66.事件の経緯を話します
魔力、気力、体力の全てが限界で、泥のように眠った翌朝。朝食を終えた私は、魔王に呼ばれて昨日と同じ小部屋で話をすることになっていた。昨日はさすがに話す元気はなかったので、魔王は今日の公務をずらして時間を作ってくれたらしい。
丸テーブルを挟んで魔王の向かいに座ると、気づかわしげな視線を向けられた。
「リリア、調子はどうだ?」
「大丈夫です。魔力も回復した気がします」
昨晩は魔力切れも起こしていたため、緊張が抜けたあとは体がだるかったが、一晩寝れば回復した。シェラのマッサージと回復にいいと言われたハーブティーのおかげだろう。今もシェラはいつもの紅茶ではなく、独特の香りがするハーブティーを淹れてくれていた。
「それならよかった」
魔王はその答えに安心したようで、何度が頷いて表情を和らげた。
「魔王様、改めてですが昨日はありがとうございました」
本当に魔王が来てくれなかったらどうなっていたか分からない。頭を下げてお礼を口にすれば、魔王は静かに首を振った。
「いや……俺が至らなかったために、またリリアを危険な目に遭わせてしまった。むしろ、謝らないといけない」
言葉と表情から悔いていることが伝わってくるが、謝ることなんてない。悪いのは全部第二王子だ。怒りが蘇って、つい口調がきつくなってしまう。
「そんなことありませんわ。全部あの馬鹿のせいなので、魔王様が気に病むことなんてありません」
刺々しい声だったからか、魔王は少し目を見開き小さく笑った。
「やっぱりリリアは強いな。昨日もかっこよかった。では、先にあの後の報告をしておくが、第二王子は国境を越えて国に戻っていった。俺もしばらく監視していたが、すごすごと引き上げていったよ。今後外交ルートで何かあるかもしれないが、心配しなくていい」
目先の危険が去ったと聞いて、ほっと胸を撫でおろす。
「それはよかったです。もし私が出る必要があれば言ってくださいね」
「これ以上気苦労はかけられない」
そこで言葉を切った魔王は私の様子を注意深く見る目つきになると、「それで」と要件を切り出した。
「今後の対策を立てるためにも、詳しいことを話してもらっても大丈夫だろうか」
きっと私が精神的な苦痛を受けて話したがらない可能性も考慮していたのだろう。気遣ってくれることが嬉しくて、私は微笑むと一度頷いた。
「はい、大丈夫です」
そうして一度ハーブティーで喉を潤してから、昨晩魔王とシェラと別れた後のことを話しだした。第二王子が幻術で侍女に化けていたことを聞いた二人の表情が曇る。
「それでか……。実は宿の物置で侍女が一人眠らされていたんだ。リリアの部屋を無人にして攫ったのかと思ったが、幻術使いだったとはな……。シェラ、お前は幻術を見破ることができるか?」
「いえ、成りすましの綻びを見つけることはできても、術自体を察知することは難しいです」
「俺の障壁も外からの攻撃魔法にしか有効ではない。しかも他者の姿まで変えられるとなっては厄介だな」
魔王とシェラの話によると、こちらの国でも幻術を好き好んで使う人は少ないらしい。正々堂々、正面から力をぶつけ合うことを是とする魔族なので、だまし討ちのような幻術は嫌われるのだという。
「幻術を見破る効果を持たせた魔道具もあるかもしれませんが、探すのは難しいでしょうね」
「作るにしても圧倒的に知識が足りないし……。幻術に関しては城に詳しい者がいるか後でヒュリスに聞くとするか」
そこで一度話を区切り、私に顔を戻した。張り詰めた表情をしていて、事の核心へと進んだ。
「それで、あいつの目的は何だったんだ? リリアへの想いなど欠片もないくせに、連れ戻すなど抜かしやがって」
魔王の語気も荒くなっている。この場にいなくても他者を不快にさせるのが、あの馬鹿王子だ。私も正直思い出すのも嫌なので、できる限り簡潔に事実を伝えることにする。
「えっとですね。予言によるとデグーリュ家の娘から勇者が生まれるらしく、私との子を王位につけたかったそうです」
「はぁぁぁっ!?」
「えぇ?」
魔王はともかく、シェラまで声を出して驚いていた。みるみるうちに表情に怒りが滲み出していく。
「くそっ、国外追放ではぬるかった。外交問題になるのを覚悟してでも、捕えるべきだったか……。いやだめだ。手元にいたらうっかり殺してしまう」
「あの時骨を折っておくべきでしたね。口惜しい」
私以上に怒りの炎が燃えていて宥めようとした時、魔王が何かに気付いたのか私に顔を向けた。気づいたことを認めたくないような表情だ。
「なあリリア……魔術を発動させたのは、身の危険を感じたからか?」
「あー……。まあ、そうですね」
変に誤魔化しても二人にはバレてしまうだろうから、具体的な部分は伏せて肯定した。火に油を注いだかと思ったのだけど、返って来たのは不気味な沈黙だ。両者とも表情が動かず、顔が整っていることもあって恐ろしい。
息が詰まりそうな空気に耐えられず、「そういえば」と明るい声を出して話を変える。
「魔王様はどうやってあそこに? 出ようと頑張ったのですが、出られなくて。魔王様が来てくれて助かりました」
「あ~。あれは……」
てっきり嬉しそうな、誇らしそうな顔になるかなと思っていたら、渋い顔をされた。シェラの目が鋭くなり、何か圧力のようなものを魔王に向けているのも不思議だ。
「そのー、まずなんだが。あの術が何か分かるか?」
歯切れの悪い言い方で、私は黙って首を横に振る。この言いよどむ様子には既視感がある。
「実は何度か伝えようと思ったんだが……リリアは特別な魔術が使えるんだ」
「特別な? あれがですか?」
たぶんあの術は私が発動させたのだろうと思っていたけれど、特別と言われると首を傾げてしまう。さらになぜ言いにくいのかも分からない。魔王はぎゅっと目を瞑って天を仰ぐと、しばらく迷って顔を戻した。




