表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/190

40.姫将軍の行動力

 魔王にヴァネッサ様にはもう会うなと言われ、私も軍部に行くこともないから会わないだろうと思っていた翌日。人間研究部での仕事を終えて部屋に戻ると、部屋にシェラはおらず別の侍女からヴァネッサ様が応接室に来ていることを告げられたのだった。聞くと朝に一度訪ねて来ていたらしい。


 行動が速すぎるわ……。


 たしかに昨日、またおしゃべりをしようと言われたけど、まさか次の日に来るとは思わなかった。侍女の一人に身だしなみを整えてもらってから、ヴァネッサ様がいらっしゃるという部屋に案内してもらう。


 魔王様……は見ていないわ。


 都合がいいのか悪いのか分からないけど、魔王の水晶は現れていない。そして、要人の接待に使うという応接室に通された私を、すでにソファーでくつろいでいたヴァネッサ様は鷹揚に手を挙げて迎え入れたのだった。


 ヴァネッサ様にはシェラが給仕としてついていて、いなかった理由を理解する。向かいに座れば紅茶の香りに中にかすかにお酒の匂いがした。不思議に思ってテーブルを見れば、琥珀色の強そうな酒の瓶が置いてある。


「お仕事お疲れ様」

「はい、お待たせして申し訳ありませんでした」

「突然来たのはこちらだもの、かまわないよ」


 しばらく前から来ていたようで、お皿には木の実の殻が積まれている。シェラが私の分のお茶を淹れ、そこにヴァネッサ様がお酒を垂らそうとしたのをやんわりと止めてくれた。


「シェラも過保護なんじゃない? それにしてもリリアはどうして働いているのよ。てっきりゼファルに囲われているんだと思ってたんだけど」

「かこ……」


 ヴァネッサ様の直接的な物言いに言葉に詰まらせたが、一度お茶を飲むと「そうですね」と続ける。


「置いてもらっておいて何もしないのも心苦しいと言いますか……」

「へぇ、真面目なのね。働かずに贅沢三昧もできるでしょうに。ゼファルなら喜んで貢ぐと思うけど」


 魔王のそういう行動もありありと想像できて、山のようにあったドレスと装飾品を思い出した。


「それは……性に合わないといいますか、役に立たないといけないと思って」


「ふ~ん、役に立たないといけない……ね。なんで?」


 なぜと問われて、戸惑ってしまう。今までそれが当然のことで、そこに疑問を挟んだことなんてなかった。下町では子どもでも大人の仕事を手伝って働かないと居場所はなかったし、伯爵家でも役に立つことを証明しないといつ追い出されるか分からなかったからだ。


 相変わらずヴァネッサ様の視線は鋭い。こちらを探るというか、見定めてくるような視線は苦手で恐る恐る彼女の反応を見ながら答えを返していく。


「……働いて役に立たないと生きていけませんし、そのために何かをしないといけないからです」


 いるだけでいいなんて言えるのは赤ん坊の時だけだ。


「そうね、私も自分の足で立とうとする人は好きよ。怠慢は大っ嫌い」


 そこで一呼吸いれたヴァネッサ様の雰囲気が変わった。足を組み、持ち上げていたカップをテーブルに置くと目を細める。灰色の瞳の奥に刃の鈍い輝きが見えた気がして、空気が張り詰めた。


「でも、リリアちゃんのはなんだか呪いみたい。役に立てと、いえ、役立たずと言われてきたの?」


 ぞわっと寒気が全身を駆け抜けた。お母さんの顔が頭をよぎり、短剣を胸の奥の一番柔らかいところに突き立てられた錯覚に陥る。反射に近い速さで拒絶の感情が沸き起こった。


 嫌、何それ聞きたくない!


 その瞬間、手首を掴まれてハッと我に返る。顔を上げるとヴァネッサ様が焦った表情で身を乗り出していて、私と目が合うと息を吐いて体をソファーに戻す。


「危ない子ね……なんでこんなに追い込まれてるのよ」


 そう小さく呟いたヴァネッサ様は、不可解そうな表情でシェラに視線を向けた。


「まさかこの子、何も知らないの?」


 それに対してシェラは頭を軽く下げたまま答える。


「特にお話はしていません」


 微妙な空気が流れていて、私は息を潜めてヴァネッサ様の表情を疑り深く見る。もしかしたら、私が関係することで知られたくないことがあるのかもしれない。さっき言われた言葉が棘のように心に刺さっていて、うがった見方をしてしまう。


 ヴァネッサ様はそんな私に視線を戻すと、カップを手に取ってソファーに背を預けた。


「なら、少し昔話をしましょ」


 正直聞かずに逃げ出したい。こういう時の話がいい話だった試しがないからだ。視線をどこに向けていいか分からず俯きがちにカップに口をつける私を見て、ヴァネッサ様はくつくつと喉の奥で笑う。


「そんなに警戒されるとさすがに傷つく。何も悪い話ではないわ。リリアちゃんがあまりにも役に立たないとって思い込んでいるものだから、少しね……」


 ヴァネッサ様の声色は柔らかくて、お酒入りの紅茶を一口飲むと視線を落として微笑んだ。それはどこか自虐的なものを含んでいる気がして、私は黙って続きに耳を傾ける。


「リリアちゃんはね、存在しているだけで役に立っているのよ。リリアちゃんがいたから、アイラディーテは滅ぼされずに済んだのだから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ