18.自分の話を聞いてもらえた
広いテーブルとその周囲に置かれた大小の分類不可物品を、スーさんが手に取って私に見せていく。分かるものは名前と使用方法を答えたら、ノートにメモをしていた。
「この木で作られた鳥籠は分かります?」
「えっと……だいぶ古い形だけど、パニエだと思います。スカートを広げるために、下に履くんです」
「え、パニエですか!? てっきり、大きな鳥を飼う鳥籠かと思ってました。でも言われてみれば、逃げ放題ですもんね」
軽量化のために最低限の木枠しかないので、上からも横からも鳥が逃げてしまうだろう。
「最近は木からもっと軽い魔海獣のヒゲになっていて、これほど広がってもないんですけどね」
「へぇ、ファッションは変わっていきますもんね」
スーさんは楽しそうにノートに書きつけ、ファッション系統を示す赤い紐を括り付けた。喜んでもらえると、私も嬉しくなる。シェラはお茶を淹れてくれて、時々この国のことを補足してくれる。人間からすれば見慣れたものでも、魔族からすれば奇妙に映るものもあって、それがなんだかおもしろかった。
他にも、調理器具や筆記用具などもあるのだけれど、古い物が多いのが気になった。分類がひと段落したタイミングで聞いてみると、スーさんが快く答えてくれる。
「不明な物品のほとんどが、流れついて来たり、交流が途絶える前のものだったりするからなんですよ。最近のものは直接外にいる人間や、魔族の商人から仕入れるので用途が分かっているんです」
「そういうことなんですね。分からないものが多かったから、役に立たなくてごめんなさい」
何かの部品みたいなのや、見たことのない装飾品、本の一部など、首を捻ったものも多くて無知さが申し訳なくなってくる。その思いから頭を下げたら、スーさんは慌てて両手を顔の前で横に振った。
「そんなことないですよ! すごく助かりました!」
スーさんは仕事熱心で、私のつたない説明にも嫌な顔をせずに耳を傾けてくれていた。一通り物品を見終わると、次は貴族社会の話になった。これも分かっている範囲で話していく。私も魔族の社会について知りたいから、質問もする。
こちらの国にも貴族はいるけれど、歴史や血統よりも魔力の強さが重視されるから入れ替わりは激しく一代限りというのも珍しくないらしい。一種の称号に近い扱いだ。夜会や茶会というのもあるけれど、それより武闘会のほうが盛り上がるというのが魔族の社会を表していると思う。
「式典で魔王様もおっしゃっていましたけど、強さが一番なので王位の継承も王族による争奪戦で決まるんです」
「へぇ、長子継承じゃないんですね。ということは、今の魔王様は戦いに勝ったということに?」
瞬間移動の印象しかないので、戦っている様子は想像ができないがおそらく強いのだろう。
「はい。私は見ていませんが、上の王子二人に圧勝だったそうです。当時は今の魔王様が継承戦に出られると誰も予想していなかったので、賭が大番狂わせになって大人たちが荒れていたのを覚えています」
おかしそうにスーは笑いながら話してくれる。王位継承がまるで競技大会のようで、国が違えばだいぶ変わるのねと興味深くなった。
「へぇ、大穴だったのね」
「たしか王族の中でも情報が少なくて、空間魔術の天才としか分かっていなかったらしいです……就任される時に、初めて姿を見た人も多いんですよね」
聞けば聞くほど謎が深まる魔王だ。
「そちらの国はどうなんです?」
そうやって両国を比べながら話が進む。でも、私はあまり貴族社会に参加していなかったし、純血の貴族でもないから答えられないことが多くて、また申し訳なくなってきた。期待されているのが辛くて、中途半端な私では裏切っているような気がして、聞かれていないのに身の上を話してしまう。
「その……がっかりされると思うんだけど、私の母は庶民で、私も10歳まで下町で育ったからあまり詳しくないんです。その、期待に添えなくてごめんなさいね」
重くならないようにうっすら笑顔を浮かべて何気なく話したのに、スーさんもシェラも目を丸くして表情を凍らせた。
まぁ、聞いて楽しい話じゃないわよね。固まった空気にどうしようかなって思っていたら、スーさんがぽんと手を叩いた。
「ということは、ハイブリッドですね!」
「……ハイブリッド?」
スーさんの声は明るくて、がっかりはされていないみたい。それより聞きなれない言葉を聞き返してしまう。
「あ、二つを混ぜ合わせたというか、いいとこ取りのような意味です。一粒で二度おいしい? 庶民の暮らしも、貴族の暮らしも分かるってとてもすごいじゃないですか」
魔族特有の表現だったみたいで、スーさんはいろいろ似た言葉に言い換えてくれて、なんとなくその意味を理解する。
「そう……ハイブリッド、ハイブリッドかぁ」
ぽっと火が灯ったみたいに胸の奥が温かくなった。
貴族社会は血統主義で、庶民の血が混ざる私は見下されていた。第二王子との結婚も子どもを作らないことが条件だったくらいだ。それをいいことのように言ってもらえたことが嬉しかった。
「じゃあ、次は庶民の暮らしを教えてください」
そして話は、子どもの頃へと移っていく。思い出を話すのは楽しくて、スーさんもシェラも相づちを打ちながら聞いてくれる。決して裕福ではなく、大変なことも多かったけれど、それを聞いてもらえたのが嬉しかった。思えば自分の話をすること自体が、実の母親以外で初めてだった気もする。
時間はあっという間に過ぎて、話し終わった時には声が掠れていた。お茶で喉を潤していると、スーさんが書き留めながら「ふふふ」と笑う。
「下町の活気が伝わって来ました。行ってみたいです。あと、私はスイーツめぐりが趣味なので、今度一緒に王都へ行きましょうね」
スーさんがそう言うのは、子どもの頃はお菓子やかわいい服を外から見ることしかできなかったと話したからだ。
「えぇ、案内をよろしくお願いします」
ここで時間となり、私はシェラと一緒に部屋を後にした。少しお腹が空いてきて、お昼が近いのだろう。今日の朝ご飯もおいしくて、昼ご飯は何かなぁと思っていたらシェラが顔を向けてきた。
「リリア様、次は魔王様と宰相様との昼食会の予定が入っております」
「あ、そうなのね」
昨日に引き続き国のトップとの昼食に、私は少し憂鬱になるのだった。