74.お土産話はケーキほど甘くない
「えぇぇぇ!? 元婚約者が連れ戻しに来たの!?」
前半の仕事体験のところは興味深そうに、時折質問をして聞いてくれたスーだったけど、侍女に化けた王子が出たところで血相を変えて叫んだ。
「ちょっと、声が大きい!」
テラスに他のお客さんはいないとはいえ、慌ててしまう。
「ごめんごめん。ちょっとびっくりしすぎて……」
謝ったスーは顔を近づけて声を潜めた。
「でも、元婚約者ってたしか第二王子よね」
「うん。いたのよ、ケヴェルンに」
「えぇぇ、ありえない。気持ち悪い」
唇を曲げて不快感を示すスーを見たら、胸のすく思いになる。向こうでは馬鹿でも第二王子なので、それなりの敬意をもって扱われていたけれどスーには関係ない。
「本当に怖かったわ」
「でも、勝手に婚約破棄しておいて何で今さら?」
「なんか……国策として私が必要となったそうよ」
予言云々はさすがに話せないので、当たり障りのないように伝える。それを聞いたスーはさらに嫌悪感を露わにしていて、やだやだと首を横に振る。
「自分の都合でリリアを振り回して最低じゃん。ひどいことされなかった? 私も行けばよかったわ。一発、いや十発くらい殴らないと気が済まない」
「スーがいたら心強かったでしょうね。まぁ、ギリギリのところで魔王様が助けてくれたから大丈夫よ。怪我もしてないわ」
「きゃぁ、素敵」
ぱぁっと花が開いたように明るい顔になって目を大きくしているスーは、お茶会でよく見た女の子の表情になっていた。身を乗り出して、「ねえねえ」と抑えられない好奇心を口にする。
「この視察で距離が縮まったんじゃないの?」
「……距離、ねぇ」
そう言われると、見られていた時点で物理的な距離を通り越して近すぎるほどで、対照的に心理的な距離は両国間ぐらいあった気がする。それが縮まったかと言われれば……。
「以前よりは親しく? なったかもしれないけれど……スーが期待しているようなことはないわよ」
親しいが疑問形なのは、ストーカーが生き甲斐だと豪語する魔王に対して流すようになったというか、慣れてしまったのを親しいと認めたくないからだ。出会った当初より自分の気持ちをはっきりと口に出せる関係性になっていても、そこにいわゆる恋愛的な甘さはない。
「え~。助けてもらってキュンってしなかったの? 絶対かっこいいじゃん」
「……それどころじゃなかったわよ」
闇の中で孤独に死ぬんだと追いつめられていたのだ。恋愛小説に出てくる胸のときめきはなく、あれは安心感だった。
あー……そういえば、抱きしめられてドキドキしたけど、あれは驚きと恥ずかしさというか。
思い出すとまた顔が熱くなった気がする。雑念を振り払うべく、氷が小さくなった果実水を一気に飲んだ。
グラスをテーブルに置いて視線をスーに戻すと不満そうで、唇を尖らせて疑わしそうな目で見ている。
「ん~。魔王様にすれば絶好のチャンスだったと思うのになぁ。国民としてはそろそろ結婚とかお子様とかの慶事が欲しいのに」
「え? でも、王位は世襲じゃないからお世継ぎいなくてもいいんじゃ」
「も~、リリアはそういうところがご令嬢なんだから。私たちが求めるのは、甘酸っぱい恋物語なの。王族の恋物語は人気があるのよ?」
「あぁ……。有名なのは劇になることもあるわね」
見たことはないけれど、教養として身につけた知識の中に昔の王族の恋愛を元にしたものがいくつかあった。
というか……ストーカーが大半の話になるから、恋愛物語とは言えないんじゃ。
何にせよ、自分の話が人々の娯楽になるなんてとんでもないことだ。恥ずかしくて顔を上げて歩けない。
「まぁ、その辺りは魔王様とアーヤさんの頑張りに期待するとして……私リリアに賭けてるから、個人的にも頑張ってほしいな!」
そこでアーヤさんの名前が出てくることに嫌な予感しかしない。ジャーナリストの使命を胸に情報を集め、執筆活動に勤しむ彼女がどう関わるか考えたくない。だけど、それ以上に聞き捨てならない言葉があった。
「賭けてるってどういうこと?」
「そのままよ。魔王様の結婚相手を予想する賭けがあるの。リリアは知名度も低いから、今のところ倍率がおいしいのよね」
「待って、スー?」
目の色が変わったスーに、なんだか売られた気分になる。スーの新たな一面を見てしまって衝撃を隠せない。
「リリア、私を勝たせてね!」
「え、うん。がんば……これはちょっと頑張れないわ」
大好きな友達のためなら力になってあげたいけれど、それとこれとは話が別だ。私が真顔になって断ると、スーは声をあげて笑った。
「真面目なんだから。ごめんごめん。真剣に考えなくていいよ。ただの遊びだから。ほら、次のケーキ注文しよ? 新作が出たって」
屈託なく笑うスーにつられて、私も笑みを零した。しかたないなぁという呆れが混じった笑顔だ。
「魔族はほんと賭け事が好きなんだから……ほどほどにしてよね」
「はーい。もちろん勝ったら、そのお金はリリアに使うからね!」
「遠慮するわ」
二人で見つめ、また笑いだす。気安い距離間の友達で、魔王とはまた違う。
新作のケーキを頼んで、おしゃべりを楽しむ。話題は尽きなくて、おいしいケーキがさらにおいしくなった。
あ~、やっぱりここが落ち着くわ。
スーとおしゃべりをして、お城の部屋でくつろいで、研究部で仕事をする。いつかはケヴェルンや他の町で暮らすかもしれないけれど、今はやっぱりここにいたい。
ケヴェルンを立つ前日の夜に、お酒を交わしながら魔王に言った言葉がさらに強く感じられるようになっていた。親しくしてくれている皆のために何かしたい。
そう思えるようになったことが嬉しくて、くすぐったくて、胸にあふれる喜びから自然と笑顔になる。その胸の温かさと、ケーキのおいしさに心地よさを感じるのだった。




