47.王族は役者
面倒くさそうな魔王に連れていかれたのは入ったことのない軍部の区画で、歩きながら経緯を説明してくれた。やはりというか、人間奴隷の売買に関わるものを一掃し、帰還した姫将軍が私たちに話があるのだという。
それを聞いたスーの動転ぶりは見ていて可哀そうになるもので、先程から落ち着かせるために手をずっと繋いでいる。
「リ、リリアぁ。私王族の方と接する作法なんて知らないよぉ。しかも将軍……」
「大丈夫よ。ヴァネッサ様は……ひどいことはされない方だから」
優しい方と言ってあげたかったが、多少疑問が残るのでなんとか不安を煽らない言葉をひねり出した。
「悪いな。我が姉ながら頑固で御しきれず……。此度の事件解決は二人がきっかけとなったから、それを騎士団に知らしめたいらしい。二人の不利益となることはしないから安心してほしい」
魔王の物腰は柔らかく、安心させるように微笑みを浮かべているのが効いたのか、スーは緊張した面持ちで何度も頷いていた。スーの反応を見ていると、城で働く魔族であっても魔王と話す機会は少なく、光栄で緊張するものなのだと改めて実感する。
一方の私は連れ去られた初日で緊張は飛んで行っており、逆にまともな魔王に感心してしまった。
ずっとこの調子だったらいいのに……。
私も貴族令嬢としての振る舞いを身につけ、外と内で使い分けてきたが魔王も似たところがある。外面がよすぎるので、多くの人には立派な為政者なのだろう。
「ん、リリア? 不安か? 嫌ならば俺が盾となって断るが」
考え事をしていたから見つめすぎてしまっていた。魔王は心配そうな顔になっており、盾という言葉から断れば姫将軍の炎が魔王に飛んでいくのだと理解する。どこの国でも姉は強い。
「いえ大丈夫です。私がした方がいいことってありますか?」
「いや、一種のパフォーマンスだろうから、立っているだけでいい。何かあっても俺がフォローする」
その言葉と同時に目的地についたようで、正面のドアの向こうから勇ましい音楽が聞こえてきた。夜会の入場ファンファーレに似ているが、華やかさではなく昂るような感じだ。
ドアが開かれ、私は大丈夫とスーの背中を二度軽く叩いてから魔王に続いて明るいバルコニーへと進んだ。そこにはすでに姫将軍の姿があり、明るい赤の鎧にオレンジ色の髪が広がっていた。バルコニーの下は訓練場のようで一分の乱れなく並んだ騎士たちが顔を上げている。後方には軍旗を持つ騎士がいて、赤い薔薇の黄色い百合の旗が交互に立っていた。
私たちが手すりの際に近づくと同時に音楽が終わり、余韻が消えたところに張りのある女性の声が響く。
「敬礼!」
その声と同時に剣が鞘を走る音がし、無数の刃が太陽のきらめきを返す。まるで光の波にようで、美しくも勇ましい光景に口が半開きになって慌ててしめた。隣で呆けているスーを慌てて小突くと、彼女もハッと気づいて顔を引き締めていた。
敬礼を受けた魔王が片手を挙げると、騎士たちは一斉に剣を鞘に納める。前にヴァネッサ様の離宮で見ているが、数と気迫が段違いだった。そのヴァネッサ様は私たちより一歩引いたところにいて、胸に右手を当て軽い敬礼をしていた体を元に戻す。
「陛下、わざわざご足労いただき感謝します。我が騎士団と王国軍の精鋭たちに労いのお言葉をいただきたく」
凛としたよく通る声は同じなのに、以前と内容が違い過ぎて一瞬ヴァネッサ様が発したと思えなかった。その態度は臣下の将軍であり、役者っぷりに舌を巻く。
「将軍も陣頭指揮ご苦労だった。その上、直々に前線に立って拠点を制圧したと聞く。その勇猛さを誇りに思う。素晴らしい働きだった」
魔王も魔王で、この前魔術飛び交う姉弟喧嘩をしていた二人とは思えない。そして魔王は顔を階下の騎士たちに巡らせ、声を張り上げる。
「此度の働きご苦労だった! 奴隷商の拠点の制圧に、関係した貴族や商人たちの検挙を一人も逃すことなくやり遂げてくれた。これも日々の鍛錬の成果だろう。特に姫騎士団の諸君は遠征の疲れも癒えきらぬままの出陣であり、重ねて礼を言う。また、選び抜かれた王国軍の面々もその名に恥じぬ活躍だった。皆、よく休め。そして今後の働きに期待する!」
呼びかけに応えるように、騎士たちは一斉に「はっ!」と声を出して足を一度踏み鳴らした。鎧が擦れる音が空気を引き締める。腹の底から出る声と、一糸乱れぬ動きに圧倒された。
魔王は言葉を終わらせるとバルコニーの中央から身を引くと、入れ替わるようにヴァネッサ様がそこに立つ。魔王は中央から少し離れたところから見ているようだ。
「ではここで、此度の事件解決を導いたものを紹介する。リリア殿とスー殿だ!」




