73.ケヴェルンからのお土産
ケヴェルンから魔王の瞬間移動で帰り、たっぷりと一日休んだ翌日。ちょうど休養日ということもあって、お土産を渡すべくスーと王都のカフェでお茶を飲むことにしたのだった。
最初に王都を案内してもらってから、何度も足を運んでいる伝統的なお菓子を出してくれるお店で待ち合わせた。シェラは近くで待機していてくれて、護衛も何人か隠れている。警護の数が増えており、仕方がないとはいえやや窮屈だ。
「リリア! おかえり!」
店に近づけばテラス席でスーが手を振っていて、私も笑顔で手を振り返す。おかえりと言われて、心にじんと来るものがあった。
なんだか、すごく嬉しい。
昨日城の侍女たちに「おかえりなさいませ」と迎えられた時も思ったが、すごく落ち着くのだ。
「スー! ただいま!」
だから、私は満面の笑みでそう返した。
二週間と少し離れていただけなのに、スーと会うのは久しぶりな気がする。きっと濃い二週間だったからだろう。
店員に先導されてテラス席につくと、すぐに果実水が出された。歩いて少し体が熱くなっていたから、冷たい果実水が喉を通って気持ちがいい。ケーキをいくつか頼んで、一息ついた。
「ケヴェルンはどうだった?」
スーは元気そうで、変わらない距離感が心地よい。
「面白かったわ。それで、お土産があるの」
「え、いいの? ありがとう!」
手提げ鞄の中から小物たちを取り出して、テーブルの上に並べた。行きに立ち寄った町で見つけた銀細工のネックレスとケヴェルンで買ったアイラディーテの技術が取り入れられたペンだ。これらをスーの反応を考えながら選ぶのも楽しかった。
スーはキラキラした顔で、一つ一つ手に取って見ていく。
「そのネックレスは少数民族のデザインが取り入れられているらしくて、持っていると幸運が訪れるんですって」
「へぇ、あの辺りは昔小さな部族が集まっていた地域だったもんね。だいぶ融合したって聞いたけど、こういう形で残ってるんだ」
スーはアイラディーテに縁がある品を収集する過程で、自国のものと見極めるために各地の風土や部族の文化についても見識を深めたという。知識量ではアーヤさんには負けるというけど幅広く知っていた。
「こっちのペンはアイラディーテでも人気のインク続きがいいものなの。それをさらに改良したらしいわ」
「仕事でペンはよく使うから嬉しい! 今のはすぐにインクがかすれるのよ」
半年ほど前にその技術を持った職人がケヴェルンに来たらしく、そこから開発が進んだとお店の人が言っていた。
「後は研究部の皆で食べられるお菓子を買ったから、明日持っていくわね」
「気を使ってくれてありがとうね。私も来月出張があるから、たくさんお土産を買ってくる」
「そうなの?」
初耳でびっくりして聞き返すと、えへへと照れた笑いが返って来た。
「実は数日前に言われてね。森の集落跡で大量の遺物が出てきたらしくて、調査チームが組まれたの。そこに入ることになったんだ。けっこう有名な学者が多くて緊張するわ」
「へぇ、すごい。がんばってきて」
スーはアイラディーテの物品が専門だが、ミグルドのものも幅広く知っているから抜擢されたのだろう。
「だから、一か月くらいは私の業務を代わりにしてもらうことになると思う」
「わかったわ。任せて!」
「助かる!」
ひと月ほど会えないのは残念だけど、スーが活躍の場を広げたことは純粋に嬉しい。私がスーの分も頑張ろうと気合を入れていたら、ケーキが運ばれてきた。
スーはお土産を鞄にしまってケーキを手前に引き寄せる。最初はこの店の売りである、伝統的なケーキをいただく。シフォンケーキのトッピングはアレンジができて、私は砕いたナッツ、スーはドライフルーツがお気に入りだ。
一口食べて、「おいしい」と呟いたスーは、私に視線を向けると「でもね」と話を続ける。
「一番よかったのは、リリアが帰って来てくれたことなの」
スーはいつになく真剣な様子で、私は意図が読み切れなくて首を傾げてしまう。
「だって、ケヴェルンが気に入ったらそのまま住んじゃったかもしれないじゃん。だからちょっとドキドキしてたの」
思ってもみなかったことを言われて、その考えが全くなかったことに逆に気づく。
……そっか、私最初から帰る前提でいたんだ。
もちろんケヴェルンには将来の選択肢を見に行く目的で行ったし、真剣にそこで住むならどうするかを考えた。今後も選択肢の中には入ってくるだろう。だけど、今すぐという話ではなかったのだ。
スーの心配を聞くと、気楽にお土産を買っていた自分が恥ずかしくなる。思い返せばケヴェルンの最終日に、魔王が探るような目で私にケヴェルンに住むかどうかを聞いたのはそのまま定住する可能性があったからなのだろう。
そんなこと、全く言わなかったのに……。
素直に気持ちを口にするスーを通して、魔王の心中が透けて見えてしまった。
「不安にさせてごめんね。もしケヴェルンに行くとしても、仕事を中途半端にしたまま行くことはないわ」
「そっか~。よかったぁ」
スーは表情を和らげて、冷たい果実水を飲む。それほど大切にしてくれていることが伝わって、心がくすぐったくなる。口元が緩むのを我慢できなくて、隠すようにグラスに口をつけた。
「それで、ケヴェルンでは何をしたの?」
「ん? あ~、なんか色々あってね……」
「わぁ、リリアの色々って怖い」
乾いた笑みを浮かべたからだろう。波乱を察知したのか、興味半分怖さ半分の顔をしているが目は続きを促している。
スーには何度かおしゃべりをする中で、アイラディーテでの生活やこっちに来ることになった経緯も全て話していた。気心知れた友達だからこそ、聞いてほしくなる。
私はケヴェルンで起こった出来事を、順を追って話していくのだった。




