24.嘘つきと黄色い百合
「えっと、では、こうして会えたことですし、お戻りになってはどうですか?」
「え~やだ。俺、リリアにあげたいものがあるんだ」
そう言って指先で空間を割くと、その中に手を入れた。この上着もそうやって出したのだろう。魔王からの贈り物と聞いて、反射的に身構えてしまう。
「これ、リリアに」
空間から引き抜くように出されたものが目に入った瞬間、胸の奥にじわりと苦いものが広がった。私にとって馴染み深いそれは、一本の黄色い百合の花。嘘つきの、黄色い百合令嬢と呼ばれた私を表す花だ。
だから思わず、自嘲気味の笑みが零れてしまう。視線を落として、感情を殺した声で問いかけた。
「それは、嫌味ですか? それとも分をわきまえろと? 魔王様は私が何と呼ばれていたかご存じでしょう」
魔王の顔は、怖くて見られなかった。
「リリア……それはあちらではだろう? それとも、リリアは今も嘘をついているのか?」
「え……」
予想に反する優しい声で問い返され、私は顔を上げた。魔王はいつもと同じ、全てを包み込んでくれるような温かな笑みを見せている。
嘘……ついていないわ。こっちに来てからは、我慢してない。
改めてそう思うと、心の中に沈んでいた苦いものが溶けていく。私は魔王の視線をまっすぐ受けたまま、首を横に振った。
「いえ、ついてないです」
そうあることが嬉しくて、魔王につられるように笑みを浮かべた。
「そうだろう? それに、こちらでは花言葉も違う。ミグルドで黄色い百合は“ありのままの自分”だ。リリアにぴったりだろう?」
「ありのままの自分……」
差し出された黄色い百合を受け取れば、思ったより重みがあって驚く。今まで見たことはあっても、触ったことはなかったのだ。その気づきだけでも、世界が少し違って見える。
「リリアはもう、自分に嘘をつかなくていい。俺がリリアの全てを受け入れて愛するから」
甘い響きに魅惑的な眼差し。もともとの声と顔の良さもあって、囚われたように視線をそらすことができない。鼓動が早くなってきた。
「リリアが一番大切なんだ。だからどうか、幸せになって。できれば俺の側で」
な、なによ突然! そんな、これ、口説かれてるの!?
嘘偽りのない愛の言葉は刺激が強すぎて、顔を真っ赤にして口をただ開け閉めすることしかできない。婚約者だった第二王子からは、一度も、一かけらも口説き文句をもらったことはなかった。
当然私の頭の中に上手な返しはなくて「はい」も「いいえ」も言えずにいると、一歩近づいてきた魔王に空いている手を取られた。そこから流れるように手の甲に口づけをされる。
ひゃぁぁぁぁぁっ。
色気も何もない絶叫は心の中。追い打ちをするように魔王に流し目を向けられ、私の心臓は爆発寸前だった。
「じゃあ、リリア。おやすみ、いい夢を」
「え、ちょっと……」
魔王は言いたい事だけ言うと、名残惜しそうに手を離して消えた。帰りは瞬間移動なのねと、限界が近い頭でぼんやり思う。そして数秒たってから、私は寝室に駆け込んでベルを振った。さながら羊を呼び込む羊飼いのようにけたたましく鳴らせば、尋常ではない事態と受け取ったシェラが飛び込んで来た。
そしてシェラに一連の出来事を話せばどうにか落ち着くことができたのだが、聞いていたシェラの顔色は優れなかった。てっきり魔王に対して怒るかと思ったのだけど、その顔は苦々しさと呆れが混ざったものであり、最後には申し訳なさそうな顔になって口を開く。
「魔王様は酔うと、リリア様への想いが止められなくなるんです……。そして、おそらく明日には忘れています」
「……え?」
シェラの話によると度々あることのようで、ほろ酔いに見えた魔王だったが俗に言うできあがった状態だったらしい。気分がよくなった魔王は近くにいる人に私のすばらしさを永遠と語るという、私からすれば拷問でしかない酒癖があるという。シェラの話しぶりから察するに、被害者の一人だろう。
「ですから、今日のことは忘れてください。気持ちが休まるハーブティーを淹れますので、おやすみになってくださいね」
「あ……うん」
「それと、明日魔王様には苦言を呈しておきますが、リリア様も毅然とした態度で追い返してくださいね」
「がんばるわ……」
そして翌日。シェラの言った通り魔王は夜のことはすっかり忘れていて、私は冷ややかな眼差しを魔王に向けたのだった。




