62.闇の中で
何これ、どこ? 違う、何?
突然目の前が真っ黒になった。見えなくなったのかと思ってしまうほどの闇。
何があったの?
混乱している。自分の手さえ見えなくて、自分で自分を抱いて身を丸めた。
「王子! 何をしたの! 出しなさいよ!」
震える体をさすりながら、気持ちを奮い立たせて叫ぶ。声が全部暗闇に吸い込まれていく感じがして、何か見えるものがないかと右に左にと顔を動かす。一点の光もなかった。
「ねえ! 見てるんでしょ!?」
私を閉じ込めて高笑いでもしてるんじゃないかと、今にも勝ち誇った声が飛んでくるんじゃないかと。なのに、何も返ってこなくてさらなる不安が体を蝕んでくる。息が苦しくて、心臓の音だけが聞こえている。
「何か言ってよ!」
恐怖が限界に達して、涙が零れた。しきりに腕をさすって、自分の存在を確かめていないと闇に溶けてしまう気がするのだ。ぐっと奥歯を噛みしめるが、涙があふれ出す。堪えようとしても嗚咽が漏れて、うずくまった。
泣いていても、慰めてくれる人はいない。一歩も動けなくて、感情がぐちゃぐちゃで何も考えられない。
時間の感覚も分からない。徐々に声を上げて泣くこともできなくなって、鼻をすする。力が入らなくて涙をぬぐうこともせずに、ぼんやりと前を眺めていた。少し気持ちが落ち着いていて、ゆっくり頭が動き出す。
これ……閉じ込められたの? こんな術、あった?
おそらく空間魔術なのだろう。肺いっぱいに空気を送り込んで、冷静に直前の状況を思い出す。あの時は、襲われそうになって、怖くて、消えて欲しくて、消えたかった。
そういえば……なんかぞわっとしたわ。こう、魔力が動いたような感じ。もしかして、これは私が……?
初級の火の玉を撃った時のような、魔術が発動する感覚だった気がする。何も見えないけれど、手を開いてもう一度握る。ただ、魔術の修行はほとんどしていないから、いまいち確証がもてなかった。
もし、私がこれをしているなら……どうしたら出られるの?
魔術の基本はイメージだと言われた。というか、それしか覚えていない。あとは魔力があればいい。
出るイメージかしら。何も見えないけれど集中するために目を瞑り、静かに息を吐いた。
「出して」
何も変わらない。
「出して!」
力を入れても、光はない。
「外に出たいの!」
叫べばかすかに魔力が動いた気がするが、がくっと糸が切れたように力が抜けた。
「えっ」
気だるさが襲ってきて、自分でも驚く。魔力切れだ。精神が昂っていて気づけなかった。つまり、自分の魔力量限界の術を使ったということで。
「出られ……ない?」
自分で部屋の鍵を閉めて、その鍵をなくしてしまったようなものだ。魔力が回復すれば出られるかもしれないが、方法は分からない。
どうしよう。どうしたら……魔王様。
絶望的な状況に魔王様の顔が浮かぶ。縋るように胸元のネックレスに手を伸ばせば、指先に触れる石が無かった。指でなぞっても台座しかない。それに気づいた瞬間、ぞわりと嫌な考えがよぎる。
「まさか……」
このネックレスは魔力を補うと言っていた。それが砕けているということは、その魔力を使ったということ。もしこの術が、私の魔力に上乗せされていたのなら……。
「魔力が回復しても……出られない?」
私の魔力で使える術じゃないなら、私の力で出ることはできない。その考えに至った時、恐ろしさに「あっ」と声が漏れる。
一生ここから出られないかもしれないの?
何もない。何も見えない。誰もいない。隔絶された世界に一人。きっと、命が尽きるよりも前に気が狂う。
「だ……だれか」
喉が引きつる。つばを飲み込んだ。
「魔王……様」
婚約破棄をされた時も、王都で襲われた時も、ヴァネッサ様に連れ去られた時も、魔王様が助けてくれた。優しい微笑みを向けてくれた。だからか、彼なら見つけてくれるんじゃないかと期待してしまう。
顔を上げて、何もない宙を見つめる。
「助けて!」
声は吸い込まれるだけだが、諦めない。どうか届くようにと、声を振りしぼる。
「私を見つけて!」
絶望に呑まれないように、台座だけになったネックレスを握りこむ。絶対魔王様は探してくれている。ここが何なのか分からないけれど、空間魔術の天才と呼ばれる魔王様を信じたい。
「魔王様!」
力の限り叫ぶと同時に、また体を魔力が巡り力が抜ける。前に倒れそうになって手をつくと、耳に何かが割れるような音が届き目の前が真っ白になった。




