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41.魔王様が魔王となった理由

「……え?」


 話の規模が大きすぎて思わず驚きの声が漏れる。その反応に、ヴァネッサ様は満足そうにくすりと笑って当時を懐かしむような目で言葉を続けた。


「ゼファルが魔王になったのはね、リリアちゃんのためなの。リリアちゃんは王位が継承戦で決まることは知ってる?」

「はい、聞きました。そこで魔王様が勝ったと」

「そう。あの継承戦はね、一つの予言から起こったのよ」


 予言。その言葉はシェラから教わった歴史や、読んだ本の中にも度々出て来ていた。アイラディーテではほとんど聞いたことがなく、眉唾物のたぐいだと考えらえている。そんなものから継承戦が起こるとは考えにくくて、釈然としていないのを感じ取ったシェラが補足を入れてくれる。


「予言というのは本当にあるんです。城の奥にある石碑に10年に1度、唐突に刻まれるそうです」

「……そんなことがあるんですね」


 にわかには信じがたいけど、魔族の中では普通のことみたい。他人事のような反応の私に、ヴァネッサ様は不思議そうな表情に変わる。


「具体的なものではなくて、向こう10年間に関するものなんだけど……そっちにもあるでしょ? そっちも10年ごとに、こっちとは5年ずれるからちょうど今年じゃないの?」

「え、そうなんですか?」


 つい聞き返えしてしまったけど、記憶にある限りそういう話題が上がったことはなかった。もしかしたら、私が知らないだけで政治に関わる人や高位の貴族は知っているのかもしれない。


「まぁいいわ。それで、ちょうど5年前に刻まれた予言がね。人間から勇者が生まれるというものだったの」

「勇者……?」

「そう。魔族にとって勇者は厄介でね。過去の大戦では勇者一人に複数の軍がやられたこともあったから、勇者が生まれる前に攻め込むべきだという論が起こったのよ。同時に争いは避けるべきという論もあって、国の中枢に近いものたちの中で主張が二分した」


 やられる前にやる。人間側だって将来の脅威が迫っていると知れば、似たような考えを持つだろう。そこまで話したヴァネッサ様は一息つくと、面倒くさそうに眉間に皺を寄せた。


「そんな状態で、何を思ったか前王……父が新しい時代が来るなら新しい王が導くべきだって言って突然退位したものだから、話は人間との戦争の話から、それを含めた王位の継承へと変わったの」


 昨日の話から知らない間にアイラディーテ王国が危機に瀕していたことは感じていたけど、こんなに大事だったとは思わなかった。王様や国の中枢の人たちは知っていたのかもしれないが、庶民で名ばかりの貴族だった私には衝撃の連続で、ろくに返事もできずに頷くしかできない。


「それで、継承戦が開かれることになって、順当に兄二人が立候補した。長兄はすぐにでも開戦すべき、次兄は今は軍事増強に力を入れて勇者が生まれた兆しがあり次第攻め入るという……まぁ、どちらも交戦すべきって主張でね。私はどちらかというと勇者が育ちきってから戦いたかったのだけど、戦えるならそれでいいかなって静観してたの」


「あの、ヴァネッサ様はどうして継承戦に参加されなかったのですか?」


 口にしてから、もしかして女性は魔王になれないのかしらと思いいたるが、ヴァネッサ様は軽い口調で返した。


「だって魔王になったら前線で戦えないじゃない」

「あ……ですよね」


 本当に行動に芯が一本通っている。


「まぁそれで、新王はその二人のうちどちらかだろうと思われてたんだけど、突然ゼファルが参加を表明してね。しかも人間の国と交戦することは許さないって、反戦派の立場を主張するもんだから賭けはとたんに面白くなって、迷わずゼファルに賭けたわよ。結果は大勝、懐が潤ったわ」


 愉快そうに笑っているヴァネッサ様を見ていると、魔族は賭け事が好きなのかなと思えてくる。スーも継承戦での賭けに大人たちが熱狂していた話をしていた。


「魔王様に賭ける人は少なかったんですか?」


 そういえば、スーは大番狂わせだったとも言っていた。


「そもそも知名度がなかったし、部屋から出ないから筋肉はなくて不健康そうな肌だったからね。逆に兄たちは筋骨隆々で、威厳もあったもの」


 今の魔王は筋肉質とは言えないが、並みの成人男性くらいの体格をしているし、褐色の肌は健康そうな張りもあるから少し想像ができない。ヴァネッサ様は唇で弧を描くと、手に持つカップの淵で指を遊ばせながら、声を弾ませて続きを話す。


「だけどね、ゼファルは空間魔術の天才なの。あれは痛快な戦いだったわ。ゼファルは一つも攻撃魔法が使えないのだけど、兄二人の術を全て無効化し、逆に利用して勝ったのよ。守るしか能がないと思われていた空間魔術を応用してね」


 魔術はあまり明るくないので曖昧な相槌を打っていたら、シェラが魔王の空間魔術について詳しく教えてくれた。なんでも、空間魔術の基本特性は守護防壁を張ることと瞬間移動、遠視、物質の保管と移動にあるらしい。だが、魔王はそれを応用し、相手の術を空間ごと切り取り保管、自分のものにして敵のもとで発動させるらしい。


 つまり、保管さえしてしまえば魔王は全ての術が使えることになる。それがどれほどすごいことかは、魔術の適性が乏しい私にも分かる。


「それは、すごいですね」

「えぇ、その結果ゼファルが王位を継いで、兄二人は領主として部族と接する東と西の守護についているのが今よ。そして私は王国軍の将軍として、各地を転戦しているの」


 開戦派だった魔族はほとんどどちらかの王子について行ったので、城に残っているのは人間と友和を進めようとする魔王の考えに近いものたちだそうだ。だが王都に残った貴族もいるらしく、いつしか人間との開戦を望んだものたちを過激派と呼ぶようになったという。


「そうなんですか……アイラディーテなら、末弟の王子が王位に着けば国が割れそうです」


 ほとんど長子継承であり、何らかの事情で下の王子が継承する場合、上は廃嫡されたり公爵の地位についたりする。内乱の芽は潰しておかなくてはいけないからだ。


「そこは魔族だからね。私たちの明快な価値は強さ。継承戦で負けたのなら、大人しく認めて与えられた役割につくものよ」

「分かりやすくていいですね」


 シェラの補足によると、長い歴史の中で継承戦の結果に異を唱えて乱を起こしたものはいないらしい。強さに自信があるなら代替わりの決戦を挑むべきで、反乱や闇討ちで王座についても民の信頼を得られないそうだ。アイラディーテの歴史では暗殺も反乱もあったので、まるで正反対だ。


「えぇ、だからリリアちゃんはその存在でアイラディーテを救ったのよ。毎日豪遊しても許されるぐらいだわ」

「いやぁ……それとこれとは別のような気が」


 あずかり知らないところで役に立っていると言われても、全く実感ができない。だが、結果としてアイラディーテへの侵攻を止めた魔王には感謝したほうがよさそうだ。


「ほんと、リリアちゃんはお人よしというか、欲がないというか。ねぇ、本当に離宮に来ないの? あいつと同じ区画にいて身の危険はない?」


 ヴァネッサ様は本気で心配しているようで、私は微笑んで首を横に振った。


「気にかけてくださってありがとうございます。でも、ここでできることもありますし、お友達もできたんです。それに、話を聞いたら魔王様にも何かお返しを」

「しなくていい! リリアちゃん、ゼファルを甘く見ないで。あいつの執着心は相当よ? じゃなきゃ、あんな部屋に居続けないわ。あいつはね……」


 その時、間髪入れずに否定したヴァネッサ様の後ろで空間が裂ける。視線を奪われた次の瞬間には赤色が見えて。


「姉上。リリアに何してるんだ?」


 冷え切った声音で見下ろしている魔王がいた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴァネッサ姉さんそりゃないよ! あいつは?あいつは何なんですかぁ!? [気になる点] クッ……魔王め、良いところでw
2023/03/15 12:52 退会済み
管理
[一言] 賭け事が好きというのはスリルが好きなわけだから好戦的なのに通じるような 空間ごと切り取るといえば、物質を含んだ空間ごと切り取ることでどんな硬いものでもどんな頑丈なものでも、生命体でも切り取っ…
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