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173/190

173.ケヴェルン防衛戦の開戦

 夜が明け、平原に布陣する反乱軍を朝日が照らす。等間隔で横に広がっており、先まで続いている。それぞれの陣営の旗が風にたなびいていた。

 第一王子ガランの軍が1万5000、第二王子ナディスも1万5000、王都の過激派が5000。それがケヴェルンを囲んでいる。


「何、これ」


 早朝に太鼓と鐘の音で飛び起き、シェラに非常時用の服に着替えさせてもらった私は、ゼファル様の部屋で鏡に映る軍勢を目にした。血の気が引き、手が震える。


 昨日まで平原で野営をしていた軍が、一夜にしてケヴェルンを包囲していたのだ。ここから一人も逃がさないという圧を感じる。だが、問題はそこではない。


 ロウ だめだったの?


 王都からの軍を率いていたのは軍務卿で、第二王子ナディス軍の左に布陣をしている。つまりは、あちらの援軍であり、ロウは……。


「リリア、詳しい話はあとだ。無事な姿を見ていたいから、この部屋にいてくれ」

「は、はい」


 そう言われ、私は邪魔にならないよう壁際に置かれていた椅子に腰かける。

 部屋にいるのはゼファル様とヒュリス様に、甲冑に身を包んだ兵士たち。将に見える人もいて、矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。


「障壁の防衛は万全か」

「はい。5つ全ての箇所で異常はありません」


 ゼファル様たちの周りには3枚の鏡がある。1枚はケヴェルンを上空から映していて、もう1枚はケヴェルンの町が映っている。話の流れからすると、障壁の要となる場所だろう。残る一枚は何も映っていない、ただの鏡だった。


「さすがに、戦前の儀なしに攻撃は仕掛けてこないか……ということは、そろそろだな」


 ゼファル様が言い終わるのとほぼ同時に、空に閃光が上がった。数秒輝いたそれは、すぐに消える。何かの合図だったのか、部屋の空気がさらに引き締まった。


「開戦の口上だな。受けてくる」

「ゼファル様?」


 ゼファル様は穏やかに微笑むと、近づいてきて私を引き寄せ頭に口づけを落とした。ゼファル様は黒い胸当てをつけていて、その冷たさが戦争が始まったことを突き付ける。


「心配するな。魔族の戦いでは、開戦の前に両軍の大将が宣言をするんだ」


 不安が顔に出ていたからだろう。こんな時でもゼファル様は私のことを考えてくれていて、戦えない私が情けなくなる。だからせめて、言葉だけでも。

 顔を上げ、ゼファル様の目を見る。ここに来た時より魔力量が戻ったらしく、顔色はずいぶんよくなった。


「ゼファル様。信じています。必ず、勝ちましょう」

「あぁ。俺にはリリアという勝利の女神がついているからな」


 そう言って、今度は私の頬に口づけると、瞬間移動で消えてしまった。残された私に視線が集中し、いたたまれないやら恥ずかしいやらで顔が真っ赤になる。一拍遅れて、視線を逸らす兵士たちと、微笑むヒュリス様。


「さあ、リリアさん。こちらで魔王様の雄姿を見ましょう」


 開戦前の儀式だと言っていた。ヒュリス様がケヴェルン全体を映していた鏡を操り、拡大していく。


「ゼファル様!」


 ケヴェルンの北側、城壁の上にゼファル様がいた。それに対するように、門正面に布陣している部隊の前に、馬に乗った将が二人いる。


 深紅と金色の鎧。


「第一王子と第二王子だ」


 兄弟であり、敵。二人は前進し、ゼファル様と互いに顔が見える距離で止まった。

 第一王子のガランは、褐色の肌に明るい赤色の髪を一つに束ねていた。眉間の皺が深く、年を取って見える。並ぶ第二王子のナディスは短いオレンジの髪で、ゼファル様と似た顔立ちだ。

 三者は睨みあい、最初に口を開いたのはガランだった。


「ミグルド王国、第一王子ガラン。ここに、開戦を宣言する。我らは人間との共存を許さない。そして、武の心得なく戦える力を持たない魔王など認めん」


 その声は鏡ではなく、少し遅れて外から聞こえた。思わず外に視線を向けたところに、「風の魔法で拡声しているんです」とヒュリス様の説明が入った。つまり、この宣誓は軍と、町にいる全ての人が聞いているのだ。


 鏡へ視線を戻すと、続いて第二王子が言葉を発した。


「同じく、第二王子ナディス。魔族には魔族のみの強い国が必要だ。人間が仁義のない非道な輩だということは歴史が証明している。人間との共存など夢物語を信じている甘い者に、魔王は務まらん。それを武をもって証明する」


 二人同時に剣を抜き、空に突き上げれば兵たちが呼応して声を上げた。それは、拡声魔法がなくてもここまで聞こえてくる。


 何よ仁義って、先に魔族の矜持を捻じ曲げて宣戦布告してきたのはそっちなのに。


 手のひらに握りこんだ爪が刺さる。


 ゼファル様、こんな奴らに負けないで!


「ミグルド王国、現魔王ゼファル」


 その一声で、静寂が戻った。町の人も固唾を飲んで言葉を待っているのだろう。


「俺は、魔族と人間は共存できると信じている。肌の色が違い、角がなくても、彼らと言葉を交わし、心を交えることができる。いつしか、種族の差を意識せずに生きていける世界にしてみせると誓った。だから、俺もお前たちを認めることはできない。まして、一度負けた分際にも関わらず、決戦を挑みなおすこともしなかった臆病者どもなど!」


 ゼファル様が腰の剣を抜き、二人へ切っ先を向けた。


「このケヴェルンは魔族と人間が協力して作り上げた町だ。ケヴェルンを甘く見るなよ!」


 拡声魔法による余韻が消えた次の瞬間、町全体から雄叫びが上がった。窓ガラスが揺れるほどで、兵士たちも、ヒュリス様も拳を突き上げている。私は握りしめた拳を胸に当て、目を閉じる。


 絶対に勝つ。これはただの反乱じゃない。魔族と人間の共生がかかった戦い。


 王子二人が馬を反転させ、自陣へと戻っていく。ゼファル様も瞬間移動で消え、ケヴェルン防衛戦が開戦した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いよいよ、戦いが始まるのですね。緊張します。魔王様、リリア、負けないで!!! [気になる点] ロウはどうなってしまったのかしら……?心配です。
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