76.軍務卿の息子による尋問
無言で突き進んで行ったのは彼の領域である軍部で、私はやってしまったと逃げたい気持ちでいっぱいだ。
なんでこいつは見えてるのよ! 言動だけじゃなく、能力? 体質? なんか分かんないけど全部ムカつくわ!
まずい状況になったことから目を背けたくて、悪態をついてしまう。どうすればうまく切り抜けられるか精一杯考えるが、何も案が浮かばない。そのうちに部屋へと入り、ドアが閉められた。
甲冑が並ぶ部屋で物置らしく、人は滅多に入ってこなそうだ。彼はドアの前に立っていて、しっかり退路を塞いでいる。頬に傷があることもあって、凄まれると心臓が縮み上がりそうになった。
「そんな威圧的な目をしていたら、女の子に逃げられますわよ?」
虚勢を張るが内心ビクビクで、一瞬窓から逃げられるかなと顔を向けたがここが二階だったことに気付く。
「怪しい人間を尋問するのに情けは無用……」
そう言うなり手を伸ばしてきて、私は反射的に横に避けるがそれより彼の手が伸びるほうが早かった。蛇のように追って来て、捕まると思ったのにその手はすり抜けた。
「ひゃぁっ」
びっくりしすぎて心臓が飛び跳ねる。舌打ちが聞こえて、不愉快そうな声がした。
「いい加減その術を解け」
「……わかりました」
不承不承、守りの小部屋から外に出る。私の視界は変わらないけど、これで周りから認識できるようになった。なぜかこの男には効かなかったけれど。
これは、理由を突き止めておかないと、今後対策が必要かもしれないわ。
せっかく危険な時に身を隠せるようになったのに、敵に見つかる可能性があるなら意味がないからだ。
「……失礼する」
彼は小さく呟くと、私の腕に手を伸ばす。意図が分かったので避けなかったら、腕を服の上から掴まれた。皮手袋の固い感触が伝わり、すぐに離れる。
「幻術ではなく空間魔術のほうか……何が役立つかわからんな」
一人でぶつぶつと呟いているので、もういいかなと声をかける。
「あの、何かおわかりなったのなら、帰ってもいいですか? 仕事が残っているので」
二人で話すなんて私の精神衛生上よくない。
「いいわけないだろう。なぜ格式高い王宮で魔術を発動させていた? どこかに忍び込んで向こうに機密情報でも持って帰ろうとしたんじゃないか?」
騎士の仕事柄か、詰問する口調は鋭くその視線は剣の切っ先を突きつけられているようだ。ヴァネッサ様とはまた違う威圧感と緊迫感で、怯みそうになるのを懸命に耐える。
「……言いがかりです。そんな間諜の真似事をするわけがないでしょう」
的外れもいいところで苛立つ。鼻から疑われていることが許せなかった。
「人間らしい言い方だな。こっちではスパイという、覚えておくといい。それで、忍び込む目的ではないならなぜこの術を? 返答によっては、魔王様の情人であっても容赦はせん」
「情人!?」
ずいぶん古めかしい言い方で、いわゆる恋人とか想い人の意味だけど、あまりの馬鹿さ加減に叫んでしまった。
「図星か?」
「違います! 貴方の言葉があまりにも古くて驚いただけですし、そういう関係ではありません!」
「は? 違うのか? なぜ?」
逆に問われて、こっちが「は?」だ。こいつの頭の中で決定事項としてあったところがまた腹が立つ。その問いの答えは持っていないので、黙ったまま視線をそらさずにいたら、「まあいいか」と、向こうが視線を外した。ちょっと勝った気になる。
「……で、なぜあの術を?」
しつこい。納得がいく答えを聞くまで繰り返しそうなので、ここははっきりと言ってやることにする。
「貴方がいたからですよ。会いたくない人がいたら、避けるでしょ」
嫌われていて印象が最悪であることは分かっているので、今さら恐れるものはない。敵意を隠さずに伝えれば、さすがに少しは心が動いたのか眉間に皺が寄った。
「……相変わらず人間は卑怯だな。正面から立ち向かわらずにコソコソと逃げ隠れする」
「だから、人間でひとくくりにしないでくださいます? 何を根拠に卑怯とおっしゃるんですか」
偏見を向けられることは他の魔族にもあるが、ロウの言い方には憎しみが混ざっている気がする。言い返さずにはいられなかった。
「ご先祖様の手記だ」
「はい?」
思わぬ方向からの返答で、素っ頓狂な声を上げてしまった。




