77.ある意味天敵
ロウから先祖なんて言葉が飛び出したせいで、目を丸くしてしまう。先祖なんて夜会で父親の自慢話に出てきたぐらいで、日頃口にすることも考えることもない。馬鹿にしてるのかと思ったけど、いたって真面目な表情だから開いた口が塞がらない。
反対に向こうが侮辱されていると受け取ったようで、目が吊り上がった。
「我が先祖を愚弄する気か。お前の術を見破れたのも先祖のおかげだ」
「それ……どうやってですか。ご先祖様は素晴らしい方だったんですか?」
取ってつけたような褒め言葉を口にしたくなかったけど、これは聞いておかなくてはいけない。
負の感情が邪魔をして最上級の褒めはできなかったけど、彼は気をよくしたのか自慢気に左手を胸の前に挙げた。
「これも何かの因果か、見せてやろう人間」
尊大な口調で声も低く深みがあるため、彼の方が魔王っぽい風格がある。
ほんと、何様なの……。
ロウは左手で右手の革手袋を外し手の甲を見せてきた。その長い中指と人差し指に指輪が嵌っている。
「その指輪が何か?」
話を早く終わらせたくて尋ねたのに、見て分からんのかと口端を上げて小ばかにしてきた。
「一つは代々伝わる幻術を無効にする指輪だ。そしてもう一つが、空間魔術の影響を抑える指輪だ。こっちは術を発動させるためのものだが、ある程度空間魔術を見破ることもできるようだ。つまり、私にお前の術は効かん」
鼻高々と語られ、私は理想的な淑女を総動員して動揺を悟られないように注意する。私の守りの小部屋が通じない人がいるなんて思いたくないが、事実だからどうしようもない。
「……そうなんですね。そういう指輪は一般的なんですか?」
「まさか。これは苦難を乗り越えられたご先祖様が、人間に対抗するためにと作られたものだと聞く。ゆえに家宝と呼べる品なのだ」
「すばらしいですねー」
しまった、愛想と語彙が逃げ出した。
まあ、そうそうあるものじゃないみたいだし、それほど警戒する必要もないわね。ひとまず、こいつの近くで術を使うのはやめておきましょう。
「これで格の違いがわかっただろう、人間。お前はうろちょろせず、身の丈にあった生き方をしろ」
どこまでも偉そうで、せっかく小さくなりかけていた怒りの炎に風が吹き込まれた。
「貴方に言われる筋合いはないですわ。魔族の軍務卿の息子さん!」
人間と呼ばれるのが癪に障ったので、嫌味たっぷりで返す。不思議と負けず嫌いの私が刺激されて、引き下がることはできなかった。
軍務卿の息子は眉を吊り上げ、一瞬で好戦的な表情になる。知的な顔の中に獰猛さが見えた。
「無礼な。私はロウ・バスティンだ」
「へぇ、ロウ・バスティン。私にもリリアという名前がありますの。まさか、人間一人の名前も覚えられないわけないですよね?」
「様をつけろ」
「私は人間ですので、魔族の階級外ですわ。様をつけて欲しければ、敬われるよう努力なさってくださいな」
嫌われたところで何の害も無い相手だからか、いつもなら胸の内に留めていた言葉がスラスラと口から滑り出ていく。挑発的な微笑もつければ、ロウの頬がひくついて舌打ちをした。品のない行動をするほど追い詰めたことに、胸のすく思いになる。
「……この私に対して引かないとはいい度胸だな。武人であれば、一騎打ちを申し込むものを」
「あらぁ、か弱き乙女に武力で勝負しようとなさるんですか? 口で勝ってごらんなさいな」
腕っぷしはないけど、口はそこそこ立つ。相手への煽り方は下町仕込みだ。わざとらしい令嬢口調も彼の神経を逆なでているだろう。
ロウは怒鳴りつけたいのを我慢しているのか、頬が紅潮し始めた。私を睨みつけていて、殺気じみているけどヴァネッサ様で心臓は鍛えられている。
「いいだろう。リリア、お前に人生の敗北を教えてやる」
「受けて立ちますわ。吠え面をかかないでくださいね!」
ほぼ決別の状態で、私は「さようなら!」と言い捨てて彼の横を通り過ぎ、部屋を後にした。とても清々しくて、気持ちがいい。
あ~、言いたいことが言えるって最高!
私は上機嫌で、人間研究部へと戻るのだった。




