46.仕事休憩のおしゃべり
数日が過ぎた。私の毎日は人間研究部で働き、時間が合えば魔王やヒュリス様と食事をしたり、スーとお茶をしたりして過ごすというもので、慣れればゆとりも出てくる。仕事も自分一人できることが増え、魔族の言葉で言うアドバイザーとアシスタントをしていた。
昼下がりに事務仕事の小休止と、スーと丸眼鏡が可愛いアーヤさんとでお茶を飲んでいた。ソファーの向かいにアーヤさんがいて、傍には常に身につけている肩掛けカバンが横たわっている。
アーヤさんの仕事は文献の収集と管理、集めた情報を元にした執筆で、抱えている仕事が上手くいっていないらしく、鼻の頭に皺を寄せていた。
「聞いてくださいよ~。最近軍部からの依頼が増えてるんですけど、担当が嫌な奴で……」
「そうなんですか? 軍部の方をお見掛けしたことはないような気がしますが」
私はたいてい入口とつながる部屋で仕事をしていることが多いので、訪ねてきた人の応対をすることもあったが軍服姿の人は見ていない。隣に座るスーはお茶請けのクッキーをつまみながら相づちを打っている。
「その人、人間はお好きじゃないみたいで、部屋には入って来ませんからね。何度呼びつけられたか! 軍務卿の息子だからって偉そーに!」
アーヤさんは相当溜まっていたのか、毒々しく吐き出してから、しまったという顔になって眉尻を下げて私に視線を送ってくる。
「あ、リリアさん気を悪くさせたらごめんなさい。その人は別にリリアさんがいるからじゃなくて、ただこの部署が気に入らないみたいで……」
「いえ、特に気にしていませんから大丈夫ですよ」
気を遣うアーヤさんに静かに首を横に振って答えると、スーが不満げな声を出す。
「じゃあ何で人間研究部の担当をしてるんですかね。近づかなければいいんですよ」
まさに正論であり、私も数度頷いたがアーヤさんは難しい顔をしていた。
「たぶん、内政部との折衝が主な仕事なんでしょうけど、そこにうちも入っちゃってるんでしょうねー。ほら、エリート様は武力だけじゃなくて、政治面でも渡り合う力が必要だから」
「あー、軍務卿の息子ですもんね」
アーヤさんとスーが頷き合っていて、私もなんとなく理解する。出世するには武力だけでなく内政での影響力も必要ということなんだろう。野心や出世欲の強い人のようだ。
そうやってアーヤさんの愚痴に付き合っていると、外からドンドンと大きな音が2回聞こえた。三人の視線は自然と窓の方へと向けられ、アーヤさんが「あ」と声を漏らす。
「もしかしたら、どっかの軍が帰って来たのかもしれませんね」
先程までの険しい顔とは一変して、好奇心に目を輝かせて窓へと駆け寄った。重そうな肩掛けカバンが揺れている。情報収集に余念がない。
「当たり! あの軍旗は……姫将軍! これは面白そうな話の予感!」
知り合いの名前が出て来て、私も興味を引かれたのでアーヤさんの隣に近づいて窓から顔を出す。この部屋からは王宮の玄関から門へと続く道が見えるため、そこを行進する騎士たちの姿が見えた。かすかに太鼓の音が聞こえる。
スーも気になったのか私とアーヤさんの間に入って、ひょこりと顔を出す。
「姫将軍ってこの間遠征から帰ったばかりじゃありませんでした?」
「そうなの~。だから、きっと何かあったに違いないわ! ん? 何かしらあれ……」
アーヤさんは何かを見つけたのか、肩掛けカバンから双眼鏡を取り出して覗き込んだ。常にパンパンに膨らんでいるカバンには、仕事に必要な道具が色々入っているらしい。
「軍旗が増えてる……黄色い百合? ありのままの自分……何の意味かしら」
私の目では見えないが、博識なアーヤさんはぶつぶつ呟くとカバンに双眼鏡を押し入れた。
「あぁ気になる! ジャーナリストの血が騒ぐ! いってきまーす!」
そう叫ぶなりアーヤさんは飛び出して行ってしまった。あまりの即断即決に、心当たりがある情報は口に出せないまま。
もしかして……魔王の勅命かしら。
王都の奴隷商たちを一掃するという話を聞いていたから、もしかするとそれかもしれない。あの派手な行進からすれば、きっと成功したのだろう。
残された二人でぼーっと眺めていると、騎士たちの列に終わりが見えた。私たちもそろそろ仕事に戻ろうかと窓から体を離した時、切羽詰まった声が飛んできた。
「リリア!」
声だけですぐに魔王だと分かる。突然声がして二人とも驚いたけれど、悔しいことに慣れつつあるのか以前よりはましだ。スーはすぐに頭を下げ、私もそれに倣って頭を下げつつ厄介事の予感にため息が出そうになる。
「礼はいい。さっそくですまないがリリアとスー、少し一緒に来て欲しい」
顔を上げれば魔王は嫌そうな顔をしていて、それだけで要件が絞れてくる。
あーこれは、ヴァネッサ様絡みね。
魔王にこんな顔をさせるのは、姉であるヴァネッサ様ぐらいだ。そしてたぶんこのお願いに拒否権はない。
「……かしこまりました」
「へ、私もですか?」
仕方ないと頷く私の隣で、スーは目を丸くして指で自分を指していた。てっきり私に用があると思っていたのだろう。
「あぁ、二人を姫将軍がご指名だ」




