの真っ赤なスープよりもおいしそうに見えなくて、手が出しにくい。ロウはまだ白い方には手を付けていないので、毒見役としても使えない。
この白い泡何なのかしら……。こう、昔見た虫の卵に見えなくもないのよね。
ふわふわした卵から大量に小さな虫が生まれたおぞましい記憶が蘇りそうになったので、慌てて蓋をする。食事中に思い出す光景ではない。
そしておそるおそるスプーンを白い泡に入れるとすんなり掬えた。スープは透明で下に野菜と海鮮が入っているのが見えて、具は普通だと安心する。
意外とおいしそうね。
これならいけそうと口に運び入れれば、白い泡は思ったより質感があって、ふわふわしていた。スープは優しい味で少し独特な香りがあるが、辛さに驚いていた口と胃に沁み込んでいく。まだヒリヒリは残っているから、味が薄く感じるのが残念だ。最初にこちらから食べるべきだった。
「おいしいわ。でも何が入っているのかしら」
白い泡も、その下に浮かんでいる実のようなものも見覚えがない。
「白いものは卵の白身を泡立てたものだ。あとは漢方といって、体にいい植物が入っている」
「え、これが卵? 面白いですね。健康的というのも嬉しいですわ」
そう言われれば滋味に富んでいるというか、体によさそうな味に思える。そして、疑問を口にすれば丁寧に答えるあたりに、生真面目さというか、堅物そうなところが見え隠れしていた。
癖になる味と言うか、なんだか嵌りそうだ。今度シェラかスーと一緒に来たい。が、こいつと鉢合わせするのは避けたかった。
「ねぇ、この料理が食べられるお店はここしかありませんの?」
「なんだお前、気に入ったのか? 我が領地にはたくさんあるが、王都ではここぐらいだな。もっと庶民的な店もあるんだが、それはここより辛い」
「それはもう食べ物じゃなくて毒ですわ」
自分の故郷の料理を気に入ってもらえたのに機嫌をよくしたのか、私の軽口も笑って流していた。
「他の料理も王都のものとは味付けが違うが、どれも体にいいものだ」
そう促され、他の料理も取り分けて食べてみれば、けっこうおいしくて目を丸くする。何より辛くない。炒め物や蒸し物と料理の種類も豊富そうだ。
「おいしいですわ。また来たいので、あなたが行かない日を教えてくださる?」
「安心しろ。そう頻繁に行くわけではない。仮にかち合ったとしても、他人のふりをしてやる」
「それはありがたいですわ」
棘の付いた言葉をぶつけあってはいるが、おいしい料理を挟んでいるからか普通に会話が続いていた。
言い方にさえ目をつぶれば、内容は案外まともなのよね……。
代々貴族家だというだけあって、会話の端々から教養を感じられるし食事中の所作も申し分ない。
そしてスープも他の料理も食べ終わり、デザートでも欲しいなとメニューに手を伸ばしたところで、視界の隅に何かが現れた気がした。注意を引かれて、そちらに顔を向けると見覚えのある水晶が……。
うえぇ!? ゼファル様の! なんで今!?
すぐにバツ印を送って消えてもらわなければロウに見られる。慌てて両手の人差し指でバツ印を小さく作れば、次の瞬間には消えていた。
「今の、監視の水晶ではないのか……?」
だが、ロウが見逃しているはずもなく、昨日術を使っているとバレた時のような鋭い視線が向けられていた。明らかに怪しんでいて、私は令嬢の微笑みを装備する。下手なごまかしは足をすくわれるので口にしない。
「監視の水晶は遠見……つまりは空間魔術。それもリリアがいる場所に的確に出現させるほどの術者となると……魔王様しかいないな」
「頭の良い方はこれだから嫌いなのですわ」
観察眼に優れているというか、一瞬の事実だけで正解にたどり着いてしまった。そして二マリと嫌な笑みを浮かべると、私が見ようとしていたメニューを手に取ってベルを鳴らす。
「お前にはまだ聞くことがあるようだ。おいしいデザートでも食べながら、ゆっくり話そうじゃないか」
「話す筋合いはございませんが?」
交わった視線に火花が散る。次の戦いが始まった。




