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17.人間研究部でのお仕事

 人間研究部。魔王が玉座についた時に、人間との融和を目指す足掛かりとして新設した部署らしい。主な仕事は人間社会の情報収集と分析、啓蒙、そして魔族社会への還元だ。この5年でこの国の食生活と衣服は種類が豊富になり、人間の生活や物語をまとめた本は人気作になったと、シェラが簡単に説明してくれた。


 そして、彼女に連れられて政治が行われている区画へ行く。廊下には書類や書物を持った文官と思われる人たちがひっきりなしに行き来していて活気があった。

 しかも、誰もが私に目を留めると挨拶をしてくるものだから、終始微笑を浮かべっぱなしだ。好意的な視線、見極めようとしている目つき、疑念を含んだ囁き。


 昨日あんな言い方をするから、注目されてるじゃない!


 今までの人生で、これほど人から挨拶を受けたことなんてない。第二王子の婚約者として参加したパーティーでも、王子には長々と挨拶をしても、私には上辺だけのもの。ひどい時は一瞥だけされることもあった。


 さらにひどいことに、伯爵家でいないように扱われたこともある。同じ部屋にいるのに誰も目もくれず通り過ぎていく様は、今思い出すと腹立たしい。目が合うと、わざとらしくどこでサボっていたのと怒られたこともある。


 そういう時って、たいてい私もイライラしていて一人になりたいときだったのよね……。


 挨拶をしてくれる人に会釈を返し、昔の記憶が引きずり出されたところで苦々しい思いになる。あの国を離れても記憶はこびりついていて、ふとした瞬間に思い出してしまう。


「リリア様、ここが人間研究部です」


 いけない、いけない。切り替えないと。


 シェラが足を止めた部屋のドアには、人間研究部の看板がある。


 いよいよね。役に立たないと!


 ただ城においてもらっているだけでは、身の置き場がないというか落ち着かない。雑用ができない以上、ここで私にできる仕事を見つけたかった。


 シェラが軽くノックしてからドアを開け、続いて入った私はドアが閉まると同時に三人に囲まれた。


「わぁ、本物のご令嬢です! お肌が白い~」

「すっごい、人間の貴族はレアなんだよね。今度絵姿を一枚描かせてほしいな!」

「素晴らしい。創作意欲を刺激されるわ。根掘り葉掘り聞いてノンフィクションとして出したい!」


 女性二人、男性一人。取り囲んで同時に話すものだから、目を白黒させてしまった。魔族はやっぱり圧がすごい。


「皆様、リリア様がお困りです。人間はか弱いので、大勢で囲まないようにと通達があったでしょう?」


 シェラが私の前に立って、三人を落ち着かせる。彼らはハッと気づくと申し訳なさそうな顔をした。


 いや、待って。何その人間取り扱いに関する注意は。小動物じゃないわよ?


 内心ツッコミを入れてしまうけど、言葉にはできない。


 三人のうちの眼鏡の女の子が、私をじっと見つめると悔しそうな声を出す。


「今日は原稿の締め切りが近いのでご一緒できませんが、次は向こうでの暮らしや偉人について教えてくださいね!」

「あ……はい」


 絶対ですよと、彼女は念を押すと名残惜しそうにちらちら振り返っては、ドアの奥へと消えて行った。ドアには「原稿中、修羅場」と張り紙がされているので、締切が危ないのかもしれない。


 そして、シャリシャリと何かが擦れる音に顔を向ければ、男性がスケッチブックに何かを描いていた。自然と鉛筆の先に視線がいき、顔の輪郭、髪型、目と描きこまれていく。私だった。


「えっと、あの、え?」


 魔王に比べたらましだけど、それでもなかなかの衝撃に襲われる。やっぱり私、珍獣扱いなのかもしれない。


「すみません、僕はこの後すぐ調査に出るのでラフだけでもと」


 手早く描きとめた彼は、「また今度しっかり描かせてくださいね」と一礼すると出て行った。礼儀正しいのか無礼なのか分からない。風のような速さだ。何だろう、何も盗られていないけど、盗まれた気持ちになる。


 残ったのはシェラと、髪を二つくくりにしている女性だ。

 個性的な人たちに呆気に取られていると、シェラが申し訳なさそうに深々と頭を下げた。


「リリア様驚かれたでしょう。興味と熱意の固まりのような人たちばかりなので、リリア様に大興奮なんです。今日は、リリア様の負担にならないよう人を減らしましたので、こちらのスーさんに協力をお願いします」


 やっぱり扱いが、観賞用の小動物のような気がする。一時、貴族の間で流行った観賞用の小ネズミみたいな……。


「初めまして、スーです! この部署で主に資料や物品の管理分析をしていまして、今日は使用用途の分からないものについて教えてほしいのです」


 シェラの紹介を受けて、元気に挨拶をしてくれた女性は、小柄で緑の髪を二つくくりにしていた。額から小さな角がちょこんと出ている。


「そ、そうなのね……。わかったわ」

「では、私は収集品を取ってきます! お二人はそちらのソファーでお待ちください!」


 シェラと一緒にソファーに腰かけて初めて、落ち着いて部屋を見回すことができた。正面にはアイラディーテ王国の地図があり、窓がある壁以外の三方は本棚と棚で埋まっていた。棚には見覚えのあるものがいくつか飾られていた。


「この部署は先ほどの三人が所属していて、それぞれに部屋があり役割も違うそうです。アーヤさんは報告書や本の執筆、トットさんはスケッチでの記録と調査、そしてスーさんが資料や物品の収集と、各自の能力を生かした仕事をしています」


 それぞれの役割と先ほど見た顔がつながる。しばらくして、両手に持てるだけ物を持ったスーさんが戻り、魔王城での初めての仕事が始まった。


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