187.文化の違いは慣れたころに
「えっと、二つ目なんだが……」
「何ですか?」
この感じだとさほど重大ではないなと思い、カップを手に取った。空だったカップはシェラによって温かいミルクティーに変わっている。私を気遣ってくれる甘さが心にしみる。
「その、我ながら心が狭いとは思うんだが、ロウに気を許しすぎていないか?」
聞き流したくなった。顔に出てしまったようで、ゼファル様が慌てて言葉を続ける。
「あ、違う。別にリリアを束縛しようってわけじゃなくて……ただ、俺が不安になっているだけなんだ」
最後に行くにつれ声がしぼみ、目線が下がっていく。ゼファル様の執着は分かっていたし、嫉妬深いだろうなと思ってたけど……。
「しっかり縛っているじゃないですか。ロウにはしっかり断ったって言ったでしょう?」
私は左手を胸の高さまで上げ、手の甲をゼファル様に向けて見せつける。左手の薬指にはゼファル様からもらった指輪が二つ嵌っていた。ロウに借りていた幻術無効の指輪はすでに返している。
「ロウとはなんというか、下町の友人というか、戦友というか、そんな感じなんです。腹が立つからつい言い合ってしまって……」
そのせいで仲がよさそうにみえるのだろう。ゼファル様は眉間に皺をよせ、何やら思い悩んでいるように見える。
「戦いが終わったというのに頭が痛い。リリアは可愛くて魅力的だから、これからもいろんな男が言い寄ってくると考えただけで胃が痛む」
魔王の恋人を口説くような勇者はそういないと言いたいけれど、下手に刺激しないほうがいいのは分かっているので微笑むにとどめた。
「心配過ぎて、リリアを閉じ込めておきたくなる」
束縛したくないと言った先からこれなので、ゼファル様が心穏やかになる日はこなさそうだ。だけど、これほど私のことを想ってくれているのだから、嫌ではない。愛おしさがこみ上げてきて、掲げていた左手をそのままゼファル様の頭に伸ばした。柔らかい髪の感触がたまらず、優しく頭を撫でる。
「そろそろ安心してください。私はずっとゼファル様といますから」
その覚悟はとうに決めている。どうやったら伝わるのかと思いつつ、撫でているとゼファル様が静かになった。目を瞑って撫でられるがままになっている。
なんだか犬みたい
かわいくて撫で続けていたら、ふと頭の横にある角が目に留まった。魔族特有の角に触ったことはない。興味本位でねじれた角に指を滑らせたら、ゼファル様の肩が跳ねた。
「リ、リリア!?」
いたずら心がくすぐられて角の付け根から先へと撫でれば、ゼファル様に肩を掴まれ押し離される。くすぐったかったのだろうか。
ゼファル様の顔は真っ赤で、くすぐりに弱いのかと今度はお腹を狙いたくなる。ゼファル様は右手を口元にもっていくと、視線を私から外した。
「その、気持ちはうれしいが、だ、だめだ。いや俺もゆくゆくはそういうこともと考えてはいるが、こういうのは順序というものがあるだろう!? まずはデートを重ねて、結婚して」
またゼファル様の思考が暴走している。
角、弱点なのね。
これはいいことを知ったと思っていると、ゼファル様は勢いよくソファーから立ち上がった。
「だ、だから今日はこれぐらいで我慢してくれ!」
顔を赤くして叫んだゼファル様は、私の頭に口づけを落とすと足早に部屋から出ていった。来るときといい忙しない人だ。
変なゼファル様
シェラに同意を求めようと視線を向ければ、彼女にしては珍しく額に手を当てていた。
「リリア様、大変申し上げにくく、また教えていなかった私の失態なのですが」
あ、これは嫌な予感がする
シェラは額から手を外すと、すっと背筋を伸ばし先生の顔になる。
「魔族の風習では、角を撫でることは夜のお誘いを意味します」
「夜の、お誘い」
魔族のことを教えてもらっていたときのように復唱してから、その言葉の意味を理解した。顔が熱をもって、恥ずかしさのあまりソファーにあったクッションを掴んで顔をうずめた。
「知らなかったの! そんなつもりはなくて!」
意味を理解すれば、ゼファル様のあの反応と発言も納得がいく。わかりたくなかった。
「ゼファル様も分かっていらっしゃると思いますし、念のためちゃんと伝えておきますからご安心ください」
「どうしよう!? 次、どんな顔をして会えばいいの?」
しかも、今晩は祝賀会だ。私は失敗に悶え、クッションに叫ぶ。そして、このダメージを祝賀会が始まる直前まで引きずるのだった。




