68.自分の力を使いこなすために
私の声……魔王様に届いてたんだ。
あの時は必死で、縋る思いで名前を呼んでいた。それが届いていたなら嬉しい。
「それで、一か八か壁のように感じたところを割った」
「こちらからは急に消えられたように見えましたが……」
「空間の狭間も壁も目には見えないからな。俺もリリアの魔力があったから感知できただけだ。リリアが見つかるか不安だったが、あの場所から動かずにいてくれたおかげで見つけられた」
そこからは私も知っている通りだ。聞けば聞くほど大変だったことが分かってきて、心苦しさを感じた。もとはといえば、私が王子に着いて行って、よく分からない術を暴発してしまったせいだ。
「あの……手間取らせて申し訳ありませんでした」
耐えられず謝罪の言葉を口にすると、魔王は勢いよく首を横に振った。
「謝らなくてもいい! リリアは何も悪くないし、俺はリリアが消えても見つけられるって分かったから万々歳だ!」
私の気を楽にしてくれようとかけられた言葉だが、ひっかかりを覚えた。
「私が消える……そういえば、魔王様は見つけられなかったって」
さっきは聞くだけで精一杯だったけど、一度立ち止まってあの術を考えてみる。あまり頭の回転は速くない私でもすぐに理解できた。期待に目を大きくする私とは反対に、魔王はしまったという顔をしている。
「つまり、この術を使えば魔王様のストーカーから逃げられるんですね!」
「やめてくれ! リリア不足で死んでしまう!」
「私、この術究めます!」
そう断言したとたん魔王は悲壮な顔になり、少し意地悪な気持ちになってしまった。いつも、いや昔からストーカーされていたのだから、これくらいの意趣返しは許されるだろう。
魔王はがくりと項垂れていて、そうとう堪えているようだ。
「だから……言いたくなかったんだ」
ここに来て、ようやく何を魔王が言いにくそうにしていたのかが分かった。たぶん私にこの力があることを分かっていたんだろう。ある意味天敵の力が。その答えに至った時、思わず本音が零れ落ちた。
「自分勝手すぎません?」
魔王には色々感謝しているが、それを引いても余りあるぐらい迷惑をかけられている気がする。
「正論ですね。これを機にリリア様離れしてみては?」
そこにシェラが華麗な追撃を決めてくれた。魔王はすっかりしょげていて、私は声をあげて笑ってしまう。
「リリアが笑ってくれるのは幸せだけど、見られないのは無理……いや、ここは俺が空間の狭間も視られるようになれば」
諦めるつもりは毛頭ないらしい。常に前向きな魔王に、私は続いて湧いて出た疑問を投げかける。
「ということは……魔王様がこの術について教えてくださるのですか?」
ただでさえ空間魔術を使う人は少ないし、魔王は天才だと言われている腕前だ。
「まあ……もしリリアが狭間から出てこられなくなっても、俺なら見つけ出せるからな。けど、教えたくない」
まだ拗ねているのか、ふいとそっぽを向く魔王25歳。少年で精神年齢が止まっているようだ。だが、私も心穏やかな日常を手に入れるため、諦めるわけにはいかない。
「お願いします魔王様。危険な時に隠れられるから、絶対役に立ちます」
「……俺が守る」
「でも、いつ何があるか分かりませんし」
「なら、ずっと傍にいればいいだろ」
魔王だってそれが現実的ではないことくらい分かっているだろうに、意地を張っているようだ。それほど見られないのが嫌なのか、ちょっと理解ができない。
今だって私が拒否することもあるのに……。
じーっと目に「お願い」と書いて見つめていると、シェラが耳打ちをしてきた。すばらしい助言でにんまりしてしまう。私は顔を少し傾けると、上目遣いになって甘える声を出す。
「ゼファル様、お願いします。必要な時しか使いませんから」
「うっ……」
魔王は短く呻くと、ゆっくりこちらに顔を戻した。何かを恐れるような表情が、一瞬で悔やんだものになる。
「無理、可愛すぎる」
相手が揺らいだ隙を逃す私ではない。
「ゼファル様だけが頼りなんです」
ここで夜会や茶会で見てきた令嬢たちの猫なで声全開の媚が参考になるとは思わなかった。さすがに真似はできないので、だいぶ薄めて再現している。
魔王はしばらく眉間に皺を寄せて考え込んでいたが、大きく息を吐くと不満そうな顔になった。
「分かった……。だが、もし術を使う時は、そうだな……髪留めかネックレスでもいい。何か身につけていたものをその場に置いてくれ。急に消えられると、心臓に悪いから」
「分かりました!」
「あぁ、いい笑顔。リリアが生き生きとしてくれるなら本望だよ」
力なく笑う魔王はいつも私の気持ちを否定せず、願いを叶えようとしてくれる。
本当に、優しい人。
それがどれほど難しいことか、私はよく知っている。
「魔王様、ありがとうございます……」
だから、心の底から感謝の気持ちを伝えたのだけど微妙そうな顔をされた。そして時間が来たようで、魔王は後ろ髪引かれる様子で公務へ向かって行った。私は午前中は休んで、午後からまたケヴェルンを散策するつもりだ。
「リリア様、午前中は刺繍でもいたしますか?」
「そうね……もう少し腕を上げたいわ」
手作りの品が魔王に有効なのを知ってからは、いつか切り札にするため満足のいく作品を作ろうと頑張っている。今のところ木箱の中に眠らせるものばかりで上達もさほどしないけど、苦にはなっていない。
魔王様、喜んでくれるといいな。
また助けてもらったし、今度魔術も教えてもらうからそのお礼に何か贈りたい。私は自然と顔を綻ばせ、自室へと戻るのだった。




