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49.魔王と姫将軍の密談

 ゼファルが人払いした一室でしばらく待っていると、騎士たちを解散させたヴァネッサが入って来た。向かいのソファーに座り足を組むと、姉の表情で口を開く。


「お姉様にお茶を淹れてくれないの? 私お茶がないとしゃべりたくないのだけど」

「誰がお前に出すか。……俺が飲みたいから淹れるだけだ」


 姉が一度ごねだしたら延々と続くことを知っているゼファルは、空間を指で割くと茶器一式を取り出す。無言で茶器たちをヴァネッサに寄せれば、彼女は面倒くさそうにそれらに手のひらをかざした。


「あんたくらいよ、私を熱源にするのは」


 火の魔術には熱を出すものもあり、ヴァネッサは掌から弱い熱を出して茶器を温めていた。本来は湯でするが、小部屋では湯を捨てられないからだ。続いて差し出された水が入ったケトルに高温の熱を伝え沸騰させる。


「猛火の姫将軍にふさわしいだろ。昔から茶をせがみやがって、自分で淹れられるようになれよ。そんなんだから嫁の貰い手がいないんだぞ」

「うるさいわね、丸焼きにするわよ」


 心が弱い人なら倒れそうな眼で睨まれても、ゼファルはどこ吹く風でお湯を茶器に注ぐ。湯気と共に茶葉のいい香りがして、ヴァネッサは息を吐きだした。口では自分のためとは言うが、ヴァネッサ好みの茶葉にしてくれている辺りが心の根の良さを感じる。つくづく戦闘には不向きねと、鋭い視線を向けているとゼファルは自分のカップにだけ茶を注いだ。


「ふ~ん、今度リリアちゃんにゼファルはお姉様に意地悪をするって言いつけてやるわ」


 にんまりと笑うヴァネッサに対して、ゼファルは盛大に舌打ちし二つ目のカップに並々注ぐ。この子どもっぽい反応が面白いからヴァネッサもからかうのだが、ゼファルは気づいていなかった。


「……それで、残る報告を聞かせろ」


 すでに表向きの報告は高官たちが集う玉座の間にて行われた。この先は伏せる必要があったものだ。ヴァネッサは表面張力ギリギリのハーブティーを零すことなく口に運ぶと、「おいしい」と呟いてから視線を上げた。


「まず保護した人間たちから話せば、マシな方で外傷、ひどくて精神崩壊。物言わぬ固まりになっていたのもあったわ。リリアちゃんには絶対見せられない。保護した者たちは指示通り療養施設に送ったけど、治るの?」


 発見された場所はほとんどが劣悪な環境で、牧場の家畜の方が衛生的な生活をしているように思えた。人間たちは助けに来た騎士たちに対しても怯える人が多く、中には半狂乱になる者もいて魔族の捕縛よりも骨が折れたのだ。そんな場所で何をされてきたのか、想像に難くない。

 ゼファルは覚悟していたものの、実際に聞く生々しさに眉間に皺を寄せる。


「体と心の治癒に長けているものを向かわせた。時間はかかるだろうが面倒は見る。いずれは彼らから証言を取りたいからな」

「そうね。それと、捕縛した魔族たちを軽く尋問したけど、あの貴族アイラディーテを攻められなかった憂さ晴らしだって。つくづくあんなのが戦場に出なくてよかったと思うわよ。とんだ面汚しね」

「奴らは法に基づいて処罰する。芋づる式に他の奴隷を買った者が出てくるだろうが、誰一人逃がさないさ」


 不愉快そうに唇を曲げたゼファルの胸の内に苦い物が広がる。人間との友和という指針を揺るがされない事件であり、足元の不安定さを突きつけられた心地だ。険しい表情のまま懸念していた可能性について口にする。


「それで……軍務卿の動きはどうだった」


 軍務卿は王都にいるアイラディーテへの侵攻を是とする過激派のまとめ役であり、卿自身も戦場で斧を振るう将の一人だ。ゼファルが魔王となってから目立った動きはなく、他の過激派の貴族を抑えてくれているが要注意人物である。そのため、息子のロウ・バスティンを隊に入れて動向を探ったのだが。


「結論を言えば白だと思う。少なくとも息子の方は何も知らないって感じね。働きはさっき言った通りだし、現場では嫌悪感を露わにして捕縛した貴族を叱責する面もあったらしいわ」

「そうか、存外まともなようだな」

「まあ、今は政務部との折衝で半分内勤だけど、以前は小隊長をしていたぐらいだし能力は高いし人望もあるわ。女だったらうちに欲しいくらい。顔も悪くなかったし」


 ゼファルは少しぬるくなったハーブティーを喉に流し込み、記憶に残るロウの顔を思い出す。その美丈夫の女顔を想像しかけて無益さに慌てて振り払う。万が一リリアの好みだったら困ると早々に排除を決めた。そして次の話題へと移る。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 奴隷は元気に働ける状態じゃないと使い物にならないような。洗脳しようとして失敗でもしたんだろうか [一言] まともな働き者を独断と偏見で排除しはじめたら傾城的に危ない
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