190.私の居場所
復興の街灯りがぽつりぽつりと浮かぶケヴェルンを眺めながら、夜風に吹かれる。ひんやりとした風が、火照った体に心地よい。祝賀会で話した人たちの笑顔と楽しい雰囲気が、余韻として残っていた。だけど、心残りが少し。
ゼファル様と話せなかったなぁ
昼のこともあったから少し気まずさはあったけど、一声ぐらいかけたかった。ゼファル様も休んでいるころだろうかと、隣の部屋に視線を向けるが部屋は暗い。
おやすみぐらい言いたいけれど、それだけのために部屋を訪ねるのもね……
お酒が回ってふわふわした頭で、う~んと考えているとバルコニーのガラス戸が開く音がした。シェラかなと思って振り返るのと、声が届くのがほぼ同じ。
「リリア」
その褐色の肌と金色の瞳が目に映ったとたん、心臓が跳ねた。涼みに来たのに、逆に体が熱くなる。
「ゼファル、様」
会いに来てくれたのが嬉しくて、頬が緩む。いつももう少しすまし顔を作れるのに、今はお酒のせいか、考えごとのせいか、うまく引き締められない。私の前に立ったゼファル様は、口元に手を当ててしばらく私を見つめる。ゼファル様の服装は祝賀会のままで、自分の部屋に戻る前に立ち寄ってくれたんだろう。それがまた嬉しくさせる。
「祝賀会ではリリアがいろんな人と笑顔で話していて妬けたんだが、その極上の笑顔は俺だけに向けられると思うと気分がいい」
「えっ、そんなに緩んでました?」
いけないと両ほほを手で押し上げれば、ゼファル様に声をあげて笑われた。そして、肩にゼファル様が着ていた上着をかけられる。
「さすがに夜は冷える」
ふわりとゼファル様の香水の香りと残るぬくもりに包まれた。
「ありがとうございます。こうやって優しくしてくれるゼファル様が、私だけのものというのも優越感がありますね」
「当然だ。俺の心はずっとリリアのものだからな」
そんなセリフを恥ずかしげもなく口にするゼファル様を見ていると、ずっと笑顔でいられる。ゼファル様に手を取られ、二人並んでケヴェルンの街並みに視線を向けた。ケヴェルンの復興も、ミグルド王国の立て直しも一筋縄ではいかないだろうけど、ゼファル様なら大丈夫だと思える。そして、側で支えていきたい。
「なぁ、リリア。俺はさっきいろんな奴と話しているのを見て妬いたって言ったけど、同時に嬉しくもあったんだ。リリアが、この場所でたくさんの人とつながってるって」
私をじっと見つめているゼファル様の瞳は柔らかくて、穏やかな声音が夜に溶けていく。
「やっぱりリリアにとってここは異国だから、不便なことも寂しいこともあるかもしれない」
握られた手に力が入る。声音と表情に真剣さが帯びて、胸が高鳴った。
「それでも、俺が絶対幸せにするから、ずっと側にいてほしい」
今までも十分すぎるくらい想いを伝えられてきた。ゼファル様はそれでは足りないというように、もっと愛情を言葉に、形にしてくれる。そこには不安があることに気付かない私ではない。
「ゼファル様」
ゼファル様に向き直り、その手を両手で包む。
「私の居場所はここです。私は初めて、ゼファル様の隣で、この国で生きることができたんです。だから、絶対に帰るところはゼファル様のところです」
ゼファル様が何度も愛をささやくなら、私も側にいると伝え続けよう。ゼファル様はさみしがりやで心配性だから。
ゼファル様の表情がくしゃりと泣きそうになって、「リリア~」と情けない声を出す。
「抱きしめてもいいか?」
そうやって許可を取ってくるところがかわいくて、私は腕を広げる。
「どうぞ」
かけてくれた上着ごとぎゅっと抱きしめられて、密着したゼファル様のシャツが思ったより薄いことに気付く。ゼファル様も肌寒いだろう。でも、そういうところがたまらなく嬉しい。
「リリアが腕の中にいると落ちつく。明日からは俺が独り占めするからな。執務中も食事中も、ずっと見えるところにいてほしい」
相変わらず独り占めのレベルがストーカーだ。
見上げるとその目は冗談ではなく、執務室に私用の椅子が置かれる未来が見えた。
「食事はご一緒したいのですが、明日からはスーたちの仕事を手伝おうかなと」
申し訳なさそうにそう答えれば、驚いた表情が返ってきた。
「働くことに意欲的なリリアは素敵だが、真面目すぎる。もう少し休んでもいいんだぞ? ケヴェルンの近くには慰安目的で作られた観光地もいくつかあるからそこに……だめだ、俺も一緒に行きたい。リリアが遠くにいると考えただけで仕事が手につかない」
驚き心配から不安へと情緒が忙しい。
「リリア~。やっぱり俺付きの秘書官になって。ずっと俺の側にいてくれるって言った~」
「言ってません! うわっ、ちょっと、これ以上締め付けられたらもう拘束なんですけど! ひゃぁっ、頭の上に顎を置かないでください。ねぇ、ゼファル様!?」
頭の上で楽しそうに笑っているゼファル様の顔を見られないのが悔しい。絶対、今いい表情をしているのに。体をもぞもぞ動かしていると、ゼファル様の体が離れた。その瞬間寂しさを感じてしまい、私の感情も落ち着く暇がない。
「さぁ、リリア。そろそろ休もう。明日が待ち遠しい。朝食を一緒に食べて、午前中は最重要復興個所の視察に行こう。昼は広場の炊き出しを一緒に手伝って……」
「待って、それは秘書官!」
手を引かれて部屋に戻る。ゼファル様は本当に楽しそうで、一日くらいはつきあってあげるか~とその顔を見て笑みをこぼすのだった。
数か月後、ケヴェルンの復興に目途が立つとゼファル様と私は王都に戻り、本格的に国内に残る問題に着手し始めた。そこからの数年は各地で過激派の残党による暴動が起こり、ロウやヴァネッサ様が鎮圧に奔走した。国はアイラディーテと連携を取りながら、発展していく。
そしてさらに時が流れ、私とゼファル様の間に生まれた女の子は、父親譲りの空間魔術と、周り曰く母親譲りの弁舌、そしてヴァネッサ様仕込みの剣技と父親でさえ適わなくなるまで成長した。娘は各地に残る遺恨を“話し合い”を通じて解決に導き、やがてアイラディーテと正式に同盟を結ぶ。
その圧倒的な強さと慈悲深さ、言葉の力強さから“勇者”と呼ばれた。
ゼファル様は相変わらずで、
「リリア~。一日頑張った俺を癒して。明日は一緒に休みだから、離島に行こう。ここにいたら、誰かしらにリリアとの時間を邪魔される! 俺は一日中リリアと一緒にいて、お世話をしたいんだ。目覚めの一杯から、身支度、食事と全部俺がお世話する。誰にもリリアを触れさせない!」
と、寝椅子でくつろいでいた私に抱き着いてきた。相当疲労と心労が溜まっているようだ。
「また私を攫うんですね」
私がクスリと笑って、冗談っぽくそう言えば、ゼファル様はいたずらを思いついた子供のように目を輝かせた。
「あぁ。幸せは自分で手に入れるものだからな」
「では、支度しましょうか」
これから平和へと進む世界を、私はゼファル様の側で、ずっと見守っていく。
あの時攫われてよかったなと、しみじみ思い返しながら。
これにて、完結です。ここまでお読みくださりありがとうございました!
お話のリクエストがあれば、感想欄にお願いします~。
一旦、完結設定にしますが、都度都度投稿するかもしれません。
思ったより長くなった今作です。
ここまでお付き合いくださった読者様、本当にありがとうございました!