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52.魔族と人間が友和を目指す町

 ケヴェルンは、元は名もない小さな村だったという。国境である大河の近くにあり、両国が戦争をしていた頃は戦場にもなったところだ。最後の戦いから200年ほど経つが、その間に少しずつ魔族と人間が住むようになって、規模も大きくなっていった。


 戦後の復興が進み両国が門を固く閉ざす中、この地は辺境扱いとなりどちらからも干渉されることなく世代を重ねていく。そして、現魔王が就任する頃には人と魔族が混在する小さな町になっており、その存在を知った魔王によって発展の支援がされた。この5年で街道や外壁が整備され、町の有志で行われていた警備や教育も、少しずつ国から派遣された人と協力で行われるようになり、交流が進んで来た。


 いまや周辺の部族も取り込み、人口が急増しているという。ミグルド王国でありながら、文化は魔族とも人間とも言えない場所。


 それが本とシェラから教わったケヴェルンで、馬車から魔王に手を取られて降りた私は「わぁ」と声を漏らした。


「本当に魔族と人間が混ざってる」


 降りた場所は大通り近くの停車場で、雑踏からは活気のある声が届いていた。ざっと見ても人間と魔族が同じぐらいいて、服や建物の様式は両国の特徴が見られる。丈の長いワンピースドレスの女性から、ミニスカートの魔族の女性までいるが、膝上のスカートに長いチュールを合わせたワンピースドレスや、フリルがたくさんついたシャツなど見たことのない服も多い。


「すごいだろ。俺も初めて見た時は驚いた」


 私の手を引いて案内役になってくれた魔王は、つばが深い帽子を被り眼鏡をしていた。服も装飾の少ない、町に紛れ込めるものになっている。私もケヴェルンで一般的なひざ下丈のフリルが多いワンピースを着ていて、コルセットの腰の部分に大きなリボンついているのが珍しかった。

 シェラは少し後からついて来てくれていて、見えないところに数人護衛もいる。


「リリアとデート、夢みたいだ」


 鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌な魔王は、この半日のために途中で立ち寄った都市での公務を頑張ったのだという。


「あれだけお願いされれば、さすがに折れますよ……」


 当初はこの時間も魔王には公務が入っていたのだけど、予定を調整し昨日の馬車の中でずっとお願いされれば、私もシェラもどうぞと言う他なかった。それに、この中では魔王が一番ケヴェルンを訪れていて詳しいらしい。毎年演説も行っており、それゆえの変装だ。


「連れていきたいところがたくさんあってな。昨日も会議中デートプランを組み立てていたんだ」

「仕事をしてください」

「ちゃんとしたぞ? 人間の受け入れを進める合意を取り付けた」


 ちゃんと成果を出していて、微妙な表情で魔王を見つめてしまった。誇らしい表情をしているのが少し腹立たしい。


 そして言葉の通りしっかりデートプランを練っていたようで、人気のお菓子屋では両国の伝統菓子のハイブリッドのようなお菓子を食べ、雑貨屋で魔王から髪飾りをいくつか贈られた後は、町を一望できる塔に登った。螺旋階段の先が展望台になっていて、見上げれば首が痛くなる高さのそれを、魔王は楽々瞬間移動で登った。


 旅情云々言っていたが、二人ともこの階段を登りきる体力はない。


「わぁ……きれい」


 目を開ければ視界は開けていて、絶景が広がっていた。手すりへと近づけば、通り過ぎる風が気持ちいい。風に揺れる黄色に近い金髪は編み込まれ、胸元に流されている。そこには魔王から贈られた赤い髪飾りが留められていた。


「来るたびに町が大きくなっていて嬉しくなる。最初は小さな町で内側の壁までだったんだ」

「それが5年でここまで発展するんですね」


 塔は町の東側にあって、発展の変遷がよく分かった。町の中央付近は魔族、人間の様式を残す建物が多いが、外へ外へと拡大するにつれて様式が入り混じって独自のものへと洗練されていく。内壁の外はこの5年で建てられたとあって新しく、まだまばらで空き地も多い。今後さらに人口が増えても問題なさそうだ。


「技術者を多く派遣したからな。最初はその支援も拒まれて大変だった……」


 街並みを眺めながら話す魔王の言葉には苦労が滲んでいて、為政者の顔つきになっていた。ケヴェルンがミグルド王国に属した経緯についてはいくつかの本に記されており、魔王は就任してすぐに単身乗り込んで武力でなく交渉によって門を開けさせたという。


「閉鎖的な町だったんですか?」

「いや、閉鎖的というよりは100年以上自衛していたから、何を今さらって感じでな。ここの外壁は強固だろう? 部族も多いし、有事の際は最前線になる可能性が高いから、住民一人一人の自立心が強い」


 内壁も、遠くに見える外壁も、分厚さと高さがある。防衛という点から考えれば、この塔は見張り台を兼ねているのだろう。


「それで、お城も頑丈そうなんですね」


 町の中心にある政庁となっている城は、まさに城砦であり、城壁の周りが堀になっている。


「あぁ、当初は役人たちの態度も頑なで、内政に干渉されるのも嫌がったから、半ば自治領という形になっている。……だが、首長は話が分かる人で、俺が人間に対して国を開いて友和の道を進むのを応援してくれているんだ」


 シェラはケヴェルンとの関係をパートナーという言葉を使って表現していた。従属させるのではなく、同じ目標に向けて進む同志なのだという。そのため各分野に王都から人を派遣しているが、人間を受け入れる国づくりをするために学びに来ている名目らしい。


「いい関係が続けられるといいですね」

「もちろん。国全体がケヴェルンのようになればいいと思うんだ。いや、絶対させる。少しずつ歩み寄って、魔族と人間が手を取りあえるようになるのが理想だな」


 口元には笑みをたたえていて、眼鏡の奥で光る蜂蜜色の瞳は将来の国の姿を見ているようだ。自分の理想に向かって突き進む姿は好ましく映り、私は自然と笑みが零れていた。


「魔王様はすごいですね」

「え、そうか? ほんとに?」


 称賛なんて浴びるほどもらっていると思うのに、魔王は目を見開いて顔を近づけてきた。遅れて相好が崩れ、口元が緩んで手で隠す。


「やばい。リリアから褒められた。嬉しすぎる」


 そんな喜ばれ方をしたら、普段私が褒めない人みたいになるじゃないと文句を言いたくなるけど、冷静になって考えたら確かに怒ってばかりだったかもしれない。いや、怒らせるストーカー魔王が悪い。


「ストーカーをやめてくれたら、もっと褒めますよ」

「それは……俺の生き甲斐だから無理だ」


 少し悩むそぶりを見せたが、すぐに開き直った顔になった。わざとらしくため息をついて、顔を前に戻す。さっきまでいたところはどこかしらと思っていると、階段の方から賑やかな声と足音が聞こえてきて振り向いた。高い声で、階段の出口ではシェラが警戒している。


 バタバタと大きな足音が聞こえて来て、小さな体が飛び出してきた。


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