63.救いの手
「リリア! どこにいる!」
その声が聞こえた瞬間、「あぁ」と歓喜の声が漏れる。突然の光に目を開けていられず、目を閉じたまま顔を動かして声の方向を探した。
「魔王様!」
声だけで誰か分かる。私は立ち上がり、喉が切れそうになるぐらい叫んだ。もう絶望の真っ暗闇ではない。眩しくて目は開かないけれど、白い、光の温かさがある。
「リリア!」
すぐそばで声がして、顔を向けると同時に抱きしめられた。背中と頭に手を回され、頬を胸板に押し付けられていた。
「よかった! 消えたかと思った!」
頭上から焦りと安堵が混じった声が降ってきた。
「魔王……様」
接している頬からは彼の早い鼓動と温かさが感じられて、張り詰めていた緊張の糸が切れる。包み込まれている体に熱が伝わって来て、そこで初めて自分が冷えていたことを知った。今度はほっとして涙が頬を伝う。
「リリア、怪我はないか? 大丈夫か!?」
魔王は少し身を離すと、肩、腕と無事を確かめるように掴んでいった。そして私の顔を両手で包み込み、指で涙をぬぐってくれる。
「大丈夫、です」
魔王様の顔が見たくて、私は薄く目を開けた。まだ光には慣れずぼやけて見えるが、その赤色に心がやすらいだ。ゆっくり息を吐けば、肩の力が抜ける。
「本当か? 何かされたんじゃ」
徐々に魔王の表情が見えてきて、心配そうに私を見つめていた。蜂蜜色の瞳は潤んでいて、本気で私を案じてくれていたことが伝わる。だから、安心してほしくて私は微笑むと首を横に振った。
「この通り、私は無事です」
「そうは言っても……」
魔王はまだ心配そうに私の体に異常がないか探していて、私は魔王の右手を取ると両手で包み込んだ。魔王は目を見開いて動きを止める。
「大丈夫ですよ。魔王様が助けてくれましたから」
正直、もうだめかと心は折れかけていた。ここで死ぬのかもしれないと思った。それでも何とか踏みとどまれたのは、魔王様なら絶対来てくれると信じられたから。
「ありがとうございます」
心の底からの感謝を言葉にする。魔王はそこでやっと人心地ついたのか、大きく息を吐くともう一度優しく抱きしめてきた。さっきはすごく安心したけれど、今度はなんだか落ち着かなくてむずがゆさを感じる。余裕ができたからか、魔王様の熱や匂い、息遣いを感じて思考が止まった。違う意味で鼓動が早くなる。
……恥ずかしい!
子供の時ならまだしも、ダンスの時以外に男性と体を寄せることなんてなかったし、抱きしめられたのなんて初めてだ。身じろがせると、魔王が慌てて腕を解いた。
「悪い、痛かったか?」
「いえ……」
痛いわけではないけれど、それを説明するのも恥ずかしいので一歩距離を取ってうつむいてしまう。沈黙が流れたが、そこにピシピシと罅が入る音が聞こえて、二人して音の方に顔を向けた。空間の上のほうに穴が開いていて、そこから放射線状に亀裂が走っている。光に慣れた目で辺りを見回すと、全体的に白いがところどころ絵具を滲ませたように色がある何もない空間だった。終わりは見えないが床はあって立つことができている。
「おっと……無理やり入ったからな」
呟きが聞き取りにくいほど罅割れの音が急速に迫って来て、魔王に肩を引き寄せられた。
「外に出るぞ」
その声は先ほどと打って変わって緊迫感があり、表情も険しい。
「外……?」
外って、どこ?
直前の状況が思い出される。
そうだ、王子は?
あの後どうなったのか分からないが、事態はまだ何も解決していなかった。光が強くなっていき、ドアが開くように景色が変わった。
ふわりと風が頬を撫でて、土と木の匂いを強く感じる。少し離れたところに、乗っていた馬車が横転して大破していた。繋がれていたはずの馬はすでにおらず、逃げたのかもしれない。焚火の火が揺らいでいて、その周りには護衛だった兵士が簀巻きにされている。
そして手前にはシェラに後ろ手にされた王子が押さえつけられていた。




