26.王都の人間は……
目的の店に着くと、人の少なさと警護のしやすさからテラス席を選んで座る。
「実はここ、魔王様のおすすめなんですよ。リリアさんの好みにあうだろうからって」
席に着いたとたん、スーさんが小声でそう教えてくれた。小声なのはむやみに魔王の名前を出せば注目を集めるからだろう。
「そうなんですね……」
私も初めて知りましたとウキウキ声を弾ませているスーさんに対して、苦笑いを返すしかなかった。
そんな魔王おすすめのお店は落ち着いた雰囲気で、看板やテーブル、テラスの木材からも積み重ねられた年月を感じられる。店内に見えるお客さんの年代も幅広く、ケーキを買い求めている人も多い。
「紅茶とのセットで、ホイップは多めがいいんですって。どうします?」
「せっかくだから、おすすめをいただきましょう」
細かいところまで調べたのか、自分で来たことがあるのかも。あの魔王だったら、覗いた可能性もあるわ……。そんなことを考えていると、スーさんが給仕係を呼んで注文をしてくれる。エプロンをつけた中年の女性で、こういう仕事はできるかしらと考えながら見ていると目があった。
「ご注文は……あら、人間の方?」
「え……あ、はい」
まさかバレるとは思わなくて、誤魔化すこともできなかった。女性の表情から敵意は感じられないし、スーさんに慌てた様子もないから問題はなさそうだけど……。
「珍しいわねぇ。最近来たの?」
「私の友達で、王都を案内してるんです」
「まぁ、素敵。お口に合うといいんだけど」
スーさんが友達と紹介してくれて、胸が高鳴る。
女性からはおしゃべりが好きそうな雰囲気がして、茶会にたくさんいた夫人たちを思い出した。にこやかな微笑を浮かべて、「有名でおいしいと聞いたので」と答える。
すると、彼女は目を見開いて「へぇ」と感心したような声を出した。
「あのむさくるしい人間たちとは大違いだわ。いいとこのお嬢さんって感じねぇ。あなたのような人間が増えるならいいのに」
「王都にいる人間はどんな感じなんですか?」
これはいい機会と、私は気になっていることを尋ねてみた。少ししか人間を見ていないから、王都に住む魔族の見方を知りたい。
「そうねぇ、こういう店に来る人はほとんどいないわね。中には見るからに悪そうなのもいるから、気を付けるのよ。あっちの国を追われた罪人も紛れてるって噂なんだから」
「わかりました。気を付けます」
辺りをはばかって声を潜めた彼女の言葉が善意から来ていることが分かるから、私は素直に頷いた。それに、私のように国外追放されて流れ着いた人間もいると考えると、あながち間違いでもない。
そして注文を取り終わった女性が店の中に入っていくと、スーさんが気づかわしげな視線を向けてきた。
「あの、たしかに危なそうな人はいますが、ほんの一部で、さっきの人も悪気があったわけでは……」
「気にしないでください。それに、罪を犯した人が紛れている可能性は十分ありますので」
国にいた時は、国外追放されれば死が待っているだけだと思っていたが、実際は外に人間と魔族の町があり、ここでも人間を受け入れている。
逆に、そういう人が罪を重ねていないか不安だわ……。人間の立場が悪くなったら、仕事を探すのがさらに難しくなるもの。
「リリアさんがそうおっしゃるならいいのですが……」
「でも、人間が王都で仕事を探すのは簡単ではなさそうですね」
身を立てる腕っぷしもなければ、商才もある気がしない。こういうお店の給仕という仕事もあるけど、人間が少なすぎて雇ってもらえるのかが不明だ。
「え、リリアさん結婚するんじゃないんですか?」
「……へ?」
思わず間の抜けた声が漏れた。誰との結婚とはっきり口にしなくても、相手は魔王しかいない。目を丸くして二の句が継げないでいる私の反応に、スーさんは「違うんです?」と意外そうな顔をした。
「てっきり、そういう間柄なのかと」
「えっと……そういう予定はないですね」
じゃあどういう間柄なのかと言われても説明できない。しいて言えば、子供の頃から一方的に見られていて、国外追放されたところ攫われた間柄だが、スーさんの魔王像を壊しかねないから黙っておく。
「じゃあ、お城から出ちゃうんですか?」
残念そうに言ってくれるから、嬉しくなってしまう。私も今の生活に慣れて楽しくなってきたところだから否定したいけれど、はっきりとは言えない。
「う~ん、正直決めていなくて……。仕事ができるところを探している感じです」
「じゃあ正式に研究部に配属してもらいましょうよ。大歓迎ですよ!」
パッと表情が明るくなって、向けられる期待に胸の奥がむずがゆくなる。必要とされて求められることが嬉しくて、魔王という面倒な相手さえいなければ頷いていたと思う。
「そうですね……たぶん、お城で働くならそうなる可能性が高いと思います」
曖昧な返事しかできないのが心苦しいけれど、魔王との距離感が保てるならそれでもいい気がしてきた。でも、まだ王都やケヴェルンの状態を知らないから判断はつかない。
「私はリリアさんがいてくれたら嬉しいな~って思います」
「あ、ありがとうございます」
言われ慣れていない言葉に恥ずかしくなってきて、スーさんの目が見られない。気の利いた返しも思いつかなくてお礼だけ口にすると、先程とは違う給仕係がケーキを持ってきた。




