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167.私の気持ち

 ゼファル様に手を引かれ、隣の部屋に入った。ギャラリーのようで壁一面に絵が飾られている。部屋の中央に置かれたソファーにゼファル様は腰を下ろし、手をつないだまま私も隣に座る。

 だんだん恥ずかしくなってきて、顔が火照る。鼓動が早くなって、気付かれないか心配になる。ゼファル様は正面を向いたままで、感情を表情から読み取ることができない。


 ど、どうしよう。久しぶりにゼファル様と二人っきり! 手、手もつないで! えっと、何から言おう。援軍? それとも私の気持ち!?


 ゼファル様は部屋に入ってから一言も話してくれず、どう話を切り出そうかとぐるぐる考える。


「あの、ゼファル様」


 沈黙に耐え切れず、声を掛けたらすごい勢いでこちらを向かれた。体ごと私に向けたゼファル様は、私の右手を両手で包み視線をくれる。そこにわずかな不安が滲んでいて、何度か開け閉めを繰り返した口に迷いを感じる。


 何か、言いにくいことがあったのかしら……


 今は非常時。何が起こってもおかしくない。私は何が飛び出してもいいように、心の準備をしておく。ゼファル様の助けになりたくて来たのだから、動揺してゼファル様の負担になりたくない。


「その、リリア」


 こちらの様子をうかがう目で、ゼファル様は話し出した。


「はい」


 私は背筋を伸ばし、すべてを受け止めるべく覚悟を決める。


「話をする前に、一つ聞きたいことがあるんだ」


 ゼファル様の目は真剣で、私は唾を飲み込む。


「これは、今後の俺のふるまいにも関わるし、何よりリリアの気持ちが一番だから、嘘偽る必要はない。どのような結末でも俺は受け入れるし、できる限りの努力をしよう」


 大層な前置きに聞くのが怖くなってきた。ゼファル様は一息つくと、視線を落とした。私の右手に置かれていた手がなくなる。


「リリア、この指輪はどうした?」


 指輪?


 何のことだと自分の手を見て、今指輪を嵌めていることを思い出した。


「あ、これはロウから」


 借りた幻術を見破れる指輪ですと続けられなかった。言葉が詰まるほどの殺気に鳥肌が立つ。なのに、それを放ったゼファル様は笑顔だ。


「……そうか。やはり、ロウと」


 声が震えていて、張り付けた笑みがしだいに崩れていく。様子がおかしいのは明らかだけど、理由がわからない。


「少し、待ってくれ。落ち着いたら、祝福の言葉を言うから」


 祝福!?


「ち、ちがいます! ロウとは別に何もなくて、ただあの馬鹿に対抗するために貸してくれただけです!」

「えっ」


 慌てて誤解を解けば、ゼファル様が動きを止め、息を吐きだした。表情がほぐれ、安心したものになる。


「そ……、そうか。そうだったのか。よかった……さっき俺が好き勝手言ったのに、もうリリアが心に決めた人がいたのなら、負担になったのではと気がかりで」


 このような状態でも、ゼファル様はいつも私の心配ばっかり……。


 少し気遣ってほしいところがずれている気がしなくもないけれど、それも含めて温かい気持ちに包まれる。側にいると、声を聞くと、心臓が踊ってしまう。その顔をずっと見ていたい。喜ばせて笑顔にしたくて、辛いときは支えたい。


 好きなんだなぁ。


 際限なく欲があふれて困ってしまう。


「ゼファル様、心に決めた人ならもういます」


 心に突き動かされるままに言葉にする。気恥ずかしいけどなんだか嬉しくて、頬が緩む。


「えっ、待っ、努力するけど心の準備ができてない!」


 身を引いたゼファル様の腕を掴む。逃がすつもりはない。


「聞いてください」

「まさか、俺が知っているやつなのか? 落ち着け、深呼吸だ。よし、今は魔力の余裕がないから聞いても即闇討ちはできない。よかった。いや、でもリリアに危ないやつだったらそこは俺が。だめだ。どんなやつでもリリアが選んだなら祝福するのが務めというやつで」


 さっきから魔王様の情緒は落ち着く間がない。


「聞いてください!」


 埒が明かないと、ゼファル様の頬を両手で挟んでこちらを向かせた。びっくりしたようで、顔を赤くして静かになった。逆に私の心臓はうるさい。こうなったら、言い聞かせるしかない。


「いいですか? 私は、ゼファル様が好きです。だからここに来たんです」

「え……?」


 わかりやすく、ゼファル様が固まった。数秒間が空いて、ゼファル様は視線を落とす。


「リリア……俺を気遣わなくていい。決戦が迫っているから力づけてくれようとしたんだな」


 カチンときた。肝心なところでゼファル様は後ろ向きになるというか、自信がないというか。私の告白を慰めと取られれば腹も立つ。


「そんなわけないでしょ! 私を攫って、自分の気持ちに正直に生きるように教えてくれたのはゼファル様です。だから、私、我儘になったんです。私がいないと幸せになれないんでしょう? じゃあ、責任取って私の側で幸せになってください!」


 啖呵を切ってしまった。愛の告白には程遠い雰囲気だ。ゼファル様の見開いていた目が潤む。


「本当か? 本当に、それがリリアの気持ちなのか?」

「私を疑うんですか?」

「いやそうじゃない! そうじゃ……あまりにも嬉しくて、信じられなくて。どうしよう。まだ死にかけてるとかじゃないよな。こんな幸せな。俺、死んでしまうかも、いやだめだ。リリアと一生過ごすから死ねない」


 みるみるうちに目に涙が溜まってきて零れ落ちた。今度はこっちが驚く番で、ハンカチを出そうと手をスカートのポケットに伸ばしたら抱きしめられた。


「本当にいいんだな。俺は一度手に入れたら手放すつもりはないぞ。ほかの男と仲良くしてたら嫉妬するし、誰にも見られないように監禁したくなる。リリアの全部を俺のものにしたい。さっき斬られた髪も取っておく。俺のこの気持ちは異常だって分かってるんだ。それでも、リリアに受け入れてもらえて嬉しい」


 ストーカー気質がにじみ出ている。ゼファル様の愛は重くて、大きくて、変形している。だけどしっかり温かい。

 私はゼファル様の顔が見たくて、優しく体を離して向かい合う。泣いているゼファル様はかっこいいとは言えないけれど、ただただ愛おしさがこみ上げる。


 けど、それとこれとは話が別だわ。


「ゼファル様。私はゼファル様に幸せになってほしいですが。嫌なものは嫌です」

「え?」

「お互いの気持ちが通じ合っていても、線引きって大事だと思うんです」

「ん? リリア?」

「話し合いを、いたしましょうか」


 アイラディーテで両陛下や大臣たちと交渉した経験がここに生きるとは思わなかった。

 恋人間の約束事の取り決めだ。

 私はにこりと微笑みを浮かべ、ゼファル様は顔をひきつらせたのだった。


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