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172.夜のひと時

 夕食を終え、日が落ちた平原を自室のテラスから眺める。かがり火が横一列に並び、奥まで続いていた。明かりの数は、そのまま軍の規模を意味する。安らぎをもたらすはずの火は、今まさに襲い掛かろうとしている炎の波のようだ。


 多いわ。あれが全部、敵。


 夕食の席で、王都からの援軍が敵陣に加わったと聞いた。将の情報はなく、ロウのその後も掴めない。対するアイラディーテからの援軍は、あと二日のところまで来ているそうだ。


 他にできることはないかしら。


 時間があればそればかり考えている。いや、考えていないと目の前に迫る不安に押しつぶされそうになるからだ。遠くの火が揺らいで見えただけで、攻めてきたのではと錯覚してしまう。


 あの馬鹿もあの中のどこかにいるのよね。


 軍を指揮するのか、隊を率いるのか。ゼファル様もヴァネッサ様も密偵から反乱軍の陣営の中で人間を見たという報告は受けなかったらしい。うまく姿を隠しているのか、別の姿を取っているのか。

 以前ケヴェルンで攫われた時には、魔族の侍女になりすましていた。


 今度は絶対に騙されない。


 左手の指先で、右の人差し指にはまる指輪をなぞる。幻術を見破るロウからの指輪の上に、ゼファル様から贈られた指輪がある。


 そういえば、スーとアーヤさん、指輪を見てびっくりしてたわね。


 指輪を三つも付けていれば目立つ。当然聞かれたので「魔王様からもらった」とだけ答えた。二人が「素敵」ときゃっきゃ騒いで、よく見せてと私の手を取って引き寄せたのだけど、その時の顔は見ものだった。二人とも物を鑑定する仕事をしているため、どのようなものか一発で分かったようで、顔を青ざめさせていた。


 「リリアが大事にされすぎていて、もはや引く」とはスーで、「リリアさんは今後政治利用されないためにも、表に出ないほうがいいのでは」と真剣な表情になったのはアーヤさんだ。

 二人の表情を思い出せば、自然と頬が緩む。その時、背後で人の気配がした。


「リリア、夜は冷える。中に入ってこい」

「ゼファル様……」


 夕食後はゼファル様と部屋でお酒を飲みながら話していたのだ。酔いを夜風で覚ますためにテラスに出た私がなかなか帰ってこないから、心配で見に来たのだろう。


「気持ちは分かるが、今考えてもしかたがない。できることはすでに行っている」


 私がここで何を考えていたか、ゼファル様にはまるわかりのようだ。


「そう、ですけど……」


 ゼファル様が隣に立ち、私の手を取った。手の甲に口づけを落とされ、微笑みを向けられれば頭の中はゼファル様でいっぱいになる。


「今は、俺だけを見ていろ。それに、この腕にリリアを抱いていないと落ち着かないんだ。ほら、おいで」


 手を引かれて部屋の中に戻り、流れるように座らされたのはソファーではなくゼファル様の膝の上。


「え、ん? えぇ!?」


 自然にエスコートされ、気付くのが少し遅れた。逃れようにも、しっかり腰に手を回されて動けない。すぐ近くにゼファル様の顔があって、頬が熱くなる。


 ちょっと待って。無理! この距離は無理!


 昨日の夜から手を握られたり、抱きしめられたりと愛情表現が過剰だったけど、さらに上があるとは思わなかった。心臓がバクバクと口から飛び出そうだ。


「かわいいなぁ、リリア」


 上機嫌で私の頭を撫でるゼファル様の吐息からはお酒の香りを強く感じる。もしやと思ってローテーブルに置かれているワインの瓶に目を向ければ、半分あったはずなのに空だった。


 ゼファル様の肌は赤褐色だから気付かなかったが、しっかり酔っている。


「俺は幸せだな~。リリアがお嫁さんになってくれて」

「待って。まだ結婚してません!」

「そうだな~。まだ、だよな」

「あぁ! なんか嵌められた感じがする!」


 そうだった。ゼファル様は酔ったらこんな感じになるんだった。前に酔って黄色い百合の花を贈ってくれたことがあった。しかも翌日覚えてないのだ。


「もう手放さない。ずっとこのままいる」

「ちょっと、頬ずりはやめてくださいって。角が、角が当たる!」


 ゼファル様の顔はずっと締まりがなくて、こんな状況じゃなかったら私もこの甘い雰囲気を楽しんだだろう。私が抜け出せたのは酔いが回ったゼファル様が寝入ってからで、かわいい寝顔がむかついたからデコピンをしておいた。



 そして夜が明け、太鼓と鐘の音が開戦を告げた。


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