67.私の力
「リリアはな、空間の狭間に留まることができるんだ」
「空間の狭間?」
空間魔術の一種だろうなと予想していたけれど、狭間という概念はピンとこない。
「今まで、不自然に無視された経験はないか? ずっといたのに、いないと言われて怒られたとか」
「あ……あります」
伯爵家にいた時、同じ部屋にいるのに皆私と目も合わせずに素通りされたり、使用人の一人が部屋に来たのに何も指示をくれず、そのまま部屋でぼんやりしていたら後でなぜ部屋にいなかったのかと怒られたりしたことがあった。嫌がらせだと思っていたけれど、まさかと可能性に気付く。
「その時いたのが空間の狭間だ。こちらからは見えなくなる」
「え、でも。あの時は真っ暗でしたよ?」
「ん~、想像だが。昨日は拒絶の感情が強かったんじゃないか? 術者の感情はイメージにつながり、術にも影響を与えるからな」
そう言われて、昨日のことを思い起こす。迫られて怖かった。王子に消えて欲しくて、自分も逃げ出したくて、思いっきり拒絶したのだ。
そういえば……伯爵家でも一人になりたいって思った時に起こったわね。
他の人と距離を取りたくて、ふとんを被るように外とのつながりを断ちたいと思っていた気がする。
私が記憶から情報をかき集めて考えていると、シェラが「あっ」と声を上げた。
「魔水晶のせいで魔力が上乗せされたからではないですか? 術自体が上位のものとして発動したのかもしれません」
「あっ……そういえば割れたわ」
真っ暗な闇に閉じ込められた時、ネックレスの魔力が影響した可能性も頭にあったのに、その後のごたごたですっかり飛んで行っていた。
「よかれと思って渡したネックレスが仇となったのか……。あの時はどれだけ遠視で探してもリリアが見つからなくて、発狂しそうになった」
「え、じゃあどうやって……?」
ストーカー魔王のことだから、いつものように鏡で私を見つけて助けに来たのかと思っていた。純粋な疑問で問い掛けたら、一瞬魔王は固まってにこりと不自然な微笑みを返された。
「リリアへの想いが強かったからだな」
「魔王様……?」
さすがに騙される私ではない。ゆるりと唇で弧を描いている魔王はやましいことがあるようで、無言の圧力をかけて見つめつづけた。そこにシェラも加わってくれる。
魔王はすぐに根を上げ、怒られるのを怯える子どものような表情で白状した。
「リリアの髪を使ったんだ」
「髪……?」
反芻した瞬間、髪を一房握る魔王を想像してしまい鳥肌が立った。顔が引きつり、「ストーカー」と無意識に呟いていた。私の反応に慌てふためいた魔王が、椅子の音をさせて立ち上がる。
「違う! 別に集めていたわけじゃない! 一昨日髪飾りを贈ったとき、髪を編んで俺が付けただろう? その時数本抜けて、捨てるのも忍びなく……ハンカチに包んで持っていました」
後半になるにしたがって私とシェラの目が吊り上がっていったからか、魔王はどんどん声が小さくなって、最後には口調が改まっていた。力なく椅子に腰を下ろす。
ひとまず、魔王が日常的に髪を集めているわけではないようなので、それ以上は追及せずに話を進める。
「それで、髪をどう使うんですか?」
「あ、あぁ。髪には微量の魔力が宿っているから、それを元にリリアの魔力を辿ったんだ。それで幻術で隠された馬車を見つけて、一気に辺りを動き回っていた兵士を無力化し、馬車を上から破壊して中の男を引きずり出した。一目でリリアの元婚約者の王子だと分かったが、気が動転していてリリアの行方を聞いても、分からないと繰り返すだけで使い物にならなかった」
強いお咎めがないと分かると、とたんに饒舌になった魔王には後で釘をさすことにして、今は相づちを打つにとどめた。
「あの場でリリアの魔力は途切れていたから、もしかしたら術を使って空間の狭間にいるんじゃないかと思って、空間に不自然なところがないか探したんだ。そしたら、わずかにリリアの魔力が漏れてくるところがあって……」
少し間を空けた魔王は、ぽつりと落とすように呟く。
「俺を呼んだ気がしたんだ」




