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78.三人の夜

 夜になり、城が静けさに包まれた後でもシェラの仕事は終わらない。主人であるリリアの髪と肌の手入れをした後は、魔王への定期連絡だ。ちょうど今日は報告したいこともあったので、いつもより早めの時間に訪れれば先客にヒュリスがいた。


「シェラ、ちょうどいいところに。いいワインが手に入ったから開けたところだ」


 二人は向かい合ってソファーに座っており、間にあるテーブルには琥珀色のワインがグラスに注がれていた。ゼファルは指先で空間を割いてシェラの分のワイングラスを取り出して注ぐ。


「魔王様、お気遣い痛み入ります」

「かまわん。明日は休みだからな」


 二人は魔王に就任してから公私を支えてくれたため、ゼファルは頭が上がらない。配下ではあるが、心強い仲間でもある。ヒュリスの隣に座ったシェラは魔王からワイングラスを受け取って一口飲むと、花畑のような芳醇な香りと弾ける果物の味わいに目を見開いた。シェラは家柄、仕事柄高級ワインを口にする機会は多かったが、これほど鮮烈な印象を残すワインは数えるほどだ。


「すごいですね……おいしいです」

「だろう? 東の部族に伝わる製法を取り入れたらしい」

「東と言うと、第一王子がお守りになっているところですよね。最近動きはどうなんですか?」


 シェラはほとんど政治面に関与しないが、王族のことは仕事にも関係するので把握しておきたいのだ。ゼファルはヒュリスに視線を向けてから、シェラへと顔を向ける。


「それが、部族と休戦協定を結んだらしく、このワインはその証だそうだ」

「休戦協定? 東はそこそこ頻繁に小競り合いが起こっていたと記憶しておりますが」

「あぁ……だから、そう長くはもたないだろうが、書簡にはこの間に兵の練度を上げるために演習を行う予定と書かれていた」


 歴史的にも休戦協定を結んでは破り、破られを繰り返して来ている。そのため、ゼファルもヒュリスも互いに軍備増強のための期間にするのだろうと踏んでいた。

 ヒュリスはワインを一口飲むと、悩ましそうな表情でグラスをテーブルに置く。


「部族との紛争も一気に片が付くといいのですが、全く進みませんね」

「こればかりはな」


 ゼファルはつまみのナッツを頬張ると、「それで」とシェラに話題をふる。


「リリアについて報告があるのだろう?」


 ここ数日、ゼファルは仕事量が一気に増えたため、しっかりとリリアを見ることができていなかった。せめてもと朝食か夕食は一緒にとろうとするが、それすらできない日もあった。今も寝顔を覗きたい衝動を必死に抑えている。


「はい。この一週間はスーが出張に行っているので、少々寂しそうではありますがお仕事に打ち込んでいらっしゃいます」


「すっかり女官の振る舞いが板についてきて、俺の専属秘書になってほしい」


 お酒が入っていようかいまいが、いつも口にしている言葉に二人は苦笑いになる。シェラは軽く流すと、報告を続ける。今日は重要な話があるのだ。


「それで本日のことなのですが、ロウ・バスティンと話をしたようでして」

「ロウ・バスティン……?」


 シェラがその名を出すと、魔王とヒュリスが何か気にかかった顔を見合わせたが、言葉は続かずシェラの話を待つ。


「はい。リリア様がお仕事から帰ってくるなり、興奮した様子で話してくださったのですが……彼は、守りの小部屋に入ったリリア様が見えるそうです」


「……は?」


「……え?」


 一拍間があってから口にされた言葉に、二人は一瞬反応が遅れた。予想外だったようで、驚きが顔に広がっている。実際シェラもリリアから聞いた時に同じような反応をしたため、気持ちはよく分かった。


「なんでも、幻術無効の指輪と空間魔術に関する指輪を持っているらしく、後者の指輪の影響と伺いました」

「幻術無効の指輪だと!? バスティン家にあったのか!」


 第二王子の一件であればいいのにと願ったものが、思わぬところから出て来てゼファルは目を剥いた。喉から手が出るほど欲しい。ヒュリスも顎に手をやって思案顔になっている。


「う~ん。ぜひ現物を見て、もう一つ作れるものなら作りたいですが……難しいでしょうね」

「あぁ、無理だろうな。軍務卿が大人しく差し出すはずがない」


 軍務卿は過激派の中では話が通じるほうだが、根本の部分で折り合いがつかないため仕事上利害が合えば力を貸してくれるが、個人的な頼みなど一蹴されるだけだろう。


「ですが、重大な情報ですね。リリアさんに感謝です。これで、もしもの時にロウ・バスティンを効果的に使うことができます。それと、空間魔術に関する指輪のほうは詳しく聞いていますか?」

「そちらはよくわからないようで、空間魔術を発動させるものなのですが、多少は影響を薄くできるとかなんとか。リリア様の姿が見えていたのは確かだそうです」

「なんだその指輪、くれ。それがあれば隠れたリリアを見つけることができる」


 心の声が駄々洩れのゼファルだが、「あっ」と何かに気付いた表情になってヒュリスに顔を向けた。ヒュリスも分かったのか、何度か頷く。


「夕方ぐらいに、ロウ・バスティンの上官から近い遠征に彼を入れてやってほしいと上申があったんだ。詳しく聞けば休みも取らずに働き、内政ばかりでストレスが溜まっているようだと返って来たんだが、リリアとのことが原因だな」

「きっと幻覚でも見ていると思われたんでしょうね……」

「まぁ……それは、なんだか申し訳ありませんね」


 術の思わぬ影響に、それぞれ微妙な顔でワインに口をつけた。特にゼファルは術の完成に一役買ったので、責任を感じなくもない。


「本人の意向に沿うならかまわないと返したが、もうすぐ西の遠征部隊が編制されるからそこの隊長でも任せるか」

「あぁ、西は膠着状態で苦戦していますからね」


 ゼファルは「そうだ」と頷き、少し間があってから不安そうな声でシェラに問いかけた。


「それで、リリアはその男について他に何か言っていたか?」


 聞きたいような聞きたくないような表情で、その恋心が分かっているシェラは安心させるようにふわりと微笑んだ。


「そりが合わないようで、リリア様にしては珍しく声を荒げていましたのでそういう心配は無用かと」

「そうか! それならいい」


 ゼファルは一転晴れやかな表情になり、グラスに残ったワインを飲み干した。そこから話は最近のリリアの変化となり、ワインの瓶が空くころにはリリアへの賞賛となっていく。慣れた二人は早めに潰して解散しようと、度数の強い酒を出すというリリアの前ではしない暴挙に出るのだった。


 こうして休みの前夜が終わり、ゼファルは翌日二日酔いに苦しむのである。

 


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