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45.魔王と私の知らない出会い

「……え?」


 魔王が12歳ということは、私は7歳だ。その頃は国境に近い伯爵家の領地にある下町にいて、毎日その日の食べ物を買うために働いていた。


「俗に言う一目惚れで、毎日魔力が切れる限界までその町で少女を探した。まだ気を抜くと違うところに飛んでしまうから、術の制御が上手くなったよ。それで半年くらいで少女を追えるようになって、家を見つけた」


 徐々に話が怪しくなってきた。7歳の頃に住んでいたのは小さな家で、母親と二人暮らし。


 ちょっと待ってあの家他人に見せられるようなものでは……いや、そもそも人の家を勝手に見るほうがおかしいわ。


 最近覗かれ過ぎて感覚がマヒしかけていた。危ない。私が軽く引き始めたのとは反対に、魔王の声は弾んでくる。


「それからはずっとリリアを追って……仕事でミスして怒られて涙をこらえてたり、病気がちなお母さんを優しく手伝ったり、友達と喧嘩したり笑い合ったり……どれも俺ができないことで、輝いて見えた。俺の唯一の光だったんだ。術のレベルも上がって集中すれば声も聴けるようになった」


 そうやって心の底から嬉しそうに話されたら怒ることもできない。仕方がないなぁと半分諦めの表情で相槌を打っていると、突然魔王は「あっ」と何かに気付いたらしく声を上げた。


「この頃に一度だけ水浴びをしているところを見てしまって、もちろん慌てて消した! 急いで術を改良して、倫理的に、公序良俗に反するものは映らないようにしたから安心してくれ!」

「無断で覗き見られている時点で安心なんかできません」


 少し威圧も込めて作り物の微笑を浮かべれば、よく効いたのか魔王は視線を伏せて軽く頭を下げる。


「すまなかった……が、俺の心の支えなのでやめるつもりはない。認めてくれ」

「嫌です」

「リリア!?」


 即答で拒否したら、魔王は目を剥いて声が裏返った。さっきまでの落ち着きはどこへ行ったのかというほどの変わりようだ。ここで下手に言葉を返すと上手く丸め込まれるとシェラとヒュリス様から助言をもらっているので、すまし顔でお茶を飲んだ。手を付けていなかったお菓子も口にする。


 すると、魔王は咳ばらいをして話を戻した。


「それで……魔力と時間が許す限り、リリアを見ていたんだ。母君が亡くなった時も、伯爵家に連れていかれた時も……」


 魔王の声がしめっぽくなって、私は自然と当時のことを思い出した。病気が悪化した母親はろくに薬も買えなくて、私を一人残すことを悔やみながら亡くなった。喪失感の中で突然立派な服を着た大人が現れて、私を屋敷に連れて行けば父だと名乗る人に会わされ、そこが家になった。


 その後は家族として扱われることはなく、雑用の仕事と淑女教育でへとへとになる毎日。一人小さな物置で泣いていたこともある。寂しくて、辛くて、苦しかった。

 当時の気持ちが胸に蘇り、古傷のようにじくりと痛む。


「何もできなくて……ただ見ているしかできないのが、とても悔しかった。いや、リリアのほうがずっと辛かったよな」


 その声には包み込んでくれる優しさがあって、顔を上げれば心配そうな表情の魔王と目が合った。


「ずっと、見ていたんですね……」

「うっ……あ、そりゃ、気持ち悪いよな。ごめん」

「あ、いえ」


 不思議と嫌な気持ちにならなかった。確かに気持ち悪いはずなのに、まるであの部屋で一人泣いていた私に寄り添ってくれていたような気になったのだ。


 ……なんでだろう。一人じゃなかったと分かったから?


 問い掛けても答えは出ない。


「その後も暇があれば見ていて……俺は一生この部屋で、リリアの生涯を見て過ごすんだって思ってたんだが、5年前。予言をきっかけにアイラディーテに侵攻する案が出たんだ」

「その辺りは、ヴァネッサ様からも伺いました。継承戦に出られたと」

「あぁ。リリアがいるアイラディーテを攻めさせるわけにはいかなかったから参戦した。暇つぶしに空間魔術を極めていたのが役に立ったよ」


 そう軽い口調で話すが、ずっと部屋に籠って外に出られなかった彼が王座に座るのは並大抵の苦労ではなかっただろう。


「晴れて勝った俺は王座に就いたが、ろくに政治の勉強もしていなかったからシェラが教育係について、ヒュリスがほとんど政務をやってくれていた。一年はよく分からず判を押すだけだったな」


 魔王がシェラとヒュリスに気安い態度を取るのは、一番大変な時を支えてくれたからなのだろう。三人のつながりの強さが垣間見えて、微笑ましくなる。


「まぁ……魔王になって早々リリアを盗み見ていることがバレて白い目を向けられたんだがな。いまだにあの時の二人の表情は忘れられない。何度鏡を割られそうになったか分からん」

「心強い味方がいて嬉しいです」


 こんなに遠いところで、種族も違う人たちが私のことを知っていて、守ろうとしてくれていた。そう思うと自然と顔が綻んで、胸が温かくなる。


「……そうやってリリアが笑ってくれるだけで、俺は報われるよ」


 しんみりとした声で微笑んだ魔王はカップを空にすると、「さて」と明るい声を出す。


「これで俺の話は終わり。おもしろくもない話に付き合ってくれてありがとうな」

「いえ、話してくださってありがとうございます……。魔王様のことが、少し分かった気がします」


 なぜ私を気にかけてくれるのか。なぜ私を見ていたのか。その疑問が解けた。


 ……不本意だけど、誰かの助けになれたならちょっと嬉しいかもしれない。


「少しはお役に立てていたんですね」

「とても救われたよ。本当はもうあの魔法陣はいらないし、鍵跡も直せばいいんだけど、どれもリリアとの思い出があって残したかったんだ」


 私の知らない思い出だ。感傷に浸られても何一つ共感できない。私が言葉を返さずに、淑女の微笑みを浮かべているとバツが悪くなった魔王は露骨に話題を変える。


「あー、そうだ。来週にはケヴェルンに行く予定なんだが、その話でもしよう」


 こういうところがなんだか憎めなくて、仕方がないからその話に乗ってあげる。


「それは楽しみですね」


 ケヴェルンについては何冊か本を読んで情報を得ているので、いつ行けるのか楽しみにしていたのだ。魔王は何度か視察に行っているようで、そこで見聞きしたことを教えてくれる。話を聞けば想像が膨らみ、さらに行ける日が待ち遠しくなった。


 この楽しいおしゃべりは、政務の途中で奇声をあげて消えた魔王を、しびれを切らしたヒュリス様が引きずっていくまで続いたのだった。


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