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33.姫将軍の帰還

 スーとのやり取りを覗き見られていたことに激怒した私は、シェラさんを味方につけ、ヒュリス様から助言をもらって二度目の魔王との交渉に臨んだ結果、大幅な譲歩を獲得した。


 ヒュリス様から手作りの贈り物をと言われた時には半信半疑だったけど、前にシェラと暇をつぶした時に刺したミグルド王国の国章入りのハンカチは効果てき面だったのだ。私からの贈り物がそれほど嬉しかったのか、小躍りしそうな喜びようでいくつか条件を飲んでくれた。本当にちょろいと思う。


 スーや今後増えるであろう友達が訪ねてきた時は、私がサインを送らなくても見るのをやめること。そして、シェラがいなくても城の一部を自由に行き来できること。二つ目の条件は、人間研究部に行く時は常にシェラに送り迎えをされていたのだが、目立つ上に魔王の教育係も務めたシェラに委縮する人もいるため、遠慮してもらいたかったからだ。その代わり、居住区の外に出る時は道案内と護衛のために影人形についてもらうことになった。


 城の造りにも迷わないようになり、一人で行き来していれば顔見知りも増える。こちらに連れ去られてから9日が過ぎ、少しずつ馴染んで来たような気がしていた。


「リリア様、おはようございます」

「おはようございます」


 今日も人間研究部へ行くため、王族の居住区から政務部へと続く廊下を挨拶を返しながら進む。


 ……あら? なんだか、みんな嬉しそう? そわそわしている感じがするわ。


 雰囲気の変化には人一倍敏感なため、廊下を行き交う人たちから滲み出る高揚感のようなものが気になった。自然と耳を澄まして会話を拾い上げていく。


「北の平定が……」

「いよいよ姫将軍が……!」


 姫将軍?


 初めて聞く言葉で、たぶん役職を示す呼び名だと思う。北という単語も聞こえた。


 そういえば、将軍の一人が北の平定に行ってたのよね。何か進展があったのかしら。


 彼らの表情から推し量ると、吉報だろう。またシェラかヒュリスに聞いてみようとぼんやり考えながら角を曲がると、危うく人にぶつかりそうになった。


「きゃっ、すみません!」

「うわっ……なんだ、人間か」


 軽く頭を下げて去ろうとしたけど、“人間”という言葉に思わず足を止めて顔を上げてしまう。私を見下ろしていたのは頬に傷がある黒髪の男で、騎士の装いをしていた。そして、その目には見慣れた敵意の色。

 男は不快そうに眉を吊り上げると、苛立った声で吐き捨てる。


「姫将軍がお帰りになれば、人間が我が物顔で城を歩くことなどできなくなるさ。なぜ陛下はこの人間に執着されるのか」


 男は言うだけ言うと、言葉を返せずにいる私を置いて廊下の向こうへと消えて行った。


 また、姫将軍……。


 周りのチクチクした視線を感じつつ、私は表情を変えずに歩き出した。頭には先ほどの男の顔と言葉が残っている。


 帰ってくる姫将軍は、人間にいい感情をもっていなさそうね……。だから、いつもより敵意が隠れていないんだわ。


 浮足立った空気の中に見え隠れしている。きっとシェラが一緒にいないことも関係しているのだろう。


 魔王が見てなくてよかったわ……。絶対面倒なことになるもの。あぁ、だけどあの男が言ったことも疑問ではあるのよね。


 なぜ私によくしてくれるのか。なぜ私をずっと見ていたのか。連れてこられた時の衝撃が強すぎて、それらは聞けずじまいだった。


 そして、いくつか疑問が残ったまま人間研究部についた私は、スーの仕事を手伝いながら“姫将軍”について聞いてみた。残る二人は別の仕事が入っているそうで姿はない。


「ねぇ、姫将軍って人が帰ってくるの?」

「え、リリア、どこでそれを!?」


 おしゃべりの延長線で聞いたつもりだったのに、スーは予想以上に驚いていた。その反応に嫌な予感がする。


「廊下で話しているのを聞いて……」

「あ~、今その話でも持ちきりだもんね……」


 そこで言葉を切ったスーが少し言いにくそうな顔をしているので、私から話を向ける。


「その……姫将軍は人間が好きじゃない感じなのかしら」


 察していることをやんわり伝えると、スーは難しい顔になって頷いた。


「うん……。過激派ってほどではないんだけど、あまりいい印象は持っていないって聞くなぁ。だから、リリアは会わないほうがいいと思う」

「いや、接点もないし会うことはないと思うけど」


 将軍ということは軍部だし、政務部とは区画は反対側になる。さっきみたいに時折おつかいなのか軍の人も見るけれど、ごく稀だった。


 そう思っているのだけど、スーは心配なのか顔色が晴れない。


「ん~、そうなんだけど……あの方」


「リリア、今すぐ部屋に戻ってくれ」


 と、スーが何かを言い掛けた時、突然別の声が割って入ってきた。


「魔王様!?」


 スーが慌てて立ち上がり礼を取ろうとするより先に、魔王が大股で近づいて来て私の手首を掴んで立ち上がらせた。スーとの時間を邪魔されて少し腹立たしいけれど、魔王は切羽詰まった様子でただ事ではなさそうだ。


「あの、どういう?」

「すまないリリア。それとスー、しばらくリリアはここに来られない。何かあればシェラか俺を通してくれ」


 魔王は私の問いに答えるより先に、スーに顔を向けてそう早口で言い切った。


「か、かしこまりました。えっと、またね。リリア」

「え、あ、うん。また?」


 急展開について行けなくて、疑問形で返してしまった。そして、浮遊感に襲われた次の瞬間には見慣れた自分の部屋で、目の前には真剣な顔の魔王。厄介事の予感がひしひしとするのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これは一波乱ありそうな展開ですね。 次の更新が楽しみです!
2023/03/07 23:52 退会済み
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