51.馬車でケヴェルンへ
さらに1週間が過ぎ、ケヴェルンへと出発する日がやって来た。日程が決まったことを教えられてから、毎日ケヴェルンに関する本を読んだり話を聞いたりしている。飛ばせば馬で4日だそうだが、途中の町や名所にも寄るらしく行くだけで6日かかるらしい。
馬車は三台で、ミグルド王国の紋章が入っている。真ん中に私、魔王、シェラが、前後は護衛騎士たちが乗っている。王都での一件を踏まえて警備は厳重にし、ケヴェルンの警護体制も見直したと聞いた。
馬車に揺られ、窓から馬上の騎士を見れば当然の疑問が口をついて出る。
「魔王様……なんで瞬間移動で行かなかったんですか?」
「そんなことしたら旅情がないだろ。それに、リリアと過ごす時間が短くなる」
向かいに座る魔王から個人的な理由が返ってきて、半目になってしまった。一瞬で目的地に着いたら旅の面白さが半減するのは分からなくはないが、ずっと馬車に乗っているも辛いのだ。いくら最高の素材と技術で振動を最小限にしていても、退屈さには勝てない。城を出てまだ一時間も経っていないが、やることがなくて困っている。
「リリア様、道中歴史的価値の高い場所もございますから、勉強も兼ねているのですよ」
馬車にはシェラも一緒に乗っていて、私の隣に座っている。
「それは分かるんだけど、じっと座っているのって得意じゃなくて」
「そんな時こそ俺の出番だ」
そう言うなり、魔王は得意げな顔で指で空間を割いた。馬車は動いているのに割いた空間はそのままなんだと、しょうもない感想が浮かぶくらい脳が暇だ。魔王は空間に手を突っ込むと、大きな木箱を取り出した。乱雑に色々なものが詰め込まれていて、一目でおもちゃだと分かる。
「ボードゲームにカード、ケヴェルンガイドブックもある。少々幼稚だがクイズ集も持ってきた」
魔王の部屋にあったものを入れ込んで来たようで、思わず吹き出してしまう。
「すごい、こんなおもちゃ子供の時でも遊んだことないですよ」
ずっと仕事をしていたしお金もなかったからおもちゃを買ってもらうことはほとんどなかった。下町時代の遊び道具は石や木、布切れで作った人形だった。
「じゃあ遊び方を教えてやる。俺も誰かと遊ぶことはほとんどなかったからな、実は楽しみなんだ」
いそいそと木箱からボードゲームを取り出した魔王を見て、私はシェラと目を合わせると水を差すのが悪くてそろっと声をかけた。
「あの、魔王様……。馬車でボードゲームは難しいかと」
「あ……」
うきうきと初めておもちゃを手にした子供のようだった魔王が一瞬で萎れた花になった。そもそも馬車に机は無く、できてカードゲームぐらいだ。
指摘された魔王はみるみるうちに赤くなり、「じゃ、おしゃべりでもするか!」と木箱を端に追いやった。
なんだか今日の魔王様は楽しそうというか……浮かれてる?
旅行が好きなのかしらと魔王の謎行動を眺めていると、シェラが呆れ顔で説明をしてくれた。
「魔王様は今まで瞬間移動で視察をされていたので、馬車の経験はほとんどないんですよ。でも今回はリリア様が一緒だからと、それはそれは馬車での移動を楽しみにされていました。ヒュリス様が政務に手がつかないとぼやいておられましたよ」
「なっ! シェラ!」
裏切るのかと目を剥く魔王が可愛くて、口元に手を当てて笑ってしまう。ヒュリス様は今回お留守番で、お土産を楽しみにしていますといい笑顔で見送られた。もしかすると、魔王がいない方が仕事が捗るのかもしれない。
「カードゲームならできると思いますし、教えてくれませんか?」
「もちろんだ!」
放っておくとむくれてしまいそうなので、そう提案すれば嬉しそうに木箱からカードを取り出す。ルールを教えてもらい、時々シェラも混ざりながらカードゲームを楽しんだ。魔王は強すぎることはなく、手を抜いているようにも見えなかったので全力でやって私と五分だった。
馬車は休憩を挟みながらケヴェルンを目指す。途中、魔王が空間魔術で物の位置を固定させればいいことに気付いてからは、宙に固定されたボードを使ってゲームをした。史跡によってシェラから歴史を教わったり、その土地の風土を教わったりすれば退屈を感じることなく宿をとる町までついた。
時々魔王様は「あー、リリア」と何か言いたそうに呼ぶのだけど、続く話題は雑学だったり、次のゲームのお誘いだったりして分からずじまいだ。結局魔王は町の有力貴族たちと会食をするようで、別の馬車に乗って行った。てっきり人間代表的な役割で連れていかれるかと思っていたので拍子抜けしてしまう。その疑問をシェラに投げかければ、口元の笑みを濃くして教えてくれた。
「リリア様がそのお立場を望まれないうちは、無理にさせたくはないのでしょう。王宮以外でも生きる道はありますので」
「……そうね。そのために、ケヴェルンに行くんだもの」
そもそもケヴェルンに行くのは、自分がどうやって生きていくかを考えて選ぶためだった。そのために必要な知識をシェラから教わっているし、この一週間で二回、スーと王都へ遊びに行っていた。料理屋や服屋を見て、どんな仕事があるかを見て回ったのだ。
魔族と人間が友和を目指す町……。本当にそんなことができるのかしら。
本からその成り立ちや取り組みの知識は得たが、実際目にしないことにはよく分からない。
「リリア様、私たちも食事をとって休みましょうか。明日も早いので」
「えぇ、そうね。ここの料理はどんなものかしら」
「羊肉と豆を使った料理が多いそうですよ。お気に召すと思います」
「それは楽しみだわ」
ぼんやりと馬車の窓から街並みを見ていると、王都に比べて赤茶色の壁が多いことに気付く。屋台で売られている果物や野菜は見たことのないものも混ざっていて、街よって特色があるようだ。
そうして一日目が過ぎ、同じように旅程をこなしていった。魔王が時おり何かを言いだそうとしていたが聞けることはなく、6日目には無事ケヴェルンへと着いたのである。




