28.王都での危機
王都の大通りから一本入ると、また商店や出店が並ぶ道があった。おしゃれなカフェや服屋、雑貨屋が多かった大通りとは違い、肉や魚、野菜に日用品や武器と、生活に必要なものが揃っていた。あちらこちらからおいしそうな料理の匂いがしてくる。
日は少し傾いて来ていて、夕食の食材を求める人たちでにぎわっている。
「こういうのも、街って感じでいいわね」
人々が息づいている。昔下町に住んでいた時は身近だった喧騒だ。
「テイクアウトも多くて、あそこの肉料理やあっちの揚げ物も人気なの」
「テイクアウト……」
聞きなれない言葉で、スーが指さした方を見ると中年の女性が大きな葉に包まれたものを受け取っているのを見る感じではお持ち帰りのようだ。屋台では肉の塊が焼かれているから、きっと肉料理だろう。
「わ~、ああいう料理もいいわね。ご飯にもパンにも合いそう」
「肉汁たっぷりの肉を薄く切って、あつあつご飯に乗せて食べたら最高よ!」
「想像しただけでおいしそう」
こちらの国の料理はスパイスが特徴的だから、誘惑してくる香りもスパイスが効いていてケーキを食べたばかりなのにお腹が空いてくる。スパイスとハーブの専門店も多くて、興味がそそられた。
歩いていると徐々に人が多くなってきて、両側から露店がせり出しているところで一瞬人波に飲まれる。
「リリア!」
声はしたけれど、隣を歩いていたスーの姿が消えて慌てて前後に視線を向ける。二つくくりにした緑の頭を探すけれど見つからない。
「あれ?」
そのまま流されるように前に進み、露店が途切れたところで人ごみから解放された。
「リリア、大丈夫!?」
道が開けていて、先に抜けていたスーが焦った表情で近づいてくる。こんなところではぐれたら大変だ。
「ごめんね~」
「こっちこそ、急に人が多くなるんだもん。財布とか取られていない?」
「大丈夫よ。下町育ちだから、その辺りは問題ないわ」
幼い頃に母親から人ごみで気を付けることや、身の守り方を教わった。
「あ~、そうだったね。じゃ、そろそろ大通りに戻って帰ろっか」
「そうね。あまり遅いと迎えに来られそうだもの」
辟易とした顔を見せれば、スーはくすくすと笑った。友達の距離感が心地よくて、王城に戻るまでの時間が長く続けばいいのにと思う。
細い路地は夕暮れが近いため薄暗くなっていた。入り組んでいるのか、出口が見えず道が折れているようだ。空気がひんやりとしていて、ゾクリと嫌なものが背中をはい回る。
「あの、スー……ここ、やめた方が」
下町で生きていた時に、子どもたちの間で近づかないようにしていた路地の雰囲気に似ていた。仄暗い敵意のような、悪意のようなものが地面から立ち上っている気がする。
「え? 大丈夫大丈夫。近道なの」
と、半歩前を行くスーが振り向いた瞬間、その手に黒いペンダントが握られているのが見えた。
「眠れ」
思わず視線を向けてしまっていた黒い宝石が鈍く光るのと、本能的に危機を感じて踵を返そうとしたのが同時。
術が来る!
だが、体を反転させる前に視界に黒い物が横切り、何かが割れる音がした。
「なっ!」
音に驚いて体は強張り、足が動かない。
え……人影?
目の前には黒い人型が私の影から立ち上っていて、遅れて念のためと入れられていた影人形だと気づく。術の発動を防いだ影人形は、役目を終え消えて行った。
「こうなれば力づくで!」
「スー!? なんで!」
目が血走っているスーは先ほどまで笑って話をしていた彼女と別人のようで、ショックを隠せない。私は逃げることもできなくて、恐怖で涙が浮かぶ。
裏切られた!? 何のために!?
スーは私の首を掴もうと手を伸ばしてくる。その手を払いのけようとした時、スーがふき飛んだ。
「ぐわっ!」
男の声が聞こえたと思ったら地面と擦れる音がして、軽く土煙が立ち上っている。
「リリア様、御無事ですか」
土煙の中にシェラがいて、男を組み敷いていた。
「え?」
スーだったはずの人は似ても似つかない細い男で、シェラに腕を締め上げられて悲鳴を上げている。
「幻術をこうも悪用されるなんて……」
悔しさを声音に滲ませたシェラが何かを呟くと、スーに化けていた男は気を失って静かになった。
え、じゃあ、スーはどこ?
近くを見回しても人影はない。
どういうこと? いつからスーは偽物だったの!?
まさか最初からかと気が動転していたから、反応が遅れた。
「リリア様!」
切羽詰まったシェラの声で気配に気付き振りかえれば、目に飛び込んで来たのは何かを振りかぶって私に踊りかかる男。距離を取ろうと踏み切ったが、もつれてバランスを崩す。後ろに倒れ行く視界の中で、男が持つ棒が迫ってくる。
きゃぁぁぁぁ!
避けられない痛みと恐怖に、目を固く瞑った。




