44.予言の子と囚われの部屋
「王族に生まれた子はすぐにどの魔術に適性があるかを調べられるんだが、結果は五大魔術はゼロ、唯一あったのは攻撃のできない空間魔術ときた。予言の子だと騒がれたこともあって、さぞがっかりしただろうさ」
魔王は淡々と語るが、貴族でさえ魔術の適性は重視されていたのだから、王族ならばなおさらだろう。アイラディーテでも一般的な火、水、土、雷、風を調べられる。他にも光、闇、空間、幻術などもあるが、使い手が少ない魔術は調べられないことも多い。そして、強さを重視する魔族の中で攻撃ができない空間魔術は下に見られていたのだ。
「だが、詳しく調べると魔力量は赤子の時点で並みの魔術師の10人分はあった。そこで前王と王宮術師たちは考えたのさ。国の要とは防御のことで、この子どもを使って守護障壁を展開させられるんじゃないかってな」
「では、それまでは無かったのですか?」
現在は王都を守護障壁が覆っており、それを魔王が維持していると本で読んだ。それだけでも十分すごいことだ。
「王宮を覆うものはあったが、毎日二十人の術者が魔力を注がないと維持できない代物で、耐久値も弱かったんだ。それを、俺を核にして強化し、術者の負担も減らした。この部屋を使ってな」
そこで言葉を切ると、魔王は開けたままのドアの向こう、メインルームに視線を飛ばした。私も釣られてそちらに顔を向けると、魔王が右手を伸ばす。
「この部屋自体が守護障壁の陣になっているんだよ」
魔王の手のひらから黒い霞みのようなものが伸び、メインルームの床を覆うと一瞬にして絨毯が消えた。
「わぁ……高度な陣ですね」
その下から現れたのは幾重にも重なって複雑に描かれた魔法陣で、私では解読もできない。
「あぁ、何度か改良を加えているからな。物心がついた時から、あれに力を吸われ続けていた」
「今もですか?」
王都の障壁を魔王が維持していることは知っていたが、部屋の魔法陣に力を吸われていると聞くと複雑な思いになる。すごいなと思っていた自分が恥ずかしくなった。
「今も魔力は吸われているが俺も成長して、魔力は数百人分あるからな。問題ない。それに、魔王がこの部屋から動けないとまずいから、今はこの腕輪が外壁にあるポイントに魔力を送る装置になっている」
そう答えた魔王が袖をまくると、術式が刻まれた幅が広い腕輪が見えた。薄く腕に添うようにつけられているので、服の上からでは分からない。魔術に疎い私ではその仕組みはよく分からないが、とんでもない技術なんだろう。
袖を戻した魔王は、話を続ける。
「だが、幼い頃はこの部屋にいないと魔力は供給できなかった。世話係もいたが術のレベルが上がると一般人は耐えられなくなって、自分のことは自分ですることになった。6歳ぐらいからかな、毎日一人で過ごしていたよ。だから、おもちゃとか本とかは何でも用意されたんだ」
頭の中で生活の全てが完結する部屋と、棚に並んでいたおもちゃたちとがつながる。この部屋から出られなかったと聞くと、広いと感じていた部屋がとたんに狭く感じられた。
魔王は話しているうちに記憶が呼び起こされたのか、昔を懐かしむ遠い目を窓の向こうに向ける。
「それで……あれは8歳ぐらいだったかな。俺が知る世界はバルコニーから見える範囲だったから、一度本で見た街を見たくなって見張りの隙をついて抜け出そうとした。部屋を出た途端障壁に綻びが出来て、すぐに見つかって連れ戻されたよ。その時に、ドアに頑丈なカギを付けられたのさ。前にドアにある傷跡を不思議そうに見ていただろ」
重厚な木のドアを抉ったような傷跡だった。言われてみれば錠がドアノブを挟んで上下についていたのだと理解できる。下手な牢屋よりも厳重だ。
「その後警備が厳しくなって、バルコニーにも出られず窓も嵌め殺しがついた。まさに牢獄だった。本を読むしかなくて、話す相手もいない。おもちゃはあっても、一人で遊び続けるほうが辛い。たまにヴァネッサが部屋に来ては、俺の守護障壁に挑むという意味の分からないこともあったが、ほとんどが一人だった」
魔王の声が落ち着いているだけに、その裏に押し殺された苦しみが感じられて胸が塞がるような気持ちになる。生まれたからずっとこの部屋しか知らなかったなんて、想像しただけで気が狂いそうになった。
「あれ、でも魔王様は瞬間移動ができますよね」
嫌ならそれで逃げればよかったんじゃと思ったのだけど、魔王は静かに首を横に振った。
「そういう術は最初から発動させれば激痛が走るように陣に仕込まれていて、一度試した時は丸一日気を失った」
「魔王様……」
どう言葉をかけていいか分からなくて、言葉を探して悩んでいると魔王はふっと笑った。
「リリアが悲しい顔をする必要はない。孤独で辛くはあったが、救いもあったんだ……。それがリリアだよ」
そう口にして微笑む魔王からは、理不尽な監禁への怒りも恨みも感じられない。そして、私の名前が出てきたことで目をパチクリとさせる。
「俺は独学で空間魔術を研究し続けた。その中には当然遠見もあって、部屋の姿見で時々城の中や町の様子を見ていたんだ。最初は数分が限界で、距離も短く見える場所もランダムだったんだが、徐々に遠くまで見えるようになった」
魔王は空になった自分のカップにお茶を注ぎ、私のカップも満たしてくれた。ティーポットを置いて一口飲むと話を続ける。
「距離を伸ばし続けて……12歳ぐらいかな。草原が終わったと思ったら、突然町になって人がたくさんいたんだ。よく見たら耳が丸くて、俺はその時初めて人間を見た。なんだかすっごく嬉しくて、一人で叫んだのをよく覚えている」
魔王は気恥ずかしそうに笑うと、蜂蜜色の甘い瞳を私に向ける。
「それからはアイラディーテ王国ばかり見ていて……ある時見つけたんだ。下町を駆けまわって大人の仕事を手伝う、黄色い髪の少女……リリアを」




